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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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114/233

剣術訓練記ーー水の剣筋、鬼ふたりーー

 



 剣が高く鳴いて、手の中にあったそれは、気が付けば宙を舞って後方へと飛んでいった。

 手が痺れて、思わず顔を顰めた。



 決闘の翌日である今日。

 僕はエーレから、剣の稽古をつけてもらっていた。

 剣も魔法も霊奏もなんだって教えてやる。それを守ってくれるように、彼は珍しく僕と向き合って、剣を構えている。

 基礎はミレイユから教えてもらっていたが、同じ片手剣でもエーレとミレイユのスタイルは、構えから違っていた。



 片手剣の基礎的な構えは同じだ。

 僕がミレイユに教わった構えも間違いはないみたいだが……

 決闘で見せたエーレ、半身を逸らして、剣を下げた緩やかな構えが頭を過った。



「気を散らすな」



 飛んでいった剣を見て、エーレが僅かに眉を寄せる。



「すみません、でも……」



 僕はちらり、とエーレの左後方を見た。

 塀の内側――ここからはそれなりに離れているのに、わかってしまうミレイユの鬼のような形相。

 何故か、今日もミレイユはレギオン支部に足を運んでいたのだ。


 昨日、タイミングを見計らったように、レギオンへと届いたティーカップを持って、上機嫌に帰っていった彼女。

 3日後は再び、彼女を聖国の国境まで護衛するという依頼をカロンは受けていた。

 つまり彼女は今、短い休暇の最中なのだ。

 なのに、どうしてか、僕から十数メートル先で仁王立ちになって、こちらを睨んでいる。

 エーレは僕の視線の先を見ることなく、うんざりしたように小さく息を吐き出した。



「あいつのことは気にするな。いないものだと思え」


「そんなこと言っても……エーレより怖いんですよ、視線が」



 エーレも怖い。けれど、彼のことを少しずつ分かっていっている今では、彼の良いところもたくさん見えるようになってきた。

 けれど、後ろの鬼は違う。天真爛漫で人を笑顔にさせるところはあるけれど、同時に思ったことをなんでも口にする。あの綺麗な口から、今まさに怒号が飛んできそうで集中しようにもできない。



「まったく……」



 彼はそう言って、剣を握っていない左手を、肩の位置まで持ち上げた。

 そして、それがスッと下に落ちた瞬間――僕の視界からミレイユがいなくなっていた。


 ――隠蔽だ。こんなあっさりと、この広い空間自体を覆い隠してしまうなんて……

 そんな感心を打ち破るように、どこからか、ミレイユの奇声が聞こえてきたような気がした。



「さっさと拾ってこい。続きやるぞ」



 僕は気を取り直して、剣を拾い、エーレと向き合うことにした。

 それからしばらく、僕が打ち込み、エーレが受ける。

 それを繰り返していたが、なかなか上達は感じられない。


 素振りは散々してきたが、打ち込みは初めてなのだ。フォームを崩さないように心がけて打ち込む。それをエーレは軽く受け止め、流し、押し返す。

 この手半剣は軽い。なのに、どんどん握力が奪われて行って、体が振り回されていっている気がした。



「力みすぎだ。肩の力を抜いて打ち込む瞬間だけ、手に力を入れろ」



 一度剣を下ろしたエーレが言った。



「でもミレイユさんは、思いっきりいけって……」



 素振りの時にミレイユがそんなことを言っていた気がする。



「ああ」エーレは見えないミレイユを一瞥するように、目だけそちらへと流した。


「あいつと俺ではスタイルが違う。

 どちらを取るかは、お前が決めればいいが」


「具体的にどう違うんですか?」



 なんとなくだが、わかるのはわかる。でも、なんとなくだ。

 それをうまく言葉にはできないし、明確な違いはわからない。



「そうだな」エーレは考えるようにして、手の中の長剣へと目を落とした。


 その時――

 目の前の風景に違和感を感じた。前からは、エーレのため息。

 次いで、正面の壁に亀裂が入って、それはどんどん大きくひび割れていく。

 それが天井に達したとき、ガラスが砕けて落ちるような光の破片が上から落ちてきた。



「あんの、じゃじゃ馬」



 憎々しそうにエーレが、後ろへと振り返る。

 そこには、やってやったとばかりに、誇らしそうな表情で、こちらを見据えるミレイユがいた。



「ごーめん、エーレさん。止められなくて」



 隣には、頭を掻いて謝るシュトルツ。その半歩後ろにはリーベもいた。



「構わん」軽く手を払ったエーレへと、ミレイユが意気揚々と歩み寄ってくる。


「さっすが私、天才。どう? 完璧でしょ?」


「教えるんじゃなかった」



 二人の短い会話。ふと、エーレが決闘でカイに使っていた魔法を思い出した。

 あの後でエーレは簡単にミレイユに説明していた気がする。

 昨日の今日だ。おそらく試すのは初めてなはずなのに、エーレの闇の魔法をミレイユが砕いてしまったことに、僕は驚きを隠せずにいた。



「ミレイユさん、どうやってやったんですか」



 思わず数歩前に出て、恐る恐る聞いてみた。



「私、もともと生命力の揺らぎを見つけるのは得意なのよ。それにこいつに教えてもらった方法で、風と光を通してみたの」



 最初は苦戦したけどね、と彼女は付け足す。



「さすが腐っても聖女だな」


「歴とした聖女よ、それより」



 エーレの皮肉を軽く交わした彼女は、持参していた腰の剣鍔へ手を当てる。



「打ち込みなら私が稽古つけてあげるわ」


「いや、えーと」



 先ほどまでのミレイユの鬼の形相を思い出して、思わず目を泳がせた。

 聖女として荷馬車で同行したときの彼女から、素振りを教わったときは、とてもやりやすかった。

 けれど、今目の前にいる彼女は、‘’ただのミレイユ‘’だ。

 そんな彼女の指導がどんなものか、想像したくない想像が頭に過る。



「あー、俺が打ち込みの相手になるよ。スタイルの違う二人から別々のこと言われても、ルシウスが混乱するじゃん?」



 手を挙げて、進み出てきたシュトルツを見て、僕はホッと胸を撫でおろした。

 僕の隣で、エーレが手にもっていた剣をシュトルツへと投げる。

 それを軽々とキャッチした彼を、ミレイユが不満げに睨んだ。


 しかし意見を言うことはなく、そのまま数歩下がると、エーレもそちらへと移動する。

 2人に近寄ってきたリーベが何事かエーレへと耳打ちしていたのが見えた。



「さって」離れた面々を一度確認して、シュトルツが軽く剣を構える。


「とりあえず、二人に言われたことは一旦忘れて、好きに打ち込んでみなよ」



 それを合図に、僕は手半剣をぎゅっと握った。







 息が上がる。汗が頬を伝って落ちていく。

 剣に腕が振り回されて、シュトルツの剣にはじかれた。前のめりになった体をどうにか戻して、思わず膝に手をつく。



「はい、一旦休憩しようか」



 シュトルツは打ち込みの間、一言の助言もなかった。

 ただただ僕が打ち込むのを受け止め、流し、はじいただけだった。

 好きに打ち込めというから、出来るだけフォームは崩さないように、心がけつつ、好きに打ち込んだ。


 止まった瞬間、汗がドッと噴き出てきた。

 膝に手をついて、息を整えている。頬から汗が止めどなく、地面を濡らしていくのが目に入った。

 そうしていると、ふと地面に影が落ちた。

 視線を上げると、そこにはリーベがいて、タオルを差し出してくれる。



「ありがとうございます」



 彼は一度頷くと、首だけで後ろを振り返り、「で?」とシュトルツへと投げかけた。



「んー、そうだなぁ」



 体を起こすと、シュトルツは人差し指をリーベに向けて、クイクイと上げた。

 リーベは小さく口元を引きつらせて、仕方ないという風に剣を抜いて、離れる。



 彼が、今からしようとしていることに気づいた僕は、咄嗟に数歩下がった。

 リーベは剣を両手で構え、肩から力を抜くように、息を吐く。構えた剣先が揺れた。



 瞬間――彼は大きく踏み込む。素早い。その鋭い斬撃が一直線に突き出される。

 シュトルツはそれを力で受け止めずに、剣を滑らせて逸らした。

 回転するように身を躱し、すぐさま反撃の軌道へと乗せる。

 打ち込みは直線的ではない。だが、止まらない。


 リーベはそれを幾度か受け止めたあと、シュトルツの流れの隙間を縫うように、剣を横へ薙いだ。

 しかし、シュトルツは剣の流れすら利用して、受け止めることなく、身を翻して躱していく。

 それが、エーレの剣と重なって見えた。


 リーベが距離を取って、剣を収める。

 その表情は苦虫を噛み潰したように、僅かに歪められていた。



「これが、君の目指す理想型かな」



 シュトルツが正面のリーベを見て、苦笑しながら言う。



「理想型って……エーレのスタイルと同じように見えましたけど」



 決闘で見たエーレの剣は、まさに今、目の前でシュトルツが見せてくれた、流れるようなスタイルだった。



「あー、そう見えても仕方ないかな。でも、エーレさんのスタイルとはリズムも剣筋も全然違うんだよねぇ」


「エーレはバランス型だ。そのうち、エーレの剣をちゃんと見る機会があればわかるだろう」



 いつものように、リーベが隣で説明を付け足した。

 首を傾げてしまった僕に、「とりあえず」とシュトルツが僕を指さしてきた。



「君は体幹が弱い。全体的に筋肉も足りてない。

 よくありがちだけど、力が入りすぎてるし、重心と踏み込みのズレも大きい。ただ」


「ただ?」


「前のめりになっても自然に体を引いてたり、力みすぎても止まらずに次に繋げようという感じが見え隠れしてたからねぇ。

 しっかりリズムを取っていくスタイルより、こっちの方が合ってるんじゃないかな? と」


 首を傾げて提案する彼に、僕は改めて確認する。


「つまりリズムを取らずに、流れるようなスタイルってことですか?」


「そう、強いていうなら"水"みたいな剣だね」


「水……」



 確かに先ほどのシュトルツの剣筋は水のようだった。

 そう言われれば、エーレのスタイルとは、ほんの少し違ったように見える。



 頭の中でエーレが見せたスタイルと先ほどのものを比べていると、シュトルツが目を細めて、「どう思う?」と僕の後方へと声を投げた。

 そこには、眉間に皺を寄せた鬼が二人。

 何故か、険悪な雰囲気を醸し出していた。



「異論はない」とエーレ。


「右に同じく」そんな彼を、目だけで睨んだミレイユ。


「あの、なんかあったんですか?」



 顔を合わせるたび、喧嘩している気がする。この短時間で、こんなに不機嫌になる原因は……



「剣術のスタイルのことで、仲良く喧嘩をしていただけだ。気にしなくていい」



 リーベが呆れた表情を、二人に向けたあと、宥めるように僕を見てきた。



「こいつと仲良くなった覚えはありません~」


「お前が突っかかってきたんだろう。俺だって、仲良くした覚えはねぇよ」



 再び、口論に発展しそうと二人を尻目に、歩み寄ってきたシュトルツを見上げた。



「ちなみに、俺の双剣がそのスタイルだから。

 まぁ、教えられるところは教えていくよ。

 打ち込みはそれぞれ相手にしてもらった方が、勉強にはなるかもしれないけどね」



 珍しく、彼ら全員が僕に教える気になってくれていることに、喜びを覚えて、強く頷いて見せた。







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