【幕間】 陽であるために
剣戟が耳に痛い。
珍しく僕たちが、4人とも剣を抜かざるを得ない――そんな乱戦。
いつもなら、シュトルツ一人で片付けられる戦闘も、数十人という賊相手では仕方ないことだった。
路銀調達のために、魔物浄化依頼をレギオンから受けたその帰り道だった。
一通りの少ない山道。
待ち構えていたのは大勢の山賊。
「まだ山賊稼業してる人がいるなんて、天然記念物並みだねぇ」
余裕綽々と言うふうに、短剣を抜いたシュトルツ。
後ろで、リーベが剣を抜く音も聞こえた。
「お前の剣の上達具合を、確かめるには丁度いいかもな」
前のエーレもそう言いながら、珍しく腰の剣に手を当て、戦闘態勢に入った。
僕の腰に下がっている、半分お飾りになった手半剣。
人を斬ったことなんて、数えるくらいしかない。
でも、そんなこと言ってる場合でもなさそうだった。
慎重に、鞘から剣を抜く。
それを合図と取ったらしい山賊が一斉に襲いかかってきた――のが、少し前のことであった。
鬼神が踊るように、敵を薙ぎ倒していくシュトルツ。
控えめだが、確実に山賊を圧倒していくリーベ。
漏れてきた敵だけを、相手にするエーレ。
そのエーレが時折、わざと逃がして僕の方へと敵をよこす。
たまったもんじゃない。
どうにかそれをやり過ごしながらも、やはり人を斬るのは躊躇われた。
攻撃を剣で受け止め、流すのが精一杯だ。
僕が逃がした山賊の息の根を、エーレが魔法で止める。
そう繰り返していくうちに、山賊はどんどんその数を減らしていった。
全ての敵が薙ぎ倒されたあと、山道はしばらく静寂が漂った。
「ふぅ、いい運動だったなぁ」
シュトルツは清々しそうに、両手をあげて伸びをしている。
ただの肉塊となった――大勢の死体は夜の闇に、隠されている。
それでも、鼻につく血の匂いにむせそうになり、よろけた。
やらなければやられる。
わかっていてもやはり、まだ気持ちはついてこない。
ぼんやりしていると、後ろから小さな物音がしたーー
気づいた時には、もう遅かった。
「死ねぇ!!」
後ろを振り返った時には、倒れていたはずの山賊の一人の刃が目の前で、振り上げられていた。
手に持った手半剣を上げることは出来ず、驚愕と緊張で目を閉じることさえできなかった。
けれど、その振り上げられた刃が僕に届く前に、山賊は力なく倒れた。
「全く、手の焼ける……」
山賊の後ろにはいつのまにか、エーレがいた。
彼は山賊を切り伏せた剣を持ち上げ、剣先を天へ向ける。
剣身を伝う赤い筋を見つめながら、指をそっと刃に沿わせた。
滑るように血を拭い、指先が剣先に届いた瞬間、横へ払う。
弾かれた血飛沫が細い弧を描き、静寂を切り裂くように宙へと散った。
それはまるで――舞台に立つ演者のように、美麗で幻想的な動きだった。
「ちょ、エーレさん! ばっちいからやめて!」
それを見たシュトルツが、飛んでくる。
「剣が錆びるって、お前がうるさいからだろ」
「だからって手で拭うなんてだめだって! ほら、貸して!」
エーレから剣を奪い取ったシュトルツは、光の魔法でエーレの手と剣を浄化していく。
そのやりとりを僕はぼんやりと見つめていた。
命のやり取りが、日常に溶け込んでいる彼ら――
人の命を奪ったあとだというのに、僕はその彼の美しさに、見惚れてしまっていた。
いつか僕もシュトルツのように雄々しく、リーベのように手際よく、エーレのように美しくーー剣を振れる日が来るだろうか。
手半剣の等身に刻まれた、鷲の紋様に相応しい使い手になれるだろうか。
そこまで考えて、首を振った。
憧れはどこまでいっても憧れで、これは特に一時的なものだ。
僕の理想を掴み取るには、暴力に訴える必要があるときも出てくるだろう――
それでも……
できるだけ、血は流したくない。
例え、命を狙われたとしても、その人にもその人を想う、大切な人がいるはずだ――
そんなこと、彼らの前で口にすることは出来ない。
返ってくる言葉なんて、わかりきってるからだ。
「ほら、ルシウスも浄化するから」
いつのまにか目の前に、シュトルツの手が伸びていた。
「僕は斬ってませんから……」
そう言って、鞘に剣を戻す。
「落ち込まなくていいって。
斬らなくていいなら、斬らないに越したことはないよ。
俺たちがいる限り、君が人を斬らなきゃいけない機会は少ないと思うしね」
そう言って、肩を軽く叩かれた。
自然とエーレとリーベを見てしまう。
それに気づいたリーベが頷く。
「私も同感だ。
身を守れさえすればそれでいい。
斬ることに慣れてしまって、そこに何も感じなくなってしまうと、もう人には戻れない」
その声色は、闇の中に悲しそうに響いた気がした。
「言っただろう?
お前は陽として、そこに立っていればいい。
俺たちがお前の影になるーーと」
エーレはそう言って、踵を返す。
「ルシウスは、俺たちのお姫様ってことかぁ。
じゃあ俺たちはお姫様を守る影の騎士!?
いやぁ、かっこいいねぇ」
シュトルツが楽しそうにエーレの後ろに続いた。
「お姫様はちょっと……」
共通の悲願を果たすために、彼らは僕を英雄に仕立てようとしている。
本当の英雄は彼らなのに……
彼らがなんの制約もなく、自由にその力を表立って発揮出来れば、彼らは歴史を塗り替える真の英雄になるだろう。
もしそう出来たとして、彼らがそれを望むかは別の話だがーー
「ルシウスは少し、シュトルツを見習った方がいい」
隣に歩み寄ってきたリーベが、小さく微笑む。
「いつまでそうしてる」
「早く帰って飯にしようぜー」
前からエーレとシュトルツの声が飛んでくる。
「行こう、ルシウス」
「そうですね」
悩んでいる暇なんてない。
どこに辿り着くかわからないこの道を、ただ前に進むしかない。
進んだ先に何が待っていても、僕は彼らと共に行くと決めた――この選択を後悔なんてしない。
だって僕は’’ルシウス’’なんだから……
「あ、山賊の首でも持って帰れば、報奨金でも出たんじゃない?」
首だけ、振り返ったシュトルツが言う。
「え、首はちょっと……」
鬼神のような彼が、山賊の首なんて持って歩いたら、もうそれは地獄絵図だ――
「首を前に並べて、飯食うとか?」
「やめてくださいよ!」
からかうように笑ったシュトルツに、僕は必死に首を振る。
「大した額でもないだろ。くだらねぇこと言ってねぇで、さっさと歩け」
シュトルツの隣のエーレが彼の背を叩いた。
「前言撤回。シュトルツを見習ってはだめだ。反面教師にしていった方がいい」
半歩後ろを歩く、リーベの冷ややかな声が聞こえた。
「そうですよね」
僕は相槌を打ちながら、エーレにじゃれつくシュトルツを見ながら、思わず微笑んだ。




