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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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106/233

鉄律と無法――第7条の外側で

 




 ‘’レギオン順守事項‘’


 1, 支部内での乱闘禁止

 ・支部内での喧嘩や乱闘は禁止。対立があれば、職員や調停役が間に入って解決すること。


 2. 依頼遂行の協力義務

 ・クランごとに依頼が与えられるが。他のクランが協力を求めてきた場合、協力は努力義務とする。


 3. 戦闘外での武器使用禁止

 ・支部内、公共の場での武器使用は原則禁止する。支部内に併設された演習場や依頼中、その他やむを得ない場合のみ使用を許可。


 4. 一般的な礼儀

 ・支部内では、お互いに礼儀を守ることが基本。他のクランの邪魔をしないこと


 5. 私的な紛争は外で解決

 ・クラン内での私的な問題や紛争は、支部内ではなく、外で解決すること。


 6.無断欠席や放棄の防止

 ・依頼や活動に対する無断欠席や放棄は禁止。依頼人との契約を確実に遂行すること。急な事情があれば報告すること。


 7.情報共有

 ・協力を求められた場合は、依頼に必要な情報は共有すること。なお、必要以上の詮索や干渉はしないこと。



 ≪職員の言うことはよく聞くこと! あと喧嘩を売らない! 職員に何かあったら半殺しにする。

 その他、どうしても自分たちで解決できないことがあれば、職員を通して相談すること!

 出来るだけ問題事を起こさずに、いい子でいろよ!≫






 壁に貼られた遵守事項と、その下には手書きであろう警告文ーーそんなものを眺めながら、僕は近くで突然、絡んできた長身の男の小言を聞き流していた。




「君たちの行動は目に余る。

 第一にそこの君のだらしない格好と態度。その上に昼からエールを飲むとは何事なのか。

 常識というものがないのか。

 食事中に私語は禁止だ。食事に集中したまえ。

 次に、他クランへの挨拶もなく、礼儀もなっていない。

 今日来たばかりだから知らなくて当然かもしれないが、食事をするにあたっても、ここではクラン別に時間が指定されている」




 王国首都エルディナのレギオン支部。

 昨日、リクサに会った後にミレイユに引っ張りまわされて、このレギオン支部に着いたのは深夜だった。

 翌日の今日。中途半端な時間に、珍しく全員揃って、食事をしていただけだった。


 そこに突然、長身で眼鏡、白を基調とした軍服のような服を襟元までしっかり絞めた、神経質そうな男性がやってきた。

 そして、冒頭のことを捲し立てた。




 僕の所属するクラン――カロンは、リーダーであるエーレを筆頭にしてシュトルツ、リーベと僕の4人だけだ。


 そういえば、支部の1階に併設されている食堂にやってきたとき、異様な空気を感じないこともなかった気がする。

 カロンは基本的に、他のクランと関わりを持たない。


 レギオンに寄せられる指名依頼も、余程のことがない限り断るし、レギオンから任意で求められるクラン合同の作戦にも参加しない。

 勿論、他のクランと協力して、依頼をこなすこともない。



 それらに積極的に取り組む、他のクランに比べて、レギオンへの貢献度は高くない。

 はずなのだけれど……なんだかんだカロンは、上位ランカーらしい。


 僕は最近クランに加入したし、基本的に彼らについて回るだけだ。

 戦闘になっても、まだ一人前に戦えない。

 今までの数年間、彼らがどうやって活動してきたのか――知らないけれど、なんとなく想像はつく。


 そもそもレギオン支部によって、別途定められたルールでもあるのか?

 と、エーレを一瞥した。



「あー、なんかそういうサブイベントあった気がするなぁ」



 僕の隣でフォークを持つ手を止めずに、咀嚼しながら呟いたシュトルツ。



 ’’サブイベント’’

 つまり彼らは、3度目までの回帰でも、同じ状況を経験したことがあるのか……

 一方で、正面のエーレも、隣のリーベも、白軍服男を完全に無視している。


 彼らがそういう行動を取るということは、きっと取るに足らないことなのかもしれない。

 そう思って、僕も関わることはせず、食事を続けようとした――


 その時、衝撃音と共に目の前にあった、テーブルの上の皿が跳ねた。

 綺麗に跳ねて、皿の上の料理が躍る。それが無事に皿に落ちるまで、しっかり見届けてしまうほど、僕はびっくりした。


 ほぼ同時に、レギオン支部内にいる他クラン全員の視線が、こちらに集まったのを感じる。

 ちらり、と周りを目だけで見渡してみたけど、まるで怯えているかのように、誰も介入しようとはしてこない。



「聞いているのかね!?

 前々から話では聞いていたが、クランカロンは本当に無法者の集まりらしい」



 僕の右側――シュトルツとリーベがいる方向から、そんなヒステリックな声を続ける男性。


 わかりやすい敵意を向けてくる男の行動に、僕は内心気がしではなかった。

 この偏屈そうな男が誰だかはわからないし、怖いわけではない。


 僕が怖いのは目の前で完全無視を決め込んで、取り皿に取り分けられた料理を少しずつ口に運ぶリーダー。エーレだった。



 緩やかにうなる黒髪は顔にかかっていて、表情は読み取りにくい。

 世界の深淵を映したような漆黒の瞳は、何を見ているのだろう。

 この男を怒らせるとやばい。

 だからもうそれくらいで諦めて、どこか行ってくれないだろうか。



「あー、お姉さん。エールおかわりくれる?」



 シュトルツがカウンターの支部職員へと、空のジョッキを掲げながら言った。

 後ろで括った夕日のような赤い髪が、ひらりと揺れる。

 燃えている炎のような瞳は、白軍服の男を完全に映していない。


 彼の持つジョッギへと視線を追った更に上側で――白軍服の男が、シュトルツを睨んだのが見えた。

 シュトルツは、レギオンに所属する傭兵とは思えないくらいにラフな格好である。

 休息を挟むために設けた今日の格好は、特にだらしがない。

 昼からエールを呷るのはいつものことだが。



 シュトルツの注文の声は確実に届いたはずなのに、支部職員は動こうとしない。

 数秒の沈黙の中で、すぐ隣から椅子を引く音がした。

 仕方ないという風に立ち上がったのは、リーベだった。



「私も飲み物のおかわりがほしいから、ついでに注文してこよう」



 月の明かりのような銀髪が揺れた。

 砂の中に金を散りばめたような瞳もやはり、僕たちしか映っていない。


 立ち上がった彼が、すぐ側にいた白軍服男の隣を通り過ぎようとした時――

 白軍服男がリーベの肩を掴んだ。



「規則を守れないなら、出て行ってもらおう」



 怒りを孕んだ低い声だった。

 僕は思わず肩を揺らして、リーベとエーレ、そして白軍服を順に見た。



「あまり我が儘は言わないことだな」



 しかしリーベは意に介した様子もなく、厨房カウンターの方へ歩き出す。

 それに激怒した白軍服男は、眼鏡の奥の薄茶色の瞳を細めて、僕の方を睨んできた。

 さっと、目だけを逸らす。



「カイ・オルドレン、騒ぐな。食事が不味くなる。

 それに、お前のそれは聞き飽きた」



 前でエーレが低い声が聞こえた。

 牽制の色は滲み出ていたけど、思ったより冷静らしい。


 それを聞いた白軍服男――カイ・オルドレンは、ぐるりと回って、エーレ隣に進み出てくる。



「私と君は初めて会うと思うが?

 それに上位ランカーには、敬意を持って接するのが規則だ」


「は――規則規則規則。ジュティケイターはそれしかないのかよ。相変わらずオママゴトで忙しいねぇ」



 僕の隣で、シュトルツが持っているフォークを振りながら、軽蔑の籠った声をあげる。



「ジュティケイター?」



 思わず、疑問が口から漏れた。



「私たちを知らないとは……君は新参者だね?

 レギオンランク第2位。鉄律のジュティケイター。

 クランカロンより上位のレギオンだ。

 レギオンへの貢献度も、君たちより遥かに高い。

 少しは敬意を表したらどうだ」



 胸を張って言ったカイ・オルドレンに、僕は困惑と諦念を感じた。


 そんなこと、僕に言われても……


 カロンではエーレがルールだ。

 そもそもエーレは、出来るだけ他のクランと関わりたくないみたいだし。

 彼らに、協調性や規則を求めるということ自体が間違ってる。


 僕はもう諦めたし、それをわかってる人たちも多いと思ってたのに……

 そう思う僕も、彼らに染まってきてるのかもしれない。



 そこにリーベが、2人分の飲み物を持って帰ってきた。



「なんだ、まだやっていたのか」


「リーベ、どうにかしてくださいよ。

 僕からしたらこの状況、わけわかんないんですけど」



 いつもカロンでは、調整役を担っている彼に助けを求めた。



「ここに長居するわけでもない。

 騒ぎたいなら、騒がせておけばいいだろう。

 どう思われようと、私たちに関わりはないことだ」



 手に持つジョッギをシュトルツに渡しながら、音もなく椅子にかけた彼。

 最後の希望が打ち砕かれた。


 長居はしなくても、数日はここにいるわけだし、毎回こんな空気耐えられない。

 でもエーレたちはレギオン支部に泊まるのが一番、安心出来るわけだし。


 無関心を決め込んでいる3人を見て、頭の中で色んな考えが、ぐるぐると回り始めた。



「先ほどから聞いていれば、秩序を知らない無法者どもめ。

 ここにいる期間は、規則を守ってもらう。


 上位クランには敬語で敬意を持って接すること。

 服装は正しく乱れなく。クラン別に指定された食事時間の厳守、列をなすときは乱れなく。

 食事中の会話は厳禁。勿論昼からエールなんてもってのほかだ。

 レギオン内の清掃は職員に任せきりにせず、各自が責任をもって、整理整頓を行う。

 ……最後に、レギオン内では出来るだけ静かに」




 白軍服男は、今まで何度も飽きるほど言って来たのだろう――そんなことがわかる言葉をスラスラと並べ立てた。



「守れないなら、出て行ってもらおう!」



 すぐ前で、カイ・オルドレンの手がテーブルを打った。

 僕とエーレの正面の皿が大きく跳ね、大きな音を立てる。

 思わず、顔がひきつるのを感じながら、そっと目だけで左側に立っている男を見上げた。



「あ、あの……それくらいにしておいた方が……」



 他のレギオン支部を色々回ってきたけど、そんなルール聞いたことがない。

 首都レギオン支部での独自のルールかもしれない。

 レギオン本部が決めたわけでないルールに、彼らが従うはずがないのだから、言うだけ無駄だ。

 逆に白軍服男が心配にすらなってくるし、争いごとに発展するのも嫌だ。

 そして何よりも僕は、目の前の黒髪の男の怒りが怖い。


 そう思って、止めに入るとまた睨まれた。そこに――



「レギオンでの遵守規約は7つ。その中にそんなルールはねぇよ。

 これ以上、俺を怒らせる前に失せろ」



 エーレの唸るような低い声が前から聞こえてきた。

 しかし、カイ・オルドレンは怯むどころか声を高くする。



「業に入っては業に従えだ!」


「てめぇらで勝手にやってろ」


「なら、出ていくんだ!」



 カイ・オルドレンはエーレを見下ろしながら、眼鏡の奥の目を光らせて、神経質そうな眉を寄せている。

 一方でエーレは、テーブルに伏せた目をあげようとすらしない。


 やばい。どうしよう。ヒートアップしてきた。

 シュトルツもリーベも止める様子はないし、周りも見ているだけだ。

 レギオン内での乱闘は禁止されてる。

 暴力に発展することはないとは思うけれど……



「規律も秩序もない烏合の衆――獣と変わらん。

 ここには、そんな下賎な者の居場所はない」



 その言葉の余韻が消え切るまでの、数瞬の沈黙。

 その中でエーレが、一度静かに瞑目した後、開かれた漆黒の瞳が這うように上に向けられた。


 そして、彼の口が僅かに開かれたときだった――









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