鉄律と無法――第7条の外側で
‘’レギオン順守事項‘’
1, 支部内での乱闘禁止
・支部内での喧嘩や乱闘は禁止。対立があれば、職員や調停役が間に入って解決すること。
2. 依頼遂行の協力義務
・クランごとに依頼が与えられるが。他のクランが協力を求めてきた場合、協力は努力義務とする。
3. 戦闘外での武器使用禁止
・支部内、公共の場での武器使用は原則禁止する。支部内に併設された演習場や依頼中、その他やむを得ない場合のみ使用を許可。
4. 一般的な礼儀
・支部内では、お互いに礼儀を守ることが基本。他のクランの邪魔をしないこと
5. 私的な紛争は外で解決
・クラン内での私的な問題や紛争は、支部内ではなく、外で解決すること。
6.無断欠席や放棄の防止
・依頼や活動に対する無断欠席や放棄は禁止。依頼人との契約を確実に遂行すること。急な事情があれば報告すること。
7.情報共有
・協力を求められた場合は、依頼に必要な情報は共有すること。なお、必要以上の詮索や干渉はしないこと。
≪職員の言うことはよく聞くこと! あと喧嘩を売らない! 職員に何かあったら半殺しにする。
その他、どうしても自分たちで解決できないことがあれば、職員を通して相談すること!
出来るだけ問題事を起こさずに、いい子でいろよ!≫
壁に貼られた遵守事項と、その下には手書きであろう警告文ーーそんなものを眺めながら、僕は近くで突然、絡んできた長身の男の小言を聞き流していた。
「君たちの行動は目に余る。
第一にそこの君のだらしない格好と態度。その上に昼からエールを飲むとは何事なのか。
常識というものがないのか。
食事中に私語は禁止だ。食事に集中したまえ。
次に、他クランへの挨拶もなく、礼儀もなっていない。
今日来たばかりだから知らなくて当然かもしれないが、食事をするにあたっても、ここではクラン別に時間が指定されている」
王国首都エルディナのレギオン支部。
昨日、リクサに会った後にミレイユに引っ張りまわされて、このレギオン支部に着いたのは深夜だった。
翌日の今日。中途半端な時間に、珍しく全員揃って、食事をしていただけだった。
そこに突然、長身で眼鏡、白を基調とした軍服のような服を襟元までしっかり絞めた、神経質そうな男性がやってきた。
そして、冒頭のことを捲し立てた。
僕の所属するクラン――カロンは、リーダーであるエーレを筆頭にしてシュトルツ、リーベと僕の4人だけだ。
そういえば、支部の1階に併設されている食堂にやってきたとき、異様な空気を感じないこともなかった気がする。
カロンは基本的に、他のクランと関わりを持たない。
レギオンに寄せられる指名依頼も、余程のことがない限り断るし、レギオンから任意で求められるクラン合同の作戦にも参加しない。
勿論、他のクランと協力して、依頼をこなすこともない。
それらに積極的に取り組む、他のクランに比べて、レギオンへの貢献度は高くない。
はずなのだけれど……なんだかんだカロンは、上位ランカーらしい。
僕は最近クランに加入したし、基本的に彼らについて回るだけだ。
戦闘になっても、まだ一人前に戦えない。
今までの数年間、彼らがどうやって活動してきたのか――知らないけれど、なんとなく想像はつく。
そもそもレギオン支部によって、別途定められたルールでもあるのか?
と、エーレを一瞥した。
「あー、なんかそういうサブイベントあった気がするなぁ」
僕の隣でフォークを持つ手を止めずに、咀嚼しながら呟いたシュトルツ。
’’サブイベント’’
つまり彼らは、3度目までの回帰でも、同じ状況を経験したことがあるのか……
一方で、正面のエーレも、隣のリーベも、白軍服男を完全に無視している。
彼らがそういう行動を取るということは、きっと取るに足らないことなのかもしれない。
そう思って、僕も関わることはせず、食事を続けようとした――
その時、衝撃音と共に目の前にあった、テーブルの上の皿が跳ねた。
綺麗に跳ねて、皿の上の料理が躍る。それが無事に皿に落ちるまで、しっかり見届けてしまうほど、僕はびっくりした。
ほぼ同時に、レギオン支部内にいる他クラン全員の視線が、こちらに集まったのを感じる。
ちらり、と周りを目だけで見渡してみたけど、まるで怯えているかのように、誰も介入しようとはしてこない。
「聞いているのかね!?
前々から話では聞いていたが、クランカロンは本当に無法者の集まりらしい」
僕の右側――シュトルツとリーベがいる方向から、そんなヒステリックな声を続ける男性。
わかりやすい敵意を向けてくる男の行動に、僕は内心気がしではなかった。
この偏屈そうな男が誰だかはわからないし、怖いわけではない。
僕が怖いのは目の前で完全無視を決め込んで、取り皿に取り分けられた料理を少しずつ口に運ぶリーダー。エーレだった。
緩やかにうなる黒髪は顔にかかっていて、表情は読み取りにくい。
世界の深淵を映したような漆黒の瞳は、何を見ているのだろう。
この男を怒らせるとやばい。
だからもうそれくらいで諦めて、どこか行ってくれないだろうか。
「あー、お姉さん。エールおかわりくれる?」
シュトルツがカウンターの支部職員へと、空のジョッキを掲げながら言った。
後ろで括った夕日のような赤い髪が、ひらりと揺れる。
燃えている炎のような瞳は、白軍服の男を完全に映していない。
彼の持つジョッギへと視線を追った更に上側で――白軍服の男が、シュトルツを睨んだのが見えた。
シュトルツは、レギオンに所属する傭兵とは思えないくらいにラフな格好である。
休息を挟むために設けた今日の格好は、特にだらしがない。
昼からエールを呷るのはいつものことだが。
シュトルツの注文の声は確実に届いたはずなのに、支部職員は動こうとしない。
数秒の沈黙の中で、すぐ隣から椅子を引く音がした。
仕方ないという風に立ち上がったのは、リーベだった。
「私も飲み物のおかわりがほしいから、ついでに注文してこよう」
月の明かりのような銀髪が揺れた。
砂の中に金を散りばめたような瞳もやはり、僕たちしか映っていない。
立ち上がった彼が、すぐ側にいた白軍服男の隣を通り過ぎようとした時――
白軍服男がリーベの肩を掴んだ。
「規則を守れないなら、出て行ってもらおう」
怒りを孕んだ低い声だった。
僕は思わず肩を揺らして、リーベとエーレ、そして白軍服を順に見た。
「あまり我が儘は言わないことだな」
しかしリーベは意に介した様子もなく、厨房カウンターの方へ歩き出す。
それに激怒した白軍服男は、眼鏡の奥の薄茶色の瞳を細めて、僕の方を睨んできた。
さっと、目だけを逸らす。
「カイ・オルドレン、騒ぐな。食事が不味くなる。
それに、お前のそれは聞き飽きた」
前でエーレが低い声が聞こえた。
牽制の色は滲み出ていたけど、思ったより冷静らしい。
それを聞いた白軍服男――カイ・オルドレンは、ぐるりと回って、エーレ隣に進み出てくる。
「私と君は初めて会うと思うが?
それに上位ランカーには、敬意を持って接するのが規則だ」
「は――規則規則規則。ジュティケイターはそれしかないのかよ。相変わらずオママゴトで忙しいねぇ」
僕の隣で、シュトルツが持っているフォークを振りながら、軽蔑の籠った声をあげる。
「ジュティケイター?」
思わず、疑問が口から漏れた。
「私たちを知らないとは……君は新参者だね?
レギオンランク第2位。鉄律のジュティケイター。
クランカロンより上位のレギオンだ。
レギオンへの貢献度も、君たちより遥かに高い。
少しは敬意を表したらどうだ」
胸を張って言ったカイ・オルドレンに、僕は困惑と諦念を感じた。
そんなこと、僕に言われても……
カロンではエーレがルールだ。
そもそもエーレは、出来るだけ他のクランと関わりたくないみたいだし。
彼らに、協調性や規則を求めるということ自体が間違ってる。
僕はもう諦めたし、それをわかってる人たちも多いと思ってたのに……
そう思う僕も、彼らに染まってきてるのかもしれない。
そこにリーベが、2人分の飲み物を持って帰ってきた。
「なんだ、まだやっていたのか」
「リーベ、どうにかしてくださいよ。
僕からしたらこの状況、わけわかんないんですけど」
いつもカロンでは、調整役を担っている彼に助けを求めた。
「ここに長居するわけでもない。
騒ぎたいなら、騒がせておけばいいだろう。
どう思われようと、私たちに関わりはないことだ」
手に持つジョッギをシュトルツに渡しながら、音もなく椅子にかけた彼。
最後の希望が打ち砕かれた。
長居はしなくても、数日はここにいるわけだし、毎回こんな空気耐えられない。
でもエーレたちはレギオン支部に泊まるのが一番、安心出来るわけだし。
無関心を決め込んでいる3人を見て、頭の中で色んな考えが、ぐるぐると回り始めた。
「先ほどから聞いていれば、秩序を知らない無法者どもめ。
ここにいる期間は、規則を守ってもらう。
上位クランには敬語で敬意を持って接すること。
服装は正しく乱れなく。クラン別に指定された食事時間の厳守、列をなすときは乱れなく。
食事中の会話は厳禁。勿論昼からエールなんてもってのほかだ。
レギオン内の清掃は職員に任せきりにせず、各自が責任をもって、整理整頓を行う。
……最後に、レギオン内では出来るだけ静かに」
白軍服男は、今まで何度も飽きるほど言って来たのだろう――そんなことがわかる言葉をスラスラと並べ立てた。
「守れないなら、出て行ってもらおう!」
すぐ前で、カイ・オルドレンの手がテーブルを打った。
僕とエーレの正面の皿が大きく跳ね、大きな音を立てる。
思わず、顔がひきつるのを感じながら、そっと目だけで左側に立っている男を見上げた。
「あ、あの……それくらいにしておいた方が……」
他のレギオン支部を色々回ってきたけど、そんなルール聞いたことがない。
首都レギオン支部での独自のルールかもしれない。
レギオン本部が決めたわけでないルールに、彼らが従うはずがないのだから、言うだけ無駄だ。
逆に白軍服男が心配にすらなってくるし、争いごとに発展するのも嫌だ。
そして何よりも僕は、目の前の黒髪の男の怒りが怖い。
そう思って、止めに入るとまた睨まれた。そこに――
「レギオンでの遵守規約は7つ。その中にそんなルールはねぇよ。
これ以上、俺を怒らせる前に失せろ」
エーレの唸るような低い声が前から聞こえてきた。
しかし、カイ・オルドレンは怯むどころか声を高くする。
「業に入っては業に従えだ!」
「てめぇらで勝手にやってろ」
「なら、出ていくんだ!」
カイ・オルドレンはエーレを見下ろしながら、眼鏡の奥の目を光らせて、神経質そうな眉を寄せている。
一方でエーレは、テーブルに伏せた目をあげようとすらしない。
やばい。どうしよう。ヒートアップしてきた。
シュトルツもリーベも止める様子はないし、周りも見ているだけだ。
レギオン内での乱闘は禁止されてる。
暴力に発展することはないとは思うけれど……
「規律も秩序もない烏合の衆――獣と変わらん。
ここには、そんな下賎な者の居場所はない」
その言葉の余韻が消え切るまでの、数瞬の沈黙。
その中でエーレが、一度静かに瞑目した後、開かれた漆黒の瞳が這うように上に向けられた。
そして、彼の口が僅かに開かれたときだった――




