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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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秩序神の化身は語らず、剣が問う

 



 目が覚めた時には、もう正午を回っていた。

 いつの間にか、昨日泊まった宿のベッドにいた。


 たしか……

 そう思って、記憶をたどると最後はあの連絡塔の上だった。



「そのまま寝ちゃったんだ……」



 おそらく行きと同じように、シュトルツがここまで抱えて運び、ベッドに寝かせてくれだのだろう。

 満天の星空、首都を一望できる夜景。

 綺麗だった。その上、4人揃って、色んなことを聞いて、打ち明けて……


 かけがえのない時間だった。

 嬉しいだけではない。思い出すとあらゆる感情が湧き上がってきて、胸を渦巻く。

 けれど、これも僕にとっては、とてもとても大切なものだと、今なら思える。


 ふと、頭の中にエーレの声が響いた気がした。

 眠ってしまったから、そのあとのことは知らない。

 けれど、何だろう……知らないはずの彼の言葉が、はっきりしない輪郭で、頭の中に残っている気がした。

 体を起こして、ボーっと余韻に浸っていると、ノックが転がった。



「おこちゃま? そろそろ起きてくんない?

 こわーい二人が待ってるんだけど」



 扉越しに聞こえたシュトルツの声。

 彼のいう怖い2人――そんなの考えなくてもわかる。

 不機嫌そうに眉を寄せたエーレと、フードに隠されて見えないミレイユのピリピリした雰囲気が頭に過った。

 それはもう、目の前に2人がいるんじゃないかという現実味を帯びて。



「すぐに支度します!」



 僕は恐怖に突き動かされるように、ベッドを飛び出た。





「てめぇ、いつまでぐうすか寝れば気が済むんだ」



 すでに支度を整えて、宿のロビーで待っていたらしいエーレが、予想通りの顔をして、開口一番そう言った。

 だって、昨日眠ったのは深夜だ。

 それでも確かに、10時間は寝ていた。

 色々あったし、仕方ないじゃないか――と言い返したいけれど、更に彼を不機嫌にさせるのは避けたいので、口を噤んだ。



リクサ(あの方)に時間は指定されておりませんので、問題ありませんよ」



 隣にいたミレイユが思いがけず、フォローしてくれる。



「そういえば、イレーネさんは?」



 ロビーには、カロンの面々とミレイユしかいない。



「イレーネは、王国首都の教会所属ですので戻りました。今頃、休暇を取っている頃でしょう」


「そうだったんですね」



 小さく気弱なイレーネが、体を震わせている様子を思い出す。

 彼女にとっても、この約一か月の旅路は苦労が多かっただろう。


 短い会話を終えて、僕たちは宿を出た。

 ミレイユを先頭に、どこにいくのかも告げられず、首都の外れまでひたすら歩いた。

 彼女が足を止めた先には、廃墟になった修道院があった。

 僕は思わず、前をいくミレイユの背と隣を歩くシュトルツを見る。


 リクサが、こんなところに?

 どう見てももう使われていない、打ち捨てられた修道院だ。

 怪訝に思っていると、彼女は修道院の入り口で歩を進めた。



「ゼファ様」



 唐突にミレイユが、正面を向いたまま呼びかける。

 するとどこからともなく、以前みたフードの人物が彼女の隣に現れた。

 いや、気づけばそこに立っていた。

 フードの人物はこちらに一瞥をくれることもなく、



「Riguna」



 扉に向けて、そう囁いた。

 小さな声だったが、しっかり聞き取れた。


 たった一言――柔らかな旋律。霊奏だ。

 リグナ。たしか古代言語で、繋ぐ、結ぶ、導線を引く、導く。そういった言葉を網羅した一言。


 途端、周りの空気が振動し、扉の先から淡い光が漏れ出した。

 もう開くかも怪しい、古びた石の扉――それは音もなく、ひとりでに開いた。


 ゼファと呼ばれた、このフードの人物は一体……

 僕以外の全員は当たり前のように、その中に入っていく。

 唖然とする僕の隣を通ったリーベが一瞥をくれた。


 この先にリクサがいる――






 中は別空間のようだった。

 真っ白の外壁、床も真っ白で汚れ一つない。

 無機質にも見えるのに、息が詰まるほどの神聖さが滲み出ていた。


 一歩、中へ踏み出した時に感じた、異様な空気の重さ。

 酸素が何倍にもなって、肺が圧迫されそうな――それでいて、何もないはずなのに、すぐそこに色んな気配を感じる。

 空気が震えている。


 するとどこからともなく、聞き覚えのある音がしてきた。

 澄んだピアノのような単音――まさか。

 思わず、四方八方に視線を投げた僕に、半歩後ろを歩くリーベが言った。



「ここはエルフが繋げた別空間だ」


「エルフ……?」



 先頭を歩くゼファと言う人物。

 エルフだというのか? あのお伽噺でしか聞いたことのないエルフが目の前にいる?



「エルフは精霊と俺らの世界の丁度、中間あたりに住んでるからね。

 俺らより、精霊との関わりが強いんだよねぇ。

 呼ばなくても、ここには精霊が溢れてる」



 前を行くシュトルツが、天井を見上げて答えた。

 この異常なまでの空気の濃さは、精霊の気配なのだ。



「つまりここはエルフの領域ってことですか? それにその前の……ゼファさん?は……」


「そうそう、エルフ様。まぁ、怖いからあんまり関わらない方がいいよ」



 シュトルツの言葉を聞いて、ゼファが少しだけ、首を後ろに回した。



「我らが女王のおわす神聖な場所。静粛に」



 先ほどの柔らかな霊奏とは打って変わった、感情の読み取れない機会的な声。

 澄んだ声色のはずなのに、体の奥から恐怖が湧き上がるような、ゾッとする感覚がした。


 一本の長い廊下を出た先には、大きな観音扉が待ち構えていた。

 その扉もひとりでに開くと、中は大聖堂だった。

 奥から、淡い光があふれ出している。

 窓はない――なのに上部からは、陽の光でも、人口の光でもない何かが淡く光って、聖堂全体を照らし出していた。


 ゼファを先頭にミレイユが続き、僕たち4人は聖堂の奥へと足を進める。

 大聖堂だがステンドグラスもないし、余計な装飾も一切ない。

 後方は開いていて、前列のいくつかだけ横長の椅子が並べてあった。



 3段の段差の先の正面には、玉座のような立派な椅子があって、そこには一人の小柄な女性が座っていた。

 ゼファはその隣へ向かうと、こちらへと向き直る。

 ミレイユはそのあとを追うように、1段だけ上がり、僕たちの左前方で向き直った。



 自然に唾を飲み込み、ごくりという音が耳に響く。

 石造りで植物の蔦に囲われた、玉座に座る女性――布地を重ねた冠を被り、そこから垂れ下がるベールで顔は隠されていた。

 身にあっていないように思える大きな法衣は、ミレイユが身に着けているものとは、似ているようでまったく造りが違う。


 数メートル先の彼女は、僕と同年代にも見える一方で、老婆のようにも見える。

 そこからあふれ出すゼファ以上の異様さと、神のような畏怖にも似た尊厳な雰囲気。

 息をするのも忘れていると、その頭が僅かに揺らいだ。



「お目にかかれて光栄です。貴方をお待ちしておりました。ルシウス」



 ベールの先から発せられたのは、澄んだ声色だったが、普通に人間のものだった。

 僕は咄嗟に忘れていた息を吸い込んで、目を見開く。

 口を開こうとしたけれど、何を言えばいいのかわからなかった。



「僕の方こそ、お目にかかれて光栄です」



 口をついて出たのは、そんな定型文。

 右半歩前にいるエーレが、苦笑したような気がした。



「私はリクサと名乗っております。

 彼ら――カロンと方角を同じにする者。ルシウスが、私たちと並び歩んでくれることを心から歓迎します」



 方角を共にするもの?

 僕はその真意がわからなくて、首を傾げたくなった。



「エーレ、シュトルツ、リーベ。突然の介入、申し訳ありませんでした。

 報酬はこの後、ゼファから受け取ってください」


「思ってもねぇことを口にする暇があるなら、俺の質問に答えてもらおうか」



 エーレの凛とした声色が、この場ではやけに異様に聞こえた。

 空気が小さく震え、体を撫でていく気配があった。

 精霊たちが何かを危惧しているような、そんな震えだった。



「なんなりと」



 リクサの声色からは何も読み取れない。顔を隠しているベールが、彼女の心まで覆い隠しているようだ。



「レナータの件。あれはどういうことだ」



 ハッとして、僕はエーレを見た。



「どういうことか。彼女の裏切りに、私が関与する余地はありません」


「関与する余地がないだと? ふざけんのも大概にしろ。

 言葉遊びをしたくて、ここに来たわけじゃない。

 お前はレナータが裏切っていることを知っていた。その上でこちらに伝えずに泳がせた。

 何を企んでいる?」



 ミレイユの側近であった、レナータの裏切り。

 リクサが何者であるのか僕は知らないが、神の化身であれば、確かにわかっていてもおかしくないことにも思える。

 エーレは、確信に満ちた声色だった。



「暗殺ギルドの拠点は無事、聞き出せたようですね」



 水を打ったような沈黙。その中に、痺れるような緊張環が漂う。

 リクサの言葉にエーレが激怒していることが、伝わってきた。



「そんなこと今はどうでもいい。どうしてミレイユにだけでも事前に伝えなかった?

 どうして裏切りを知って、放置していた?」



 怒りを極限まで抑えたエーレの隣で、シュトルツとリーベは沈黙を守っていた。

 リクサは答えない。

 数秒の沈黙のあと、エーレは一歩前に進み出る。



「今後、暗殺ギルドは拠点を変えるでしょう。

 その時、レナータの痕跡は、役に立つかもしれません」



 どこまでも冷静なリクサの声。エーレが一瞬だけ、肩を震わせたのが見えた。

 裏切りを放置していたから、僕たちは危険に晒された。それは疑いようのない事実だった。

 リクサが全てを予見していたのなら、彼女はあえてその状況を作り出した。

 怒るのも無理はない。

 けれど、エーレがここまで怒りを露わにするのを初めて見て、僕は違和感も感じていた。



「利害の一致が続く限り、俺たちはお前の手の平で踊ってやることを受け入れている。

 だがな、お前は自らの神徒を裏切り、窮地に追いやった。

 それがどういうことなのか、わかってんのかって聞いてるんだ」


「ミレイユ、彼女が私に帰依する神徒であったことは、一度もありませんよ」



 リクサの言葉を聞いて、ミレイユが俯いたのが目の端に入る。

 エーレが剣を抜いたのが、同時だった。

 数舜の沈黙と伝わってくる緊張感、殺気。



「剣を収めなさい。私には、貴方を納得させる言葉を持ち合わせていません」



 エーレの持つ剣の切先が、リクサに向けられ、小さく揺らめいた。

 斬りかかる様子はない。

 牽制とその意思の表示であるとわかっていても、僕はリクサとエーレから目が離せなかった。






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