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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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その時は、俺を殺せーー

 



「泣き疲れて、寝ちゃったねぇ」



 展望台のふちに背を預けて眠ってしまったルシウスへ、自分の羽織っていたローブをかけてやったシュトルツが言った。



「あれだけ泣きゃ、眠くもなる」



 先ほどまで子供のように泣いていたルシウスを思い出したエーレは小さく笑う。



「まだ流れ星に願い事もしてないのに、勿体ない」


「お前……まだ言ってんのか」



 空を仰いだシュトルツをに呆れて肩を竦めたものの、なんとなく彼の視線を追って空を見上げてみた。



「春の流星群――ヘカテ―の涙か」



 シュトルツの隣から、リーベの呟きが聞こえる。


 満天の星空に首都の夜景。

 三人でこうして、空を見上げる夜――


 今は腰ほどのふちも、あの頃はもう少し高かった。


 まだ幼かったシュトルツ――ヴィンセントに付き合って、流れ星に願い事をしたことは今でも覚えていた。



 ――この幸せがずっと続きますように――



 幼い胸に抱いた儚い願いは、脆くも崩れ去った。

 だからもう流れ星に願い事なんてしない。したくない。



「もう四月も終わるというのに、冷えるな」


「火でも焚く?」



 沈黙を破ったリーベに、シュトルツが提案する。



「戻ればいいだけの話だろ。そんなに流れ星が見たいのかよ」


「え? エーレさんは願い事ないの?」



 火を焚いてまで流れ星を見ようとする彼が、当然のように聞いてきた言葉に口を閉じる。

 その時、頭上で星が流れた。


 シュトルツが「ああ!」と悲鳴に似た声を上げる。



「ねぇよ。星に願ってまで縋りたいことなんて……」


「じゃあ、俺が代わりにエーレさんの分までお願い事しとくね?」



 こちらの気も知らず、嬉しそうに空を見上げたシュトルツはしばらく顔を上げたまま、一向に諦めようとしなかった。


 一刻に多くても十回。


 エーレは思わず、ため息を吐きだした。



「おい、リーベ。この馬鹿どうにかしろ。このままだと朝になるぞ」


「シュトルツ。ルシウスが風邪を引くから、半刻までにしておけ」



 言われるがまま条件を出したリーベにシュトルツは頷きすらしない。

 この問題児は……


 ふと、昔にもこういうことがあった気がする、と何かが頭に過ろうとした時、


 

「俺らはさぁ」 シュトルツの掠れた声が、星空に溶け込んだ。


「ルシウスみたいに、誰かに愛されたいって思ったことあったっけ?」



 空を見上げたままの彼の唐突な言葉。

 愛されたかった――そんな未練。


 ほんの少しだけ、記憶の中を探してみた。



「さぁな」



 途中で考えることはやめた。考えたところで、意味もなく、必要もない。



「リーベは?」



 話を振られたリーベが嫌そうに瞳を細めて、シュトルツを見た。



「――嫌味か?」



 珍しく声を落として呟いた彼に、思わず笑いがこぼれた。

 その時になって失言だったと気付いたらしいシュトルツが、リーベへ両手を大きく振る。



「いやいや、深い意味ないって。アイリスのことなんて言ってないって!」



 必死に首を振るシュトルツを、じっと睨むリーベ。


 彼が何をどう思っているのか知らないけれど、アイリスはしっかりリーベに好意を抱いていたはずだ。

 だからこそ、幽閉された場所から彼を逃がした。



 記憶の中に残る――まだまだ幼さい五つ年下の妹。


 髪はリーベと似ていて、輝かしく、綺麗なエメラルドの瞳は愛らしかった。

 


 柔らかく降り注ぐ、温かな春の日差しのような――

 それでいて、その陽に向かって凛と咲く小さな花のような彼女。


 記憶の片隅に残る妹を思い出していると、また一つ星が流れる。

 

 リーベへの弁解で必死だったシュトルツはまた見逃したようだ。



「俺たちにはアイリスがいただろ。それだけで十分だ」



 親の愛情なんてものは知らない。

 まともに顔すら合わせなかった。その中で、アイリスだけが愛情というものを教えてくれた。


 それは目の前にいる三人だって、同じはずだ。

 高位貴族として、厳しく育てられた彼らの心を溶かしてくれた、唯一の存在。


 四人が共有する――もうそこに存在していたのかも確かめられない、たった一枚の懐かしい絵。



「そうだな……違いない」



 そう言って、リーベが空を見上げる。



「え? エーレさん。俺は? 俺もいるよ? エーレさんのこと愛してるよ?」


「気持ちわりぃ言い方すんな。知らねぇよ」



 近づいてくるシュトルツに手を払う。

 その時、足元で眠るルシウスが目に入った。


 

 シュトルツが上にかけたローブをぎゅっと握り、すやすやと眠るあまりにも幼い顔。

 あのころは仇敵であったはずの彼は、今はこんなにも近しい存在になりつつある。



 まだまだ幼く、未熟だけれど、たからこそ真っすぐで純粋な彼。


 悪意や損得勘定なんて言葉を知らないような振舞いに、身に余る正義感に振り回される。

 連れていくのは酷なのではないか、とすら思ってしまうこともあった。



 だからこそ、俺たちは影として、全てを引き受ける。


 もしかしたら、ここから見る景色もこれで最後になるかもしれない――


 そう思って、もう一度街を見下ろすことにした。




 隣で頑なまでに空を見上げ続けるシュトルツに、夜景を見下ろしながら時折こちらに視線を配るリーベ。

 将来を語り合って過ごしたあの夜とは、似ているようであまりにも違う。


 長く続いた沈黙を破ったのもまたリーベだった。



「ルシウスに、代償のことを話さなくてよかったのか?」



 彼の視線を感じたけど、あえて街を見下ろしたままでいることにした。



 加護枷――その制約に反した時の代償。

 それはエーレが全て引き受けていたが、権能である環命にも対価が存在した。


 繰り返す事に支払わなければいけない――それは三人がそれぞれ支払うことになる。



「これは俺たちが勝手に始めたことだ。

 それをルシウスに背負わせる必要はない」



 もし教えでもしたときには、彼はきっと制約が発生するたびに罪悪感に苛まれるだろう。



 権能もその制約も、代償も、ルシウスには関係のない話だ。

 もう後がない。


 六度という回数制限も、代償の影響でそこまで持ちこたえられそうになかった。



 肌を冷やす夜風、目の映る全てが輝かしいこの漆黒を守るいうに降りた静寂。


 その中で街の上に一筋の星が流れた。



 今度はシュトルツもしっかり見ていたはずだ。

 

 彼が何を願うのかなんて……俺の知るところではないが。

 もう、ここに用はない。



 エーレはそう思って、ふちから離れた。



「シュトルツ、リーベ」



 いつも以上にはっきりと、すでに慣れ親しんだその名に呼びかける。

 声色に秘めた何かを感じ取ったらしい二人が、ふちから離れてこちらへと向き直った。


 彼は仲間の視線を受けて、一度瞑目し、小さな息と共に口を開く。



「予め言っておく」



 一段と冷たい風が、エーレと二人の間を通り抜ける。

 言葉を待つ二人の、更に強い視線が注がれた。


 知らずのうちに伏せてしまった視界を引き上げ、もう飽きるほど見てきた二人の顔を交互に見る。



「もし、俺が俺でなくなって足を引っ張るようなことがあれば。その時は……」



 いつか言わなければいけないと思っていた。

 できれば口にはしたくなかった覚悟。


 それでもエーレはそれを言葉にした。




 「俺を殺せ――」




 視界の上で星が流れた数舜の沈黙。それだけで十分だった。



 リーベの瞳は真っすぐにエーレを見据えたあと、一度瞑目した、

 シュトルツは苦しそうに表情を崩した後――



「了解」



 しっかりした声で答えた。






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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
三人の静かな夜が、覚悟の宣言で一気に張り詰めました。流星のモチーフが失われた願いと今の決意を結び、胸に刺さります。ルシウスへの優しさと“影”の使命の重さが対照的で、最後の「俺を殺せ」が美しくも残酷で痺…
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