レギオン
通りを抜けた先には、大きく円を描く広場があった。
中央には巨大な噴水があり、その前でエーレとリーベは待っていた。
「何してんだ」
エーレがこちらを見て、怪訝そうに眉を顰める。
その視線にユリウスは、シュトルツに手を引かれていることを思い出し、恥ずかしさのあまり咄嗟に、彼の手を払った。
そのあとになってハッと我に返り、そっとシュトルツを窺うように見た。
「ん? なになに、羨ましい?
エーレさんも手、引いてあげようか?」
ユリウスの心配をよそに、シュトルツは楽しそうにエーレへと歩み寄っていく。
どうやら全く気にしていないらしい。安堵を感じて、彼を追った先――エーレの目が細められたのが見えた。同時にスッとその左手を上がる。
そんなエーレの行動に、ユリウスは目を瞠る。
何をしようとしているのか。まさか本当に、手を引かれるつもりではないだろう。
一方、彼に歩み寄るシュトルツの背は、どこかご機嫌そうに見えた――その時。
「手首を切り落とされていいなら、引いてもらおうか?」
彼は口の端を歪めながら、憎々しげにシュトルツを睨んだ。
手を伸ばしかけていたシュトルツが慌てて手を引く。
「俺の手首切り落としたら、誰が先陣切るの!?
困るのは、エーレさんだよ!?」
まるで切り落とされた後のような――悲痛な表情を浮かべながら、右手を大事そうに庇って、半身を逸らしたシュトルツ。
「片手でも、戦えるだろ」
エーレは腕を静かに下ろすと、踵を返した。
「片手で戦わせるなんて、鬼畜すぎない?」
「お前がくだらんこと言うからだ」
シュトルツは嘆きながらも、エーレの後を追っていく。そんな二人の様子にユリウスは小首を傾げた。
噴水の向こう側へ遠ざかっていく二つの背。すぐ前にいたリーベが、こちらをちらりと見た。
「もうすぐ、宿に着く」
彼は、噴水の先を示した。
広場を囲むように、一際大きな建物が並んでいる。
噴水の先には、無骨な造りの看板が下げられていた。
そこには「レギオンーーレネウス支部」と記されてあった。
◇◇◇
――’’レギオン’’
それは少人数で構成された集団――クランを束ねる組織の名称だ。
国の騎士団では、手が回らない犯罪組織の摘発、殲滅や魔物の穢れの浄化から、商業人や秘密裏に動く要人の護衛まで、あらゆる任務を請け負う戦闘集団――
いわゆる、傭兵のような人たちが、集う場所だと聞いたことがある。
ギルドなら、何度かユリウスもお世話になったことはある。
けれど、城では有事の際の戦闘は騎士団に一任されているため、レギオンに所属する人たちと面識を持ったことはなかった。
ギルドにも一応、戦闘を生業にするクランは存在するものの、基本的に商業や生産がメインで成り立っている。
レギオンに所属するということは、戦闘専門で生計を立てている、その手のプロということになる。
この先に、血なまぐさい戦場で生きる人たちが集っていると思うと、背中に怖気が走った。
ユリウスは自然とフードに手が伸びて、深く被ることにした。
重々しい音と共に開かれた大きな鉄の扉を潜り、真っ先に飛び込んできたのは、耳が痛むほどの喧騒とアルコールの匂い。
僅かに料理だろう――油ものの香りもした。
エントランスホールは予想していたより遥かに広かった。
左右に配置された数多くのテーブル。その多くは埋まっていた。
ある者はエールを酌み交わし、ある者は地図を広げて話し合い、ある者は武器の手入れをしている。
彼らが数歩中へと入った時――それまでの喧騒が、ピタリと止んだ。
何事かと辺りを見渡すと、その場にいた全員が、三人に視線を集めていた。
それは一瞬の出来事で、すぐに彼らは会話を始める。
一体、なんだったんだろう……
まるで、縄張りに入ってきた敵を警戒するような――そんな視線だった。
「あら、随分遅いお帰りですね」
その喧騒の中に、凛と透き通ったような女性の声が聞こえてきた。前方の受付カウンターからだ。
彼女はエーレたちの姿を認めて、声をかけたようだ。
「ちょっと色々あってねぇ。ダリア嬢、元気にしてたかい?」
真っ先にシュトルツが、手を挙げて応じる。
大の男三人に阻まれて、女性の姿は見えない。
「三日後に街を出る。それまで宿を借りる」
速足で受付にたどり着いたエーレが、相変わらずの愛想の欠片もない声で要件だけを伝える声が聞こえた。
遅れて追い付いたユリウスは声の主が気になって、ちらりとシュトルツの隣から顔を出した。
そこには制服らしい服装を身にまとい、声と同じく凛とした美しい女性が立っていた。
プラチナブロンドの長い髪は後ろで一つに束ねられている。僅かに揺れるそれは、とても愛らしく見えた。
ユリウスの存在に気づいたダリアは「あら」と驚いたように、口に手をあてた。
「どうしたんですか。貴方たちが、こんな可愛らしいお嬢さんと一緒にいるなんて……」
「お、お嬢……!?」
彼女の言葉で頭が真っ白になった。聞き間違いだと思いたかった。
「可愛いからって、まさか拉致でもしてきたんじゃないでしょうね?」
ダリアは、あのエーレを目の前にしても怖気づくことなく、3人を疑わしそうにジーっと睨んでいた。
彼女の疑わしそうな視線の余韻の中で、エーレがため息と共に、
「お前は、相変わらず冗談がつまらん」
と吐き出すも、ダリアは全く意に介した様子もなく、可愛らしい微笑みで応える。
「あら、残念。じゃあ今回は大部屋にしておきますか?」
「いや、いつも通り三部屋で。うち一部屋は、二人用で頼めるかな?」
シュトルツが、隣のエーレの顔色を伺うようにして告げると、ダリアもそれに倣う。
エーレが何も言わないことを、了解の意ととったらしい。
ダリアはカウンターから鍵を三つ取り出し、三人にそれぞれ渡した。
「一応言っておくけど、安易に手出ししちゃだめよ?」
誰と相部屋なのだろうか――
その答えは、すぐに知ることが出来た。
ダリアがそんな言葉をシュトルツに向けて言ったからだ。
同時にユリウスは、心を抉られるような感覚も覚えた。
彼女の意地の悪い微笑みを向けられたシュトルツは、乾いた笑いを幾度か漏らした後、意味ありげな視線をこちらへと向けてきた。




