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9.もう一人の浮気相手(2)

 私はすっかりお株を奪われた形になり、なんだか気分が()えてしまった。

 それで、少し意固地な気持ちにもなったから、「私はもう必要ないでしょう」とばかりに少しつっけんどんな挨拶をして、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。


 外国の大使夫妻はその空気を感じ取り、慌てて私に謝ろうとした。

「どうぞここにいてください! あなたはとても親切な方です」と丁寧に引き留めても下さった。


 しかしアンナリースさんの方は、わざとなのか、そんな私に遠慮するようなそんな空気を()とはしなかった。

「用無しは立ち去れ」とばかりに口の端で笑いながら、私に向かって「ご苦労様」と言ったのだ。


「ご苦労様」って?

 どんな立場の人が私に「ご苦労様」と言うだろう。

 あ、いや、王妃様を始め、結構たくさんの人が言うか……。

 しかし、仮にも侯爵夫人の私に、残念ながら格下の子爵令嬢が言うのは少々いただけない。


 いやわかってますよ、能力は彼女の方が上だってことくらい。(彼女を前に私が誇れるのは身分くらいだってことも重々承知してますとも!)

 それに、『そもそも身分が全てじゃない』という最近の新しい風潮のこともよく分かっている。その風潮については、私も納得する部分は多大にあるしね。


 でも、そういうことじゃない。あの場でのアンナリースさんの態度。

 ね、さすがに「ご苦労様」はないんじゃないかと思いません?


 しかもそれだけではなかった。

 どこぞのサロンに呼ばれた時の話。


 まぁ当時は私もそんなに自分に悪意を持った人がいるとは思っていなかったから、私を呼んでくれるサロンの主催者様には感謝の念を込めて出来る限り出席するようにしていた。


 そのたまたま呼ばれたサロンにいたのだ、アンナリースさんが。


 先日の晩餐会では散々な印象だったので、私は正直嬉しくなかった。微妙な顔をしたと思う。

 ただ、まぁあの時は所詮(しょせん)食べ物の話だし(※ちょっと違う)、あの晩餐会では特別感じ悪かったように感じられただけで、きっと今日はアンナリースさんもまともなんじゃないかと思い込むことにした。

 まあ先日は言語だとか文化だとか、確かに私の(つたな)い部分があった事は(いな)めないし、私もきっと落ち度があったのだろう、と。

 まぁ何せ先日が最悪だったから、今日はあれ以上に悪い気分になる事はないだろうと自分に言い聞かせて。


 そんな感じで私は自分を落ち着かせ、サロンに顔を出していたご婦人やら名士の方々に一人一人丁寧に挨拶をはじめたのだった。


 そしてアンナリースさんと目が合った。

 私は名前はともかく、ゆっくりと自分の身分をつまびらかにした。自分でもしつこいとは思うけれど、「ご苦労様」の無礼が脳裏にこびりついていたらしい。

 私もなかなかイヤミなところがある。


 が、それでもまぁアンナリースさんの先日の私への不愉快な態度は誤解であってほしいという願いもあったため、「先日は私も知らないような郷土料理の食べ方をご教示して下さってどうもありがとう。珍しい食べ方ね」と彼女の弁解を促すような言い方をした。


 しかし、『不愉快な態度は誤解であってほしい』と願うのはそもそも間違いだった。

 聡明な顔つきでサロンの名だたる人に混じり取り澄まして席についていた彼女だったが、私の言葉に馬鹿にしたような顔で「ぷっ」と笑ったのだ。


 私は思わず目を疑った。

 今日はきちんと身分を明示した上でのこの態度。

 これはもう私に対する嫌がらせだとピンときた。


 その吹き出した笑い方は周囲の人には無邪気な笑い声と聞こえたのだろう。

 悪意など(つゆ)にも疑わないメンバーたちは、「なになにどんな珍しい食べ方だね。そんなに面白い食べ方があるのかね」と興味深そうに話を掘り下げようとした。


 私は慌てて話を切り上げようとした。

 悪意あるアンナリースさんの手にかかれば、私なんてまな板の上の(こい)。アンナリースさんの会話術を持ってすれば、一気に私はここサロンメンバーの中でアホの烙印(らくいん)を押されるだろう。


 しかし、「たいした話じゃありません」と私が話を切りあげようとするの彼女は(こば)んだ。

「私は我が国の伝統料理の歴史をご教授したまでです。歴史をきちんと理解した上でないと外国の方に伝統を伝えることができませんからね。伝統の(うわ)(つら)の話だけでは何も理解できないのと一緒です。その外国の大使は私の話にようやく納得の顔をしていらっしゃいましたわ」


「ああ」と私は心の中で(なげ)いた。

 この言い方!

 私が我が国の伝統の歴史など全く理解していないかのような言いぶりじゃないの。

 しかも私では外国の大使とお話をする価値がないかのような!


 さすがに一部のサロンメンバーの方はアンナリースさんが言い過ぎだと思ったのだろう、私の立場を(おもんばか)って、「こりゃアンナリース嬢のご高説だねえ」と茶化(ちゃか)してくれた。

 ……大人の対応に感謝する。


 が、一度このように下げられてしまった私の立場は、回復するには何かしらの挽回(ばんかい)が必要だ。

 かといって早々に都合よく私の評価を押し上げてくれるような話題が(のぼ)るわけでもない。


 結局、ごく普通の話題では私の常識的な意見など人様(ひとさま)の記憶に残るのは難しく、私は最初の印象よろしく平凡な人として、(むな)しくこのサロンを退出することになったのだった。


 そんな不満をつらつらと胸にため込んでいたら、その後わりかしすぐに聞きましたよ。

 アンナリースさんがうちの(元)夫と付き合いはじめていたことを。


 なるほど、あれらは露骨(ろこつ)に嫌がらせを意識した態度だったというわけです。


 人の(元)夫と浮気しておいて、その妻にまで嫌がらせをするなんてどんなに性格が悪いかと思う。

 当然のことだけど、私はアンナリースさんを完全に嫌いだと思った。残念だけど、こればっかりはオブラートに包みようがない。


 かといって、(元)夫の浮気はこれが初めてではなかったから、「そのうちまた別れるのかな」とぼんやり思う程度で、もういちいちムキになることもなかった。私はすっかり(元)夫には(あきら)めていたので。


 それで、一年はたたない頃でしょうか、(元)夫は案の定アンナリースさんと別れた。理由は知らない。

 ただ、そりゃあ円満に別れたわけではなさそうで、その後もアンナリースさんは何かと機会があるたびに突っかかって来る(私はアンナリースさんを避けていましたけどね)。

 そのあと(元)夫が付き合いだしたマリネットさんにも突っかかっているとこを見かけたこともある(マリネットさんもアレな方なので嫌がらせの効果の方は存じませんけどね)。


 まあ、アンナリースさんが(元)夫と別れた後、あんまり幸せそうではないということだけは確かだった。


 しかし、さてさて。

 そんなアンナリースさんの名前を今日もう一度こんな形で聞くことになるとは思ってもみなかった。

 まさかリリーがアンナリースさんに怪我をさせるなんて!


 あまりアンナリースさんのことが好きではない私でも、さすがに自分の猫が彼女に怪我をさせたというのは看過(かんか)できる内容ではなく、大変なことになってしまったと思わざるを得なかった。

 状況は分からないけれど、もしリリーのせいなのであれば、申し訳ない!


 私はまず訪問してきた当局の者を応接室に招き入れ、アンナリースさんからの通報の内容を聞くことにした。

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【完結・全10話】  三挺の蝋燭 婚約破棄された悪役令嬢の復讐とその代償 』(作品は こちら

三梃の蝋燭
イラスト: ウバ クロネ
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