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7.猫の企み

 元夫は部屋を出ていき、そのまま帰ったようだ。


 ああ、帰ってくれたの、結局何をしに来たのかしらね、あの人。

 私は宇宙人がいなくなってほっとした半面、急にスカイラー様と二人っきりになったので、気まずさを感じはじめた。


 昔のこともあるし、自分はいろいろ人生失敗した感があるし、猫を引き取りに来るにしても元夫がついてくるというカオスっぷり。

 えーっと、私もけっこうイタイ人なのよねえ。


 そしてやっぱり、スカイラー様の方も、何を話していいのか躊躇(ためら)っているような雰囲気があった。

 しかし、やがて「あっ」と思い出したように私に近づき、抱いていたリリーをゆっくりと私の腕の中に移してくれた。

「リリーというんですね、この子。私は今回この子にあなたとの仲を取り持ってもらったような奇跡を感じたんですけど……」


 私は一瞬『取り持って』という言葉にドキっとしかけたが、スカイラー様の『感じたん()()()()……』という尻すぼみ感と逆接っぽい感じに、(われ)に返った。


 私はリリーの後頭部に自分の頬をこすり付けた。柔らかいふにゃふにゃの、そしてほんのり温かい感触。愛しい、私の小さなリリー。

 私は落ち着きを取り戻したと思う。私は自嘲気味の笑顔を作った。

「リリーが戻って本当に良かったです。実は、リリーを保護してくださったというのがあなたで、正直どうしようかと思いましたのよ。でもねえ、まさか元夫がついてくるなんて、何も悩む必要はありませんでしたわ。本当迷惑な話でごめんなさいね」


 するとスカイラー様が目を鋭くした。

「迷惑……本当にあの男の存在自体が迷惑そのものです。でもあの男はそのことに少しも自覚がないのだから、全く腹立たしいんですよ」


 私は苦笑した。

「激しく同意!」


 スカイラー様は私のその言葉に少しほっとした顔をした。

「じゃあ、マクギャリティ侯爵(※元夫)のことはなかったことにして少し話をさせてもらおうかな」


「話?」

 私はぎくっとして少し身構えた。


 しかしスカイラー様はゆるやかに微笑んだ。

「猫にかこつけて僕が話そうと思っているのはね、あなたと再会して嬉しいということなんだ。ディアンナ、僕はずっとあなたを忘れられなかった。あなたがマクギャリティ侯爵と結婚してしまったときは打ちひしがれたよ。しかも侯爵ときたらあなたを(ないがし)ろにして堂々と浮気するもんだから。そんなにディアンナがいらないのなら僕にくれよと思っていた。浮気されていたあなたの気持ちを考えると胸が痛んで、どうにか救ってやれないものかと思っていた。だから、あの男が浮気相手と結婚すると言ってあなたと離婚した時はほっとしたし、もしかしたら自分にもチャンスが巡って来るんじゃないかと淡く期待した」


 私はスカイラー様の告白に目を見張った。思いがけない言葉に全身が固まってしまった。


 スカイラー様は続けた。

「あなたが離婚したと聞いて、すぐにあなたに連絡を取ろうかと思ったんだ。気晴らしにお茶でもどうですかとか、遠出してみませんか、とか。でも、あなたが実際どれくらい離婚に傷ついているか分からなくて。もし元夫を心の底から愛していてまだ立ち直れていなかったらとか、放っておいてほしいと願っているんじゃないか、とかね。僕はだいぶ弱気になっていました。直接あなたに聞いてしまうのが早いけど、やっぱりそんな直球に聞けるものでもない。じゃあと思ってあなたのことを人伝(ひとづて)に聞きまわってみましたが、あなたはあまり外にも出ている様子はなく、お手上げでした。臆病な私はずっと二の足を踏んでいたわけです。でも今回こうして猫が迷い込んできてね、なんと首輪にはあなたの紋章! 神様のプレゼントかと思った。あなたに堂々と連絡できる口実!」


「……」

 私はもう頭が真っ白で、口をパクパクさせるだけだった。


 スカイラー様がそんな私に照れ臭そうにウインクした。

「離婚したんだから、マクギャリティ侯爵のことはもういいんじゃない? なかったことにしてさ、結婚前のあの関係の続きをもう一度始めてみませんか」


 私は信じられなくて一歩後ずさりした。

「あの……本当に私でいいの? だって、私――」


 スカイラー様が一歩前にずいっと踏み出す。

「あなたに落ち度があったとは思わない。全部マクギャリティ侯爵の方に問題があったと思う」


「えっと……」

 私がまだ困惑していると、腕の中のリリーがタイミングよく「ニャーゴ」と鳴いた。


 私はハッとしてリリーに目をやる。

 そうすると、リリーは「いい加減にしろよ」とうんざりしてそうな目で私を見上げ、思惑ありそうにスカイラー様の方に首を(かたむ)けたのだ。


「えっ」

 私は驚いた。何なの、この仕草(しぐさ)。何か言いたいことでもあるような。

 でも、猫だし……。


 するとリリーがもう一度「ニャーゴ」と鳴いた。何かを(うなが)すような、さっきより短くて大きな声だった。


「何のおしゃべりかな」

 スカイラー様は特別違和感を感じている様子もなく、無邪気そうに目を細めて笑っている。


 でも私はスカイラー様よりもう少し本気でリリーが『おしゃべり』していると感じていたので、じっとリリーを見つめた。何か言おうとしてるの?

 するとリリーはぷいっと顔を(そむ)けた。

「もう、なんなのよ、猫って本当にきまぐれね」

 私がそう言って(あき)れたとき、スカイラー様が言った。

「猫も後押ししてくれてるんじゃないか。あ、僕がそう望んでるんだけど」


 私はドキッとして、そして照れ隠しのようにもう一度リリーの方を覗き込み、

「そうなの?」

と聞いた。


 リリーはなんと、もう一度タイミングよく「ニャーゴ」と鳴いた!


 スカイラー様は笑った。

「ほら。『その通り』だってさ」


 何、何よ、このやりとり? いろいろと都合が良すぎるでしょ!


 しかし私は急にほっとした気持ちになった。

 リリーったら……。

 私はリリーの後頭部をじっと見つめる。

 スカイラー様もあなたのことは半分冗談で言っているんだろうけど、もう私もリリーのせいにして、この流れに乗っかるわよ?


 私は顔が火照(ほて)っているのに今頃気付きながら、

「リリーには感謝しなくちゃいけないわ。あなたが今までのこと全部を受け入れてくれると言うのなら、私には断る理由がないもの……」

と控えめに言った。


 スカイラー様の顔がぱっと明るくなった。

「よかった! 僕も猫に感謝だな。そうだ、きっと僕の(やしき)に迷い込んだのだって、この猫の(たくら)みに違にないよ。最初っから僕らの仲を取り持ってくれる気だったんだ!」


 私はまたまた冗談を……と思いながらも、つられて笑った。


 それから、ハッとした。

 (たくら)み――。

 ……もしかして?


 私は急に不気味なものを感じた。あれもこれも、裏で糸が引かれているような――。

「スカイラー様、(たくら)みって言いました? ――昨晩はこの子ったら元夫の浮気相手のところにいましたのよ」


「えっ、それはどういう……」

 スカイラー様は怪訝(けげん)そうな顔をした。


 私はマリネットさんの事故の話をした。そして、

「事故は事故ですわ。でもリリーのせいと言えばリリーのせいなんです」

と付け加えた。


 スカイラー様はマリネットさんの事故の話に驚いていた。

「そんな事があったなんてね! でも、まさか、この猫がそんなことを狙ってやったとは思えないけれど」

「ええ。でも結果的に浮気相手は事故に遭い、そして今日私はあなたに会えたのですわ。そして今も、リリーがタイミングよく鳴いて……」

 私は奇妙な偶然が重なっていることを気味悪く思った。


「もしかして、本当に何か(たくら)んでる?」

 私はリリーの顔を指でつまんでこっちを向かせ目を覗き込んだ。

 リリーは顔にかけられた指が鬱陶(うっとう)しくて、口を開けて鋭い歯を見せつけ目を細めて身を(よじ)った。

「もうこんなときは普通の猫のフリ? それとも本当にただの猫?」

 私はリリーの猫っぽい仕草(しぐさ)に思わず笑ってしまって、そっとリリーの(ひたい)を撫でる。


 その様子を見ていたスカイラー様だったが、ふと思いついたように口を開いた。

「ところでこの猫が次に誰かをターゲットにすることはありえるかな?」


 私ははっとした。

「ターゲットというと」

「この猫がマリネット嬢のところへ行ったのがわざとなんだとしたら、例えば君の元夫の他の浮気相手とかにもさ、何かしないかと思って」

「他の浮気相手と言うと、アンナリース嬢……」

「いや、名前まで言わなくていいよ、ディアンナ。不愉快だろうから。あんなにマクギャリティ侯爵が堂々(どうどう)と浮気してちゃ皆も知っていることだしね」

 私は不名誉な話に首を(すく)めた。


 それから私は真面目な顔をして、スカイラー様を見た。

(たくら)みだなんて、冗談ですわ。本当のところはそんなことはないと思うのよ。リリーはただの猫だし。今回のことはいろいろ偶然が重なっただけで」


 スカイラー様も(うなず)いた。

「そりゃそうだと思うんだけどね」


 そして私たち二人は黙ってしまった。何だか変な空気が流れて、それから私たちは顔を見合わせた。

「リリーを外に出さない方がいいかもしれないわ」

「そうだね、ちょっと気を付けた方がいいかもね。まあ猫相手に何を考えすぎてるんだと思うけどね」

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