4.浮気相手の自殺未遂!?
とりあえず、私と元夫はマリネットさんの実家の男爵家へと急いだ。
元夫の浮気相手のマリネットさん。男爵家のご令嬢。自殺未遂だなんて、さぞかし大騒ぎになっているはずだった。
元夫の邸を追い出されたというが、一応元夫との結婚の約束はまだそのままなはず。
婚約している元夫はともかく、元嫁の私がついて行くのはなんか変だなと思ったけれど、先ほどのリリーがマリネットさんに誘拐されたという話が否定できない以上、私もついていくことにしたのだった。
案の定、男爵家の方々は私の顔を見て大変嫌そうな顔をした。
ええ、分かりますよ、この状況。私だってバカじゃありませんからね。
元夫が私とよりを戻したせいで、娘は婚約者(※元夫のこと)の邸を追い出され、それを苦に自殺を図ったと思っているのでしょう?
大誤解だけど!
これは……、今後、良くない噂が王宮中を駆け巡る気がする。
元夫も事があまりにも大きくなり過ぎたと思っているようだった。
婚約をしているのに自分が邸を追い出し、その上婚約者が自殺未遂をしたというのだから、自分が世間的に悪者なのは間違いない。
元夫は血の気のなくなった顔をしている。
私たちは応接室に通されたが、マリネットさんのご両親が不審そうな顔で私に「あなたはなぜいらっしゃったのですか」と聞いてくるので、私は大変申し訳なさそうな顔でお辞儀するしかなかった。
「あの、もしかしたら誤解されているかもと思って申し上げますが、私は元夫とよりなんて戻しておりません。ただ、私がこうしてこちらに伺ったのは、私の飼い猫をマリネットさんが拾ってくださったかもしれないということをちょうど元夫から聞いたところでしたので」
(私は少し言葉を和らげて言った。だって、まさか「マリネットさんが盗んだかも」なんて言えないし。)
すると、ちょうどそのときお茶を出しに来ていた侍女の一人がビクッとなり、お盆が揺れて茶器がカチャカチャっと鳴った。
私が不審に思って侍女を見上げると、侍女は顔面蒼白になっている。
「どうかなさいましたか?」
この侍女何か知っているなとピンと来たけど、私は努めて平静を装いながら柔らかく聞いた。
マリネットさんのご両親も何かを察したらしい。
「どうしたのだね」
と少しきつい口調で侍女に問いかけた。
侍女はここまで来ては逃げられないと観念したのか、それとも本当は言ってしまいたかったのか、震える声で話し始めた。
「マリネット様は猫を追っていらしったのです」
「猫!」
「猫!!」
私と元夫は同時に叫んだ。リリーちゃんのことだと思ったからだ。
「猫?」
「猫ですって?」
マリネットさんのご両親は突然のワードに意味不明とばかりに聞き返した。
侍女は縮こまりながら続ける、
「はい、白いふわふわの猫でございました。『迷いネコよ』とマリネット様は仰って抱っこしておられました。が、やってやった感が出ていましたので、もしかしたら迷いネコではなかったのかもしれません」
リリーだわ、と私は思った。やっぱりマリネットさんが犯人だったのね!
しかしマリネットさんのご両親は「迷いネコ? 可哀そうに。あの子は優しいところがあるから保護してあげたのね」なんて言っている。
私はイラっとした。
しかしまだ侍女は後ろ暗い顔をしている。まだまだ事情がありそうだった。
「それで? 迷いネコはどちらにいらっしゃるの」
私は刺激しないように優しく尋ねた。柔らかい態度で接してすべてを白状させねば。
侍女は「はい」と小さな声で答えた。
「マリネット様は私に猫の面倒を見るように言いつけたのです。しかし急に猫を押し付けられて私はどうしたらよいのか戸惑いました。猫はほとんど触った事がありませんでしたので。それで先輩に聞こうと席を外したところ猫が逃げ出したのでございます」
侍女は一旦言葉を切った。
しかし沈鬱な表情は消えない。
マリネットさんのご両親は困惑の顔をした。
「逃げた猫がいったいどうしたというのだね」
「迷い猫が逃げたくらいで何だと言うの?」
「マリネット様は私を詰りました。猫がここにいることが大事なのよって。私には意味が分かりませんでしたが……。でも、猫を逃がした私を罰してやるってすごい剣幕でしたので私は泣いてしまったのです」
侍女は申し訳なさそうな顔をした。
「?」
マリネットさんのご両親はますます理解ができない顔をしている。
「猫はマリネットにとって一体何だったのだね?」
「分かりません」
侍女はまた泣きそうになった。
「でも『探しなさいよ、猫が見つからなかったら首にしてやる』って。『猫がいなきゃあの人は還ってこない、死んでやる』って。そして『お前のせいだからね』って何度も何度も……。あまりの剣幕で足がすくんでいましたら、『愚図ね、私も探しに行くわ』と仰ってマリネット様はお部屋を飛び出して……私も慌てて追いかけたのですが……そしてエントランスの外の足場に猫を見つけて……捕まえようとした弾みに……」
「落ちたというわけだな。あそこはかなり段差がある……」
とマリネットさんの御父上が後を続けた。
「自殺ではなかった。事故かい」
「はい」
侍女は小さく肯いた。
「なぜもっと早く言わないのだね」
マリネットさんの御父上は呆れた顔で言った。
「事故なんて隠すことでは」
「怒られると思ったので」
侍女は半泣きだ。
「猫を逃がした私のせいだと」
マリネットさんのご両親は柔らかく首を振った。
「残念ながら、今の話が全てなんだったら、マリネットのことは事故にしか聞こえない。そんなに猫に執着する理由はよく分からないが」
私と元夫はぎくっとした。
が、私は一先ず事故だったことにほっとして、それから尋ねた。
「先ほども言った通り、私は飼い猫を探しているのですわ。マリネットさんが拾ってくださったのね。でも捕まえられなかったってことね? それでその猫はその後どこに行ったのかしら」
「分かりませんわ」
侍女は首を振った。
「マリネット様が猫に飛び掛かって、猫がひらりと避けて、そのままマリネット様の悲鳴が聞こえて。もうそこから私はマリネット様のことで頭がいっぱいになりましたので」
「そうね。まあそれはそうだと思うわ」
私は少しがっかりしながら、しかしまあ、身軽に逃げた猫よりマリネットさんの怪我の方が重要というのは否定できないので頷いた。
「兎にも角にも、うちの猫がご迷惑をおかけしたのは本当のようですから、うちからもお見舞いをさせていただきたいですわ。でも、けっして元夫とはよりを戻したなんてことはございませんから誤解なさらないでくださいね。本当に飼い猫を探しに来ただけなのです。こんな不幸な結果になって残念ですわ」
私は形式上丁寧に言った。
そりゃあ本当は「マリネットさんが猫を盗んだからこうなったのよ」と言ってやりたかったがそこはオトナぶって我慢した。
あ、盗ったのは猫だけじゃありませんでしたね。
元夫は私の隣で青い顔をしている。
私は蹴り飛ばしたくなった。
もう、本当に、なんて女に引っかかっているの、この男は!
私の視線やマリネットさんのご両親の視線を感じてか、元夫は居心地悪そうに、しかし何か言わなければならないように、
「と、とにかく、自殺ではないようで良かった」
と辛うじて言った。
「いや、マリネットさんをふったからこうなったんですよね」と私は心の中で思った。
マリネットさんのご両親も近いものを感じたらしい。
そもそも婚約しておいて追い出したから自殺したんだと思っただろうし。
真相が分かった今となったって、婚約しといて追い出した娘の相手を一体どんな顔でご両親は対面したらよかったのだろう?
「それで、元奥様とよりを戻したのではないとしたら、うちの娘がお邸を追い出されたというのはどこが悪かったんですかね? いやあ、あんなに意気揚々と『婚約段階でも一緒に暮らすのだ!』と息巻いていたあなた方でしたから……」
急にマリネットさんのご両親が娘の出戻りについて言及し出した。
元夫は後ろめたそうな顔をした。
相当耳が痛いに違いない。ま、怒られて当然。まさか「猫が……」とは言えまい。
私は知らんぷりして、「では私には関係ないお話ですから、私はこれでお暇します」
と席を立った。
リリーを探さないといけませんしね。





