二人旅2
注意深く獣道を辿りながら、ザイードはぽつりぽつりと自分の調査のことを語り始める。
「『青白い者達』は、以前からフォレス大陸でも悩みの種だった。ダークエルフがほとんどとはいえ、エルフからも時折『青白い者達』は出た。それでも、エリピア大陸に比べればフォレス大陸での『青白い者達』の数は微々たるものだが」
「でもフォレス大陸の方が、エリピア大陸よりも先に核心に迫ったわけだ」
「エリピアにはいくつも国があり、国同士で争っている。調査が進まないのも当然だ」
明らかな侮蔑の色を浮かべた目で、ザイードは道を追う。
「フォレス大陸には国がない。国という概念がない。皆がフォレスの民だ。調査が進み、そして僕のところに話が持ってこられた。『青白い者達』からいくつか、シャンバラ以外のものを崇めている形跡が見つかったからだ。調査をしていたメンバーは、それがシャンバラ以外の邪悪な神が関係している証拠だと考え、シャンバラ以外の神を研究している僕が調査を引き継いだ」
「それで、ハーサイト・イか?」
「身元が分からないケースも多かったが、それでも『青白い者達』の身元を洗ってみたところ、どうも多くが貧しかったり、何らかの意味で苦境に陥っていたということが分かった。そうして、ようやく廃れ神に辿り着いた。古い昔、弱さを司る神がいて、忌み嫌われていた。そんな一節を資料から見つけたことでね」
「なあ、よく分からないんだけど」
ずっと疑問に思っていたことをマサヨシは聞く。
「ハーサイト・イっていうのは弱者の神なんだろ? いつの世も弱者はいる。どうして、それが廃れ神になるんだ?」
「やつは弱者の味方の神じゃあない。弱さを司る神なんだ。つまり、ハーサイト・イを崇めても向こうから貰えるのは、弱さのみだ。何もいいことがない」
「そりゃあ、誰も崇めないね」
「そう。だけど、おそらくハーサイト・イは信徒を集める方法を見つけた」
「それは?」
目が合う。青い目。
「弱い人間。もうこれ以上弱くなってもどうでもいいと人生を投げている人間を信徒にするんだよ。そして、信仰と引き換えにそいつらに破滅を撒き散らす手伝いをさせる。諦めた人間は、最後に周りを巻き込んで破滅するのが大好きだからね」
「それが『青白い者達』だと?」
「そうじゃないかと、僕は思って……」
足と言葉が止まる。
獣道の先、森の中が突然開けている。そこにあるのは、整然と並んだ、同じ種類のものと思われる植物。
「これは、畑、か?」
口に出してから、マサヨシは自分の顎を撫でる。
そう、畑だ。だが、森の中に突然あるということは。
「隠し畑だ。ええと、ここは領地としては」
頭の中で地図を広げる。
ここは、確か新たにトリョラ区になった村、トラッキの近くになるはずだ。
「この植物、何か分かるかい?」
屈んだザイードが特徴的なぎざぎざの葉を触る。
「いや」
「僕はよく知っている。これは、チャモドキだ」
「チャモドキ?」
言われても、全く知識がない。
「ああ。フォレス大陸のお茶と少し似ているからそう呼ばれている。だが、実際はこのチャモドキでお茶を煎じて飲むと気分が悪くなって軽い幻覚症状に襲われる」
「何だか、話がいやーな方向に進みつつあるね」
「そして、このチャモドキを精製すると、真っ白い粉の薬になる。シュガーと呼ばれる幻覚剤さ。中毒性が高い」
「ははん」
つまり、麻薬だ。
「違法?」
「サネスド大陸……エリピアでは暗黒大陸と呼ばれる大陸以外では、完全にどこであろうと禁止されているはず。どこの国でも、栽培した者には極刑が科される。とは言うものの、今もどこかで作られているさ。きっと、トリョラでもそれなりに流通しているはずだ。シュガーは一度使えば抜け出せないし、儲かる。一投資すれば千五百戻ってくるって話もあるくらいだ」
「それは魅力的だな」
言いながら、腰の剣に手をかける。
「気付いたか?」
マサヨシは姿勢をゆっくりと低くする。
「ああ、下がっておいてくれ。僕の魔術で何とかなる」
ザイードの言葉が終わらないうちに、近くの木々から突如として人影がふたつ、ザイードとマサヨシにそれぞれ襲い掛かる。
粗末な服を着た、痩せた男二人。どちらも熊手を手にしている。
目に殺意を滾らせて、向かってくるその男に、
「現地民め。死ぬなよ」
ザイードが呟いた途端、男は二人とも凄まじい勢いで転ぶ。
「ぐぅ」
「がっ」
単につまずいたのではない。男は二人とも、驚愕の顔で自分の足を触っている。男達の足は、白く染まっている。
みしみしと音がして、やがて男達は全身が同様に白く染まっていく。
いや、違う。
マサヨシは目を細める。
霜だ。
軋む音と共に、男達の全身が真っ白い霜に覆われている。
「ううう」
がちがちと男達が葉を鳴らす。寒いのだろう。もう、全身を痙攣させている。
「おい、このままじゃあ死ぬって」
「ああ、僕だって殺す気はない。話してもらわないとな。ただ、戦闘不能で殺さないという、この調整が中々難しい」
まるで難しがっている顔を見せず、無表情なザイードがそう言うとさっきまで聞こえていた軋む音が徐々におさまっていく。
「さて、尋問とやらはエルフは得意ではない。そういう野蛮なのは、エリピアの人間の大得意だろう?」
「人聞きが悪い」
ぼやいたマサヨシの目が、ふと隠し畑の奥を向く。
「ああ、この二人を尋問する必要はなさそうだ」
「ほう」
ザイードも目を向けると、それを見つけて目を細める。
畑の奥から呆然とマサヨシたちを見ているのは、倒れている男達と同じような粗末な服を着た老人だ。
「スヴァンだ」
マサヨシは呟く。
「知り合いか?」
「ああ、一度、顔を合わせたことがある」
ため息。とてつもなく、面倒なことになりつつある。
マサヨシは頭を抱えたくなる。
「トラッキの村長だ」
まずい、これは、まずい。下手をすれば責任問題になる。そして、自分に責任を被せたい人間は何人もいる。
「マサヨシ、提案だが、村長と話をしよう。それから君の信頼のおける少数の兵士を連れて来るべきだ」
「どういうつもりでその提案なのかは分からないけど」
マサヨシは震えるスヴァンを眺めてから、空に目をやる。
「賛成だ。これは、ひょっとしたら、虎の尾を踏んだのかもしれない」




