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穏やかな不穏 後編

「さあさあ、行くっすよ、おれっちたちの秘密基地に行くっす! 今日これから非番っすよね? だから大丈夫なはずっす! わかってるんすよー、えっへへー!」


 食事が終わるのをうずうずと待ちきれない様子で横で見届けてから、短命種はティアの腕を引っ張って促してくる。

 他の黄薔薇騎士たちは、ニコが入ってくるのを見ると適当に挨拶をかけて散会していく。馴染みの短命種に対して皆笑顔を向けているが、その後どこかそそくさとした様子で行ってしまうなんて前の黄薔薇だったらあり得ない光景だ。

 ニコは特にこの気まずい雰囲気について言及したり反応したりすることはなかった。いや、少しだけ、翻るレモン色のマントの群れをどこか寂しそうな眼差しを向けていた気もするが、錯覚だったのかもしれない。

 ティアが瞬きしてもう一度よく見ようかと思っていると、くるっと勢いよく向き直り、ぴょんぴょん跳びながらいつも通りうるさく喋り始める。


「いやー、もう最近騎士の皆様と全然会えなくて。探すのちょっと苦労したっすよ。しかも秘密部屋にも全然シーグフリードさん来てくれないんすもん。やっぱお仕事忙しいっすか? うんうん、そりゃーそうっす。だってシーグフリードさんは大活躍でしたし、さぞかしひっぱりだこなんでしょう? いっぱい勲章とかもらったっすか?」


 催促されるまま一緒に歩くティアは最初、相手の明るい表情とよく動く口の辺りをじっと見ているだけだったが、ぽつっと零した。


「お前こそ、俺に会いに来て大丈夫なのか」

「だからそれで全然――えっ? あの、今なんておっしゃったっすか?」

「仲間とか。嫌がるんじゃないか、って言ってる」


 ニコは指摘されたことによほど驚いたらしく、目も口もぺっかりあんぐり、大きく間抜けに開いて立ち止まった。ティアも合わせて足を止める。


「少なくとも、騎士団ではもめ事を避けるために、ここ最近――例の事件以来、あまり他部署の連中と仕事以外で関わらないようにしている。トラブルの報告がそれなりにあったからな」


 遠くでは誰かが忙しそうに走る音が聞こえ、廊下にはちらほらとたまに出歩く人々の姿が見える。それでも全体的に、やはり前よりも城内はとても静かだった。うるさいぐらいのニコが黙り込むと、一気に静寂の存在感が増す。


「あー、うーんと……シーグフリードさんがそういうこと言う日が来るとは夢にも思ってなかったんで、おれっちすごくビックリしてるっす。んー……」


 何度も瞬きしてから、ニコはようやく我に返ったように焦点を戻すが、その後の挙動もあわあわとどこか不審で忙しない。


「というか俺はむしろ、お前自身も会いに来たがってないんだと思っていたぐらいだ」

「はあ!? そんなことはないっすよ、断じて! おれっちむしろ行きたい行きたいって言って、でもやめとけって……」


 ニコは手足をばたつかせ、大げさなぐらいのジェスチャーをして一生懸命フォローしようとしているらしいが、徐々に勢いは小さくなっていき、口ごもって結局項垂れる。

 ティアはどこか誘われるように視線を落とし、ニコの手首に前は見かけなかった白い布が巻かれているのを発見した。


「それ、喪の色だ」


 指摘されるとニコはぱぱっと手首をもう片方の手で咄嗟に隠して顔を上げ、そのまま自分の動きに呆然としたように立ち尽くしてしまう。ティアもそれ以上は言葉を発しないし、何とも言えない沈黙が落ちる。


 少しして、あちらからやってきた文官が、廊下で立ち止まる騎士と短命種に訝しげな視線をよこしてきたせいだろうか。立っていたままではよくないと感じたのだろう、ニコは明らかにしょんぼりしたまま、より人気のない通路の方に歩き出す。ティアもゆっくり後ろをついていくと、そのうちか細い声が聞こえた。


「最初の犠牲者の中に、その。……知り合いが、いて」


 聞こえてきた内容にティアが感じたのは、「ああ」と息を吐いた時のようなものだった。それは当たってほしくない事柄が当たったことによる落胆や悲嘆というよりも、「やっぱりそうだったのか」という単純な感想に近い。彼は驚く程無感動な自分を自覚していた。

 ニコはそんな背後の竜の様子には特に気が付く様子もなく、ぽそぽそと歩きながら喋る。


「まあそんな、すっごく親しいってほどじゃないんすけど、顔見知りというか? 名前と顔は知ってるし、たまにだったらプライベートとかでも話したりとか、あって」


 ティアは自分にとっての子羊たちのようなものだろうか、と考える。その中でも特に、日ごろあまりティアに関わってこない部類。顔と名前は知っているし、話をしようと思えばする。ただ、好き好んでつるんでいるわけではない。そんな仲の、知り合い。


 それでも急にいなくなったら、寂しいぐらいは感じるのだろうか。


 視線をなんとなくふらつかせていたところから、前を歩く短命種の後頭部に移す。どうやら鼻をすすっているような、そんな音が言葉の間に聞こえてくるようになっていた。


「お葬式、なんていうか、その……あの時はゴタゴタして、あんまりちゃんとしてあげられなかったっす。遺体も……あんな風で。だからこう、おれっちたちでささやかなものではあるっすけど、やり直しをしていた、というか……」

「俺も行った方がいいか」

「――えっ?」

「墓参りとか」

「えっ、でも、なんで――」


 唐突にティアが上げた言葉に、ニコは間抜けな声を上げて振り返る。


「それとも行かない方がいいか」


 口下手気味である黒龍はそれ以上言葉を連ねようとしない。ニコはぐるぐると目を回していたが、今度は比較的素早く相手の言わんとしていることを察したのだろう。ぐっと唇を引き結び、顔を一瞬だけ歪ませてから、きりりと澄ませる。片手を額、鼻に軽く触れさせてから胸の前あたりで手を交差させ、両膝を地面につく。これは確か、目上の相手に対する礼の仕方の一つだった。


「尊きお方、我らより多くを知り、長くを生きる方に同朋の事、ご配慮いただき感謝するっす。けど、そのお気持ちだけで十分っす。これは、短命種の一部が騎士様に反感を持っているって事とは無関係で――いや、嘘っす。関係もあるっす、関係していないとは確かに言えないっす。でもそれだけじゃないというか、その――」


 ニコは考え考え、ゆっくりと喋っている。

 ティアは黙って聞いていた。幸い、今いる廊下は他の足音も話声も聞こえてこない。彼らを邪魔するような者も、彼らが邪魔になってしまうようなこともなさそうだ。


「おれっちは、短命種は――親父もそう言ってたけど、あなたがたに少しでもお心を向けていただけるだけで、本当にありがたいことだし、嬉しいんすよ。おれっちたちとあなたたちは、姿はそこそこ似ているかもしれない――でも、あまりにも何もかもが――違うっす、違いすぎるっす! わかっているんす。あなたたちの多くにとって、おれっちたちがどれほど無価値か。貴族の皆様たちに何て言われているか。あの方たちは自分たちに被害が出たから大騒ぎしてるっすけど、もし今回の事件の犠牲者が短命種だけだったら、何も言わなかったっす……」

「ニコ」

「でも、それはしょうがないことっす! だって実際おれっちたち、貧弱っす、弱っちいっす! おれっちたちだってもし、おれっちたちと同じ姿だけど10年も生きられないような生命体と出会ったら――たぶんそんな目で見るんす。だから、そう思われていることは、仕方なくて」

「ニコ、大丈夫か」

「ああくそっ、違うのに。言いたいことがうまく言えないっす。だからっすね、つまりおれっちが言いたいのは――シーグフリードさんが、子羊の皆さんが、おれっちを気遣ってくれる。それだけで、おれっち本当に幸せなんす、嘘じゃないんす! だから、だから――」


 ティアは膝をついたままのニコに近づき、懐を漁って適当に布きれを取り出すと顔に押し付けた。今やすっかり涙も鼻水も出してまくしたてているニコは、受け取ったタオルでぐしぐしと擦り、真っ赤にしたままそれでも言葉を続けようとする。


「だって! シーグフリードさんはおれっちを守ってくれたっす、あの時ちゃんと守ってくれたっす! おれっち信じてたっす! 悪い奴なんか、絶対やっつけてくれるって、すぐ何とかしてくれるって――実際、そうしてくれて――」

「ニコ、もういい。わかった」

「おれっち悔しいっす――騎士の皆様たち、ちゃんとやってくれてるっす。一番疲れてるっす。わかってるっす! でも、皆に責められるとうまく反論できないっす、止められると会いに行けなくなるぐらいの意気地なしっす。おれっち、自分が情けなくて悔しいっす。なんで、なんで――」

「ニコ?」

「なんであいつ、死んじゃったんすかぁっ……!」


 わあわあと泣き出すニコを前に、ティアは途方に暮れている。基本的にコミュニケーションがド下手くそな男だ。こういう時どうしたら気が利いているかなんてわかるはずもない。


 ただ、経験則として、こういった発作的に噴き出す感情はそう長続きしない。特によくくるくると表情を変えるニコだ。放っておけばそのうち勝手に冷める。そう判断したティアは、下手に何かするよりは、としゃがんでニコの泣き顔を見つめたまま彼が落ち着くのを待つ。




 黒龍は思考する。彼はもし、例えば子羊の誰かが無惨に殺されていたとしても――ニコのように泣きわめいたりはしないだろう。ああ、死んだのか。その程度で終わる。

 それは己の個体としての性質なのか? それとも種族としてそうなのか?

 故郷の家族の事を思いだす。父は可愛がっていた息子の死に対して深く嘆き悲しんでいた気がした。エカトリアはもう少し死に対して冷淡な反応だったと思う。


「死ぬときは死ぬよ。それだけじゃん」


 彼女ならからっとした顔でそう言ってのけそうだ。ティアも似たような意見である。

 ただ、自分にとってそれほどでもない者がどうなろうと、強い感情を抱かないでいるのはある程度当たり前ではないか? 親しい者が死んだらどうだったろう。たとえばエカトリアや――まさに、ニコが今回の事件の犠牲者になっていたとしたら。


(だとしても、俺はきっとこいつほどは悲しまない。もう会えないのか、そうか。やっぱりそのぐらいのあっさりした感情だろう。……でもきっと、リリアナは悲しむ。自分が拾ってきた相手だから、情をかけている相手だから。だから俺も、きっと悲しくなる。でももしかしたら――ひょっとしたら、嬉しくすら、なるのかもしれない。リリアナが気にする相手がまた一人減るってことだから)


 奇妙な確信がティアにはあった。


(俺は結局の所、リリアナ以外はどうでもいいんだ。本当に、どうでもいいと思えてしまうんだ)


 それはやはり、異常な事なのかもしれない。……どうしてこんなことを考えてしまうのだろう? 耳の奥にニコの声が響くのを感じながら、ティアはそっと目を閉じる。瞼の裏に、その答えはあった。


(パパ、わらって。パパ、ななに、えがおをみせて。なな、それだけでいいの。なな、それだけのために、うまれてきた――ななをつかって、パパ! ――パパ?)


 鮮明に、その姿も言葉も、死の充満した香りも、手から滑り落ちていった感触も。全部思い出すことができる。ティアは自分の両掌をそっと見た。彼はそこに、確かの勝利を得たはずだった。


(なのに、この居心地の悪さは……何か足りてないような、それとももう何かが起こってしまって取り返しのつかないような……この感覚は一体、なんなんだろう……?)


 か細い照明は暗い表情の二人の姿を照らし、どこまでも黒く澱んだ影が床に二つ伸びていた。

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