伝言、そして騎士
二人目は獣人だった。
「一人目はだらしなかったな! 俺は違うぞ!」
とりあえずなんだかまた長いことしゃべりながら飛びかかってきたが、数度ぺちぺちされてああこれが攻撃だったのかと気が付いたので一発殴って黙らせた。
三人目もやはり獣人だった。
「今までの二人は前座! 俺は違う!」
とりあえずそこまでしゃべったのを聞き届けてからグーパンした。何度か立ち上がろうと頑張ったので、動かなくなるまで殴って審判に止められた。
彼が対戦相手のあまりの雑魚っぷりに、いったん戻された控室で軽く殺気立っていると、ひょこりと扉から顔をのぞかせるものがいる。
「兄上ー、そんな怒らないでよー」
彼は答えようとして、すぐにふっと目を細める。
「……お前は、誰だ」
「まっさかー、兄上、僕の事忘れちゃったー?」
「エッカは空のにおいがする。お前は花の匂いでごまかした泥のにおいだ」
「匂い? 匂いだって一緒のはずだよ、何言ってるの?」
「……お前みたいなのは、嗅いだことがない。だけど、魔界のどこかに、どんな姿にも自在に変化できる種族がいると聞いたことはある」
――父親が、戦闘訓練の時にそういう話をしていた。
『彼らは相手の好ましい姿に変化して近づき、体液を摂取して生きておる。
相手に幻覚を見せ、その間に己が必要な分だけ確保し、逃げおおせた後に正気に戻すから、そこまで有害ではない。
ただ、中には残酷な幻を見せて発狂に追い込んだり、狙った獲物が干からびるまで吸い尽くすような例もあると聞く。
――だがそれよりもさらに危険なのは、一度体液を吸った相手の情報を解析し、もしくは遭遇した個体の情報を蓄積し、それを彼らの間で互いに共有し合っているということだ。
つまり、一個体に遭遇して、それを難なく倒したところで、次にその死んだ個体のデータを持っている相手が現れる。さらにそれを倒してもまた次が、と言う風に、戦えば戦うほどこちらが不利になる。
まあ大規模な死者を出す戦闘は好まない種だそうだし、明るすぎる場所は好まず闇にひっそりと生きておるらしいがな。出会った時は十分注意しろ。むやみに接触させないようにな』
「その名をナイトメア。甘美な夢で相手を酔わせて従わせ、でなければ悪夢を見せて恐怖を刻み込むと言う」
彼が睨み続けると、エッカの格好をしているそれはきょとんとした顔をした後、はー、と思い切りため息をついた。
「――やっぱり竜って隙がない。わかっちゃうか、俺たちのにおい」
直後、瞼を閉じたエッカの姿が歪み、彼の前に一人の獣人が現れる。再び開けたその眼は見たこともない虹色だった。
「初めまして、黒龍のシーグフリード……ジークフリートって発音したほうが正しいんだっけ?
お察しの通り、俺はナイトメア。個体名はフェイル。けれど名前なんて気まぐれで変わるし、そんなの俺たちにとっては些細なこと――」
彼が本能的に牙をむき出して唸ると、相手はひっと声を上げる。
「ちょ、ちょっと。俺はただ、メッセージを伝えに来た伝言係なんだから。次の対戦相手は今までとは違うから気をつけろって」
彼がぴたりと止まると、獣人は耳をぱたりと伏せて言う。
「御前試合は二人目までは結構、口ばっかりのやつとか、華やかなだけのやつを出して観客を楽しませるんだ。もちろん、そういう風に言われてるやつらが、実力もちゃんとあるんだって示すことができるような場でもあるんだけど。
――とにかく、本番はここから。三人目の相手から、何度か立ち上がってきたでしょ? あんたにとっては全部雑魚だったのかもしれないけど、あの力で殴られても何回か挑みなおせるのはそれだけで格が違うってことだ。
四人目はさらに実戦経験のある本物が出てくる。受け流しも回復も知ってるから、さっきみたいにそうやすやすとサンドバックになんてなってくれないよ。
まあ、あんたの実力に関して心配はしてないけど、妙な考えに取りつかれてたり、疲れてたりしたらいけないから」
そこまで聞いて、彼は不審そうな目で相手を見やる。フェイルと名乗った獣人は肩をすくませた。
「まあ、そりゃあ、なんでお前なんかにそんなこと言われるんだって話だよね。――じゃあ、時間もないし少しだけ。
俺のパパ上がお仕えしているあるヒトはね、あんたが勝ち抜くことを楽しみにしてるよ。――小さな子竜のティア、さん?」
彼が驚きに目を見開くと、その隙に相手はじゃーね! と言い残していなくなってしまった。
一人取り残された彼は、頬が熱くなるのを感じる。
――私の子竜。私の小さな子竜。可愛い子竜。
そう言って笑顔を向けてきた、彼女の事を思い出して。
リリアナの側に控えているヒューズ(もしくはフレイヤ)の耳に、息子の声が響く。
「パパ上!」
「御苦労。ばっちり煽れたか?」
「たぶん――わーん、やっぱり竜は怖いよう! 死んじゃうかと思った!」
「大丈夫だ、お前が死んでも後がいる。――まあでもよくやった。これが終わったらご褒美な」
「わーい」
ヒューズ(フレイヤ)は、横目で主をうかがう。彼女はちょうど飲み物をこぼして取り替えてもらっているところだった。
「さて、どんどん楽しくなってきましたね……」
彼は再び闘技場に戻ってきた。相手である四人目が向かいの入り口から出てきたとき、首筋にざわりと鳥肌が立った。
――この男は違う。会場の歓声がひときわ盛り上がった。
「先ほどまで、見事な戦いぶりでございました、竜の若い方。
いやはや、最近は力不足やら平和ボケやら言われているが面目ない。そのくらい世の中が平和なのだと言う事なのでしょうかな、それならばよろしいのですが」
朗らかに笑う――おそらく獣人混じりの魔人は、浅黒い肌の壮年だった。今までの相手とは違って簡素な鎧に身を包んでいる。彼のものより地味なくらいだ。
「変化なさらないのですか。そのお姿では、さぞかし窮屈でしょう」
しかしその肉体は、修練を積んだ戦士のそれだった。彼は冷静に相手を観察しながら、静かに答える。
「もちろん、その方が俺にとって楽だが、それでは意味がない。俺はこの試合、この姿で勝ち抜く必要がある」
「成程。ま、確かに、黒龍が本来の姿で挑んで来たら、束になってかかっても勝てるかどうか怪しいところですな。それはそれで、どこまで己の腕が通用するか試してみたい気も致しますが……。
誤解を承知で申し上げれば、私も世が世なら竜退治の一団に加わってみたい一人なのですよ。
お気を悪くしないでいただきたい、それほどあなた方は強く気高い孤高の存在。魔人――いや魔界のすべての生き物にとっての永遠の畏怖の対象。
何を隠そうこの私は、あなた様が出場なさると聞いて、方々に是非にとお願い申し上げてここに参ったのですから」
穏やかだが、どことなく熱を帯びた言葉を、彼は聞き流そうとせず、礼儀正しくきちんと聞いていた。
「実は前にも手合わせを、あなた様のお父君に――そう、そうでございますよ。あなた様が未成年の折、お父君が連れてきた戦闘訓練の相手に、私も志願した身なのです。
そのころには、あなたのような方にまだふさわしくない子どもだから、きっと失望してしまうだろう、そのように断られてしまいました。ですがもし、立派な大人に育ったらお見せしましょう、テュフォン殿はそう仰った。
ご成人の知らせをかの方から告げられた私の心中、お察しいただけますでしょうか。かつて若かった私の驕りを打ち砕いたテュフォン殿の自慢の息子と、こうして手合わせできる時がめぐってくるとは――。
いやはや、失礼。どうにも興奮してしゃべりすぎてしまった。見物人も飽いてきたようですな。――では老体のたわごとはこのくらいにして、始めましょう」
相手は背中の剣をすらりと抜刀する。その剣も、シンプルだが身の丈ほどもある大剣だった。それを男は片手で軽々と突きつける。
「青薔薇騎士団団長、ルーファス=コーベットがお相手致す。その腰の飾りを抜くなり、拳でわが身を貫くなり、なんぞ魔法を使うなり、好きになさるとよろしい――いえ、むしろそれこそわが本望!
三人目まではさぞや不足を感じられたことでございましょう。私は今までの若造たちとは、少し違いますぞ」
彼はそれを受けて、この闘技場で初めてきちんと名乗り返した。
「北の国のヒルダの息子、ジークフリート。あなたたちの言葉では、シーグフリード」
「シーグフリード殿か――参る!」




