閑話:試合の前、観客席にて
「ほら、出てきた。あれがそうですよ、リリアナ様」
ヒューズは闘技場の片方に、まるで彷徨うように出てきた男を顎でしゃくって見せ、傍らの主に話しかける。
対する彼女は相変わらず仏頂面を続けようとしているが、その眼が大きく見開かれ、全身が固まっているのを見てヒューズは言葉を投げかける。
「で、どうですか。彼の感想」
「――ちょっと待て。ヒューズ、お前、今も白い外見のまま可愛い顔のままだって言ったじゃないか。侍女連中だって、そんな風に――おいまさか」
「ちょっと情報操作しちゃいました、えへ。いやあ、ほしかったリアクションが頂けて何より。ビックリしました? ビックリしちゃいました、ねえ」
「お前、本当に、いい加減に――」
「おやおや、全然気にしてないから調べなくていい、報告もいらないなんて仰っていたのはどこのどなたでしょうね、スペンサー君」
「……僕に話題を振らないでいただけませんか、ヒューズ殿」
振り返ったヒューズに顔をしかめた魔人の男は、きっちりとしわのない文官服を着こなし、いかにも神経質で生真面目そうな顔立ちである。
「野暮天君、今の私の事はフレイヤ、もしくはミセスバタフライとお呼び下さいまし。
セオドア=ヒューズは別人ですわ――ということに、こちらではなっておりますので。魔人は不便ですね、男か女の一択しか選べないなんて」
ヒューズがここぞとばかりに女性言葉を使いながら腕組みすると、堅物の目が泳ぐ。
何せ今のヒューズ――いや、フレイヤは彼が最も苦手とするところの女性だからだ。
「では、ミセス――ボタンを開けるのは止しなさい。あとその腕組みも」
「侍女すら直視できないとは、さすがはスペンサー、むっつり男」
「あなたそれでも侍女のつもりなんですか!」
「そうだそうだ!」
スペンサーの言葉にリリアナも援護する。
なぜならフレイヤは、本来なら地味で目立たない侍女服を勝手に改造し、ところどころを露出させている――たとえばそのぱふんと揺れる谷間などを。
「侍女コスプレの娼婦にしか見えないから、もっと露出を控えろと言うたびに、さらに過激な格好になるのはどういう了見なんだ。
大体侍女服じゃなかったら露出していいとも、私は一言も言ってないぞ!」
「陛下の前とか公共の場では、露出控えめじゃないですかー。
今だって胸のボタンしか開けてないのに」
「それは殿下の前でちゃんとしていないことを自覚し、なおかつ白状しているのか、ミセスバタフライ」
文官に向かってふう、と不良侍女もどきはため息をつき、とても淑女には見えないえげつない笑顔を一瞬だけ浮かべそうになってから、営業モード、つまりかろうじて侍女に見えないこともない程度に上品な笑顔に戻った。
「ずっとあんな格好してたら性格変わっちゃいます。何せ私どもはアイデンティティが崩れやすい種族特性ですので」
「私は一向に構わないんだが」
「僕も強くお勧めします」
「やだなー、エロくない、汚くない、性格のいい私だなんて、ただの仕事できるだけの嫌味な奴になっちゃうじゃないですか、ねえスペンサー君!」
ぐっ、と魔人は詰まる。
何せリリアナに拾い上げられる前の彼が、仕事仲間たちに嫌われてさんざんいじめられた挙句左遷された理由がまさに、仕事ができるがそれしかできない嫌な奴、だったからである。
それをコテンパンに指摘されて反省しているからこそ、今こうして書類の山から離れ御前試合のリリアナの側に控えたりしているのだ。
「ほらほらそんなことより二人とも、試合が始まっちゃいますよ」
「――別に見るまでもないだろ」
「……ははーん」
そっけなく返事をし、再び仏頂面で頬杖をついている主人にフレイヤ(ヒューズ)はにたりと笑う。
「殿下、大層な自信でございますね」
「――私の拾い物第一号だからな、あれは」
「一度手放しても戻ってくる、ご自慢の?」
リリアナは答えないで下を見ていたが、ふとぎくっとしたようにそっぽを向いた。
フレイヤ(ヒューズ)がそっと窺ってみると、くだんの男がこちらに気が付いたらしく、一心にリリアナを見つめている。
「おー、大層熱っぽい目。焼けそうですねー」
「や、め、ろ」
区切れ区切れのリリアナの言葉は震えている。
「顔が赤いですよ、リリアナ様」
主がむきになって反論し、楽しそうに侍女もどきがそれに応じている間、スペンサーは居心地悪そうに身を縮めてあさっての方向に目をやっていた。




