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出立の場

 リリアナにまんまとうまく丸め込まれたティアが反抗をやめると、その日は日々の仕事をこなしているうちにいつの間にかやってきていた。

 一緒に行く師父や、世話好きの子羊たちがほとんど準備をしてくれるので、すっかり頼りきりのティアは悠々自適にほぼ毎日変わらない生活を謳歌中である。ニコの同行が認められた事が、さらにぐうたら根性を助長させるトドメとなった。


「いや、そりゃね。シーグフリードさんが外行くって聞いて、いいなーおれっちも行きたいっすー! って言ってたっちゃ言ってたっすけど、まさかたった一言つぶやいただけでこんな、あれよあれよと環境を整えていただけるとは、思ってもみなかったっす。普通にからかわれているだけだと思ってたっす」


 ティア達との城下行きが本格的に決定されてから、ニコはその後そんな風に言ってぺこぺこ頭を下げ、恐縮していた。なぜかティアに向かって。やるべき相手が違うのではないかと首をかしげたティアだが、たまたま目の前にいなかったから代わりにされていただけなのかもしれない。


 とは言え、ティアもリリアナやヘイスティングズがニコの同行を認め、積極的に手配も整えてやった事に少し驚いている。何せやたらと対応が素早かったのだ。ヘイスティングズがティアに提案してから決まったときも、ぼんやりしていたらいつの間にか決められていたのだが、言いだしたニコの台詞が当たり前のように子羊たちの中から上へ上へと伝達され、これまた当たり前の様に書類が整えられて返ってきた時間はさらに短かった。長期休暇申請が受理されたとの書面を届けられた時、ニコは最初なんの冗談っすかと笑い、よくよく読んでからようやく正式な告示と知り、しばし完全に魂が抜けて硬直していた。無理もなかったと思う。



 リリアナの方は、


「ニコはほぼ城生まれの城育ちだ。普段真面目に仕事してくれてるのはいいが、せっかくの機会なんだし一度はゆっくり外を見てきていいと思う。城下以外行ったことないだろうからな。まあついでにお前だって、初めて行く場所なんだから気が利く知り合いがいた方がいいだろう?」


 と無難に部下と恋人を考慮した発言をした(なおメッセージは例の石版によって送られてきた。おそるおそる外部へ持ち出して時々連絡を取ってもいいかと尋ねたところ、これも二つ返事でオッケーがもらえたので驚喜しているティアである。ただし、休暇中の石版の保管はニコに一任された)。ティアはそれにしたって違和感を――たとえばまるで、彼女がニコが言い出すのを待っていたような、最初からニコを一緒に連れて行かせることを決めていたような――感覚を覚えた部分もあったのだが、


「別に。一緒にいた方が都合がいいなとは思った」


 と、これまた表現が曖昧で解釈に困る返答をいただいたきり、それ以上の追求は無駄だと悟った。この手のリリアナが少々はぐらかしている言い回しをする話題は、ティアが納得したふりをして折れない限り、半永久的に素朴な質問と無難な回答でループするのだと、そろそろ身体に染みつくレベルで覚えさせられつつある。

 相変わらずリリアナは謎だらけである。一体何をそんなに隠したがっているのやら。が、何をしようとティアのことを思ってくれていることには変わりないし、どうせいつだって自分たちは相思相愛なのだから世界は平和なのだ。今日も安定の洗脳、もといお花畑頭のティアである。



 一方、もう片方の責任者ヘイスティングズにニコが一緒にリリアナのばあやを尋ねに行く件について聞いてみると、


「別に私一人でもなんとかはなるかもしれないが、お前単体よりあいつと一緒にいた方が、お前がきっちりしそうかなと思った。身だしなみとか、スケジュールのこととか、あと周りに対する配慮とかな。というか、二人きりになった私がお前のお守りに心を砕かなければいけない手間と、あいつを連れて行くために払う手間を比べたら、たぶん後者の方が軽いだろう? 私は自分ではできるだけ放任していたいんだ。面倒くさ――その方が弟子の自立心が育つからな」


 と露骨にティアに対する牽制要員、あるいは世話役をつけたかった本音を一切飾ることなく伝えてきた。じっと何かを言いたい目で見れば、大柄の男は肩をすくめて付け足す。


「その代わり、引率する以上何かあったときの責任は私が取らされるんだ。くれぐれも、変なことはするなよ。いや、ちょっとぐらいなら目をつむってやるが、始末書一枚で許される程度にとどめてくれよ」


 後でその辺を半運命共同体となったニコに愚痴ったところ、


「黄薔薇団長さんのそれは、あれっすね。いわゆるフラグって奴っすすね!」


 と爽やかな笑顔で親指を立てておきながら、直後我に返ったようにはっとして青ざめ、


「いや、その、やめるっすよ? 城内もそりゃあ駄目っちゃ駄目っすけど、休日の遠出だからって外で気分がふわついたり、テンション上がっちゃったり、挙げ句の果てに問題なんか絶対起こさないでくださいっすね? 振りとか、そういうのじゃないっすからね! 本当に、何もしないでくださいっすね!」


 と涙目で念押しされた。同行する自分もまた、ティアが何かやらかした場合リリアナに怒られることを思い出したのだろう。


 口々に釘を刺され、お前らは俺のことをトラブルメーカー扱いにでもしたいのか、と少し不満なティアである。

 実際、通り名として名字の上に黄薔薇の破壊神という汚名を冠している軽度のトラブルメーカーであるのだが、本人に自覚がないというのはやっかいな部分である。




 そんなこんなで今日の日を迎えたティアは、ニコやヘイスティングズと並び、城の正門に続く道に立っている。

 今回は休暇なので、着ているものはいつもの制服ではない。七分袖、膝上程までの丈がある少しゆったりした明るい色合いのシャツに使い慣れたベルトを締めて、下はベージュ色で動きやすいサイズのあっているものを、ブーツは日頃からはき慣れた物をそのまま着用している。行く場所にもよるが、基本的に動きやすく歩きやすい装備でいて損なことはないというのが遠く出かける時のルールであると聞く。この上にさらに必要に応じてベストやらスカーフやら旅装外套やら帽子やらを被り、ヘイスティングズの後ろにくっついて移動するらしい。

 ニコも似たような見た目をしているいるが、手袋がない代わりにシャツが手首まであってしっかりとボタンで留められるようになっているなど、よくよく見ると好みらしき差異が見て取れる。


 ちなみに旅装装備なんてティアはほぼ持っていないから、荷物を持っていくための入れ物から着ていく服、旅先生活用品、あると細々役立つ物に至るまですべて、気がついたら勝手に取りそろえられ綺麗に畳んで入れられて、あとは持って行くだけの状態になっていた。本人ティアはほぼ中身を把握していないが、付き人(ニコ)の方がわかっているらしいので、この辺でも完全丸投げ姿勢の駄目竜である。さすがの師匠もこの様子には呆れていた。

 ヘイスティングズの方は基本的には暗色系でそろえられたティアと同じような装備だが、少々着崩している部分や、ぴちぴちの新品がやや目立つティア達に比べて、長年使い込んできたような色合いの小物が多いように見える。あれもこれもと持たされたティアに比べると、すっきりした印象が目立ちがちだった。


「はは、お前以上に周りが一番浮かれているようだな」


 そう笑われてティアは思わず見送りの方に視線をよこしてしまう。あちらの数名がさっと目をそらした。おそらくヘイスティングズのつぶやきが聞こえていて、かつ彼の言っていることに心あたりでもあるのだろう。


 行ってくる方がこぢんまりしているのに比べ、見送りは妙に盛大である。黄薔薇騎士たちと、子羊たちの中でそれぞれ非番の連中が集まってきて、なんだか妙な旗を振ったり大げさにパンパン音を鳴らしたりして手を振っている。

 もっとも城と城下をつなぐ入り口は移動の要所であり、特に今の出入りがある時間帯だと人が多いこともあって賑やかなので、あれはなんだろうと物珍しげに目を向けてくる者はいるが、やめろと文句を言ってくる者はいない。


 自分以上に楽しそうな送り出し面子の顔を生ぬるく見ていたティアだったが、ある一点で目を止める。一瞬ものすごく自然な態度で交じっていたため見逃しかけたが、なぜかその中に目立つ赤色のマントを見つけた。認識すると、さあっとティアの顔が怖くなる。


 黄薔薇の先輩達の中、間違い探しの間違いにつかつか歩み寄っていくと、やっぱりばれたかとでも言うように男達は首を振り、少し距離を取る。胸ぐらをつかみあげられて初めて、相手はティアが自分に向かって不快感を表明していることに気がついたらしい。


「なんで、お前が、ここにいる」


 ティアが短くセンテンスを区切って聞くと、赤薔薇騎士エースことリリエンタールはさも言われたことが心外であるとでも言いたげにむっと表情をゆがませる。


「いたら悪いか」

「悪くは、ない……かもしれない」

「ほら見ろ」

「……が」

「が? なんだ。文句でもあるのか」

「……うざい。と、思う」

「貴様、せっかく来てやったのになんだその言いようは!」

「誰も来いなんて頼んでないだろう、むしろなんで来たんだ、意味がわからない!」


 互いの胸ぐらにがっしりしっかり手をつけ合っている騎士達を囲み、相変わらず今日も無責任なギャラリーがやんややんやとはやし立てている。


 ……なぜだろう、黄薔薇が「俺はジークに賭けるぞ!」「俺もだ!」と言ってるのは普通として、子羊側から「じゃああえて赤薔薇に賭けようか」「たまにはシーグフリード様が負けると面白いと思うのですー、ネタとしてー。証拠写真を皆に送ってやりますー」と不穏な声が聞こえてきた気がした。気のせいだと思いたい。




 が、少しガンを飛ばし合っているうちにどちらからともなく不毛な争いだと気がついたのだろうか、ため息をついて離れ合う。


「その……お前、しばらくいなくなるからな。そうなってもこう、大丈夫だというか……」


 ティアが結局コイツは何をしに来たんだろうと言う目で見ていると、リリエンタールはもごもごとなにやら口ごもりかけてから、失礼にもびしりとヒトの鼻先に指を突きつけてくる。


「つまり、お前の留守は、俺が預かっているから安心しろと言うことだ!」


 たかだかに宣言されてあっけにとられているティアの肩を、いつの間にやら歩み寄ってきていた師父がぽんと叩く。


「わからないなら、ここは素直に応じておけ。握手でもしながらな」


 ぽかんと口を開けてきょろきょろ視線をさまよわせている弟子に、ヘイスティングズは苦笑して助言する。ティアはいぶかしげに顔をしかめたまましぶしぶといった風情ではあるものの、やがて片手を差し出す。


「……任せる?」

「ハッ、ばかげた事を。言われなくても俺はきっちり仕事をする。お前なんかいなくても何も問題はない」

「エドはな。ライバルがいなくなって寂しいが我慢するし一生懸命仕事をするから、お前はしっかり休暇を取ってこいと激励している」

「ヘイスティングズ殿っ!」


 小声でこっそり耳打ちしてくる有翼魔人に、赤薔薇の若い騎士はなにやら顔を赤くしてつめよっている。


 ティアはつかのま驚いたように瞬きしていたが、横でこらえきれずにニコが吹き出した気配を感じるとついつい釣られるようにして顔が緩んだのを感じた。


 出立の場は、朝の明るい日差しと笑い声で満ちていた。


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