手負いの狼は手なずけられる 2
(揺れている。船に乗っているみたい……)
まだ、メルセンヌ伯爵領が平和だったころ、湖にいって小舟に乗った。
それは、父と母にわがままを言って、ようやく乗せてもらったひと夏の冒険の思い出だ。
「――――ふふ」
それに、温かい。
木漏れ日の中、舞い散った白い花が目に浮かぶようだ。
「…………ふ?」
メルシアが目を上げると、守りたいものを抱えて離さない、絶対零度の瞳をした手負いの狼がいた。
いや。人間の姿をしているから、狼とは言えないだろう。
以前なら、きっとその瞳を見れば嫌われているに違いないと思って悲しかったに違いない。
でも、メルシアにとってその瞳は、全てから守ってくれる信頼しかない。
「ランティス……様?」
敵を伺っている野生動物のようだったその瞳が、ゆっくりとメルシアのほうを見て、緑の瞳を映しこむ。
「メルシア……」
グッと抱きしめられた力は、ほんの少し骨が軋んだのではないかという程度に強い。
それでも、決して離さないとでもいうように、その額がメルシアの首筋に埋められる。
「好きだ。好きだから」
「――――ごめんなさい」
迷うことなく取ってしまったマチルダの手。
いつも、メルシアを見守ってくれていた友人の助けを求めるような声を、見過ごすことなんて出来なかった。
でもその結果、ランティスをこんな目に合わせるなんて、メルシアは想像もできていなかった。
「ごめんなさい!」
「――――謝るのは、俺の方」
「え?」
「メルシアは、巻き込まれたんだ。魔法を与える力を持つ、俺の血のせいで」
「……え? むしろ守られ続けているのは、私」
腕まで一緒に抱き込まれて、身動きが取れないメルシア。未だ、その瞳の険しさを抑えられないらしいランティス。
「えと、あの、離して」
「だめ。離したらどこかにいく」
「どこにも行きませんよ?」
まるで、ラティと話しているように聞き分けがないランティス。
メルシアは、その腕の拘束から逃れることはやめて、ランティスの体に擦り寄った。
清潔なシャツに着替えていても、そこからはまだ鉄のような香りがする。
「さ、離してください」
密着したまま告げられた言葉に、ようやくランティスがメルシアを抱きしめていた腕の力をゆるめる。
「……狼になること、認められましたか?」
「俺は」
「もう一度言います。どんなランティス様のことだって、好きですよ」
「……ああ。そうだな、狼は足が速いから」
ふふっと笑ったメルシアは、今度はお返しとばかりにランティスを抱きしめた。
「すぐに、メルシアのそばに行ける」
トンッと、ランティスが狼の姿になった。
メルシアは、低くなったその体に、体をかがめて抱きついた。
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