ムスメとムスコの父子関係 第1話
ティナがレンゲと幻獣王様、アリシスさんのお見舞いに出かけて三十分ほど経った頃、再びデイシュメールの城壁門が開いた。
入って来たのは四人の冒険者たち。
あたしでも見覚えがある。
「やっほー、アーロン、シリウスさん、ジーナさん、ミーナ」
「あれ? ナコナだー」
「来てたのかい?」
「うん、昨日はロフォーラの野菜や果物なんかを届けに来る日だったんだ」
うちの宿を愛用してくれている冒険者一行。
あたしが手を振ると、彼らも振り返して歩み寄ってきてくれた。
歳の近いミーナは「なにしてるの?」と興味深そうに野菜を見下ろす。
今はギャガさんに持たせる野菜の収穫中。
ロフォーラとはまた違った野菜が作られていて、興味深い。
ティナってなんだかんだ、こういう野菜を上手いこと料理するからすごいんだよね。
あたしは父さんに教わった料理以外は、上手く作れる気がしないから新しい料理を試そうとはあんまり思わない。
「野菜の収穫! あんたたちは?」
「あ、そーだ聞いてよぉ〜! マルコスさんがさぁ〜」
「ん? 父さん?」
……泣きついてきたミーナの話によると、アーロンたちは二年前にこのデイシュメールに潜入し『エデサ・クーラ』軍に捕らえられた。
そこを助けたのがレヴィレウス。
まあ、助けたっていうかデイシュメールを落としに来たときたまたまこの四人が捕まってたってだけみたいだけど。
その流れで父さんと再会し、父さんに遠方の魔物をデイシュメールに引き寄せる囮役やら、各国の国内情勢の調査なんかを手伝わされている。
報酬は出してるらしいから、仕事としての依頼っていう方が正しいかな?
父さんが行けば身構える国も冒険者たちの前では気を抜くから、ほろりと本音が見えたりするのよね。
アーロンたちは、その本音集めが仕事。
で?
「人使い荒いのよ!」
「なに言ってんだい。あんたが金にならないならやらない、っていうから、マルコスさんはわざわざ金払って仕事を振ってくれてるんじゃないか!」
「そーだよ。おかげで冒険者として俺たちの名前は結構知られるようになってきたし!」
「でーもーぉ、ほとんど休みないようなものだし、魔物に追いかけられると危ないしぃ〜!」
「シリウスの魔法で隠れられるし、平気じゃん」
「そうそう。文句言うなら置いてくよ!」
「うう〜……」
「つらいならあたしから父さんに仕事減らすよう頼もうか?」
ジーナとアーロンに叱られて、頰を膨らますミーナ。
でもミーナは唇を尖らせつつ、あたしの提案に「大丈夫〜。ちょっと愚痴りたかっただけぇ」と言う。
まあ、大変なのはわかるわ。
いろんな国をあっちこっち行かなきゃいけないんだものね。
それも、魔物の闊歩する今の状況。
シリウスがハーフエルフで、隠遁とかいう特別な魔法を使えなければなかなかにハードだろう。
「とはいえ、魔法が使いにくい現状は変わってませんからね。ミーナが愚痴る気持ちもわかりますよ」
「え? そうなの?」
「ええ。デイシュメール付近でさえ、まだ澱みが強い。聖女のお膝元だというのにね。……人間が思っているよりも、『原始魔力』の澱みは深いのです。なにより……」
「…………」
シリウスが空を見上げる。
太陽の光を遮断する黒い影……『原喰星』。
豆粒のようだったアレがたったの三年であんなに巨大化するなんてね。
今は太陽よりも大きく見える。
でも、アレでもまだ成長中、なんだよね?
気味が悪い……。
「目に見えるこの異常に人間は冷静です。冷静すぎる。亜人大陸はできる対策を探すのに奔走しているというのに」
「できる対策? 例えば?」
「もちろん聖女への祈り。魔物のデイシュメールへの誘導。『意思持つ原始罰』の捜索と討伐。『エデサ・クーラ』攻略の準備などですよ。しかし人間大陸は『エデサ・クーラ』攻略以外のものがどうにもねぇ」
「ああ、国ごとに信仰してる神様がいるからね。……あたしもつい最近まで『ダ・マールの神』を信じてたよ」
『ダ・マール』生まれ『ダ・マール』育ちだもん。
父さんも母さんも『ダ・マールの神』の信仰者だったしね。
でも、ティナや父さんが頑張ってる。
それを阻害するのなら、あたしの中でそれはもう神様じゃない!
幻獣のみんなも人間の神様は、統治の為に捏造された幻想だと言っていた。
そんなものをいつまでも信じるより、目に見えて頑張る家族を信じるのは当然でしょ。
まあ、ベクターみたいに家が聖職者一族、とかだとそう簡単にもいかないんだろうけど。
ベクターの手紙には最近、その苦悩が色濃く滲んでいる。
そういうのを見ると、難しい問題なんだなって再確認するけど……これはその人たち個人の心の問題だ。
あたしにはどうすることもできない。
「あたしらは元から神様なんざ信じてないからいいけど……」
「国に住んでる人って必ずその国の神様を信じてるよなー」
「ね。あんなのなんの恩恵もないのによく信じてられるわよねー! 神様よりお金の方がよっぽど信用が置けるのに!」
「「…………」」
肩を落とすジーナと半笑いのアーロン。
まあ、間違ってはないけどねー?
「あ、ねえ、お金が欲しいならちょっとバイトしてかない?」
「ええ〜、私今マルコスさん人使い荒いって愚痴ったばっかり……」
「そんなこと言っていいのかなぁ? 野菜の収穫を手伝うだけよ? お小遣いと昼食つき!」
「やるわ!」
「チョロすぎだろミーナ……」
「もちろん姉さんとアーロンも!」
「やるけどね。ナコナの手作り飯と聞いたらやらないわけにはいかないし!」
「あーはいはい、あんたならそう言うと思ったけどね、アーロン……」
「じゃ、よろしくね。シリウスさんは別なこと頼みたいんだけど……」
「別なこと?」
ギャガさんに買い取ってもらう野菜は多い方がいい。
なんかここでは食べきれないくらいできてるし。
というわけでせっかく増えた人手は利用しないわけにはいかないわよねー。
でもシリウスさんにはさっきティナが言ってた『自動販売魔法』とかいうやつの開発を手伝ってもらいたい。
不思議そうなシリウスさんに、事情を簡単に話すと眉を寄せられてしまう。
おや?
「嫌なの?」
「いえ……来ているんですか、シィダが」
「え? ああ、うん」
そういえば仲間のドワーフとコボルトたちも、いつの間にかどこかに行っちゃったな〜。
まあ、デイシュメールの中にはいるだろう。
ギャガさんはシィダを掴まえて、例の自動販売魔法ってやつの相談をして……いや、できてればいいけど。
シリウスは目を細める。
……あれ、なんだろ?
「シリウスとシィダは親子だって聞いたけど」
「ええ、まあ。……ですが私はハーフエルフでしてね」
「うん」
それは聞いたことある。
でもそれがなに?
血の繋がった親子なのは間違いないんじゃ……。
「あれの母親はハイエルフでありフォレストリアの皇女。私と結婚したことで皇位継承権を奪われ、シィダに至っては皇位継承権を与えられることすらされなかった。その上、私は旅ばかりしてフォレストリアにはあまり帰りませんしねぇ……」
「要するに気まずいってこと?」
「まあ、ぶっちゃけ?」
あ、そう。
と、切り捨てたくなる事情。
エルフの家族がどんなものなのか知らないけど、シィダって五十歳超えてるんでしょ?
見た目はガキだけど中身は立派なセクハラ親父なんだし、いらぬ心配な気がするなぁ。
「まあ、無理にとは言わないけどさぁ」
「すみませんねぇ」
あ、マジで逃げた。
なにがそんなに気まずいのやら。
「あれ? ねえ、ドレーク! この箱なんだか分かる? 荷台の奥にあったんだけど……」
「うーん? なんだったっけか? 見たところ薬箱だな?」
「開けてみる?」
「そうだな、腐ってても困るし……よいしょ」
とりあえずアーロンたちに野菜の収穫の仕方を教える。
それから、収穫した野菜は木箱に詰めた。
ある程度詰めた木箱はギャガさんのキャラバンのに馬車へ持っていく。
空いたスペースに野菜の木箱を載せていると、馬車の中から膝丈の木箱が降ろされる。
ドレークさんがそれを開くとあたしもつい「あれ」と声を漏らす。
それはティナが以前作った『効果プラス5』の上級治療薬。
「ええ〜!? こんなに残ってんの〜!?」
「あー……使ったことのない薬は買わないって言われて在庫になってたんだった……」
コレって二年くらい前にティナが作ったやつじゃない!
箱の中身はほとんどクッション素材の干草だけど、中に入っている五本の小瓶は『プラス5』とティナ製の物を表すマークが絵の具で書かれたもの。
まさかティナの薬が売れ残ってたとは……。
「もー。それならうちで引き取って……」
ティナの努力の結晶だし、売れないならあたしが持って帰ろう。
そう言おうとしたら、突然高見台からカンカン、という甲高い音が響き出した。
魔物かな?
なら、レヴィレウスが……。
「敵襲! 敵襲! 『エデサ・クーラ』の軍勢が近づいて来るぞー!」
「え!?」
ざわ、と畑にいた全ての人が顔色を変える。
高見台にいた騎士が叫ぶ。
『エデサ・クーラ』の機械人形と機械兵が魔物を引き連れ、接近してくる!
非戦闘員は城の中へ!
な、なんで……。
「っ、リス! ギャガさんたちの護衛なんでしょ! あんたたちはギャガさんたちを城に避難させて!」
「へ、は、はい!」
「アーロンたちも従業員さんたちに避難するように呼びかけよろしく!」
「わ、わかった!」
「あ! レヴィレウス!」
「お前はーー」
慌てる従業員の人たちは、作業道具を持って城の中へと入っていく。
あたふたし始めるギャガさんのキャラバンの人たち、アーロンたち。
あたしはとにかく状況を把握しようと、城壁に近付こうとした。
そこを大きな影が通り過ぎる。
赤い髪と赤い瞳、ぎざぎざの歯。
大きな翼を広げた人型のレヴィレウス。
「なんだまだ帰っていなかったのか」
「ねえ、あれどういうこと!? 『エデサ・クーラ』が襲ってきたの!?」
「の、ようだな。聖女もレンゲ様も留守だ、とりあえず魔物だけは結界に閉じ込めるとしても……」
「あーらン、機械人形や機械兵なんて……」
「妾たちの敵じゃないわん」
「ジリルさん、ミラージェさん!」
ふわりとレヴィレウスの横に浮かんだのは、ドライアドのジリルさんとラミアのミラージェさん。
デイシュメールの護衛二人!
それにレヴィレウスがいれば確かに、あたしが手伝う必要なさそう、かな。
「ん?」
「あらやだ、反対側からも敵襲のお知らせだわン」
正門の反対……裏門の方からもカンカン、という敵襲の合図が響く。
さすがに無策できたわけではないらしい。
魔物は毎日来るけど、『エデサ・クーラ』の軍が攻めてきたのはあたしが知る限り始めて。
幻獣だけで本当に大丈夫かな?
機械人形や機械兵も『エデサ・クーラ』の人間が指示を出して動かすはず。
あ、いや、『エデサ・クーラ』の人間は多分、中身は『意思持つ原始罰』だろうけど……。
それでも力押しだけでなんとかなるかなぁ?
「手分けしましょう。シシオルも来ていたはずだし、レヴィレウス様はシシオルと『エデサ・クーラ』の軍勢を結界に閉じ込めてなのだわん」
「そうだな、そうするか」
「あの、あたしもなんか手伝う!?」
「あらン、人に手伝ってもらうことは特にないわよン」
「そうねん。まあ、でもお城の中でおとなしくしててもらえるかしらん。一応お城に被害が出ないように結界を…………」
「魔物が飛んできたぞー!」
「「「え?」」」
城壁の上を逃げる騎士二名。
レヴィたちが見上げた時、黒い塊がなにかに撃ち抜かれた。
「まさか……」
「城の中へ入れ!」
あたしが目にしたのは、胡椒が入った袋が破けたように黒いものが城壁の側で破裂したもの。
中からドス黒い霧があっという間に広がる。
幻獣たちがあたしをひっぱり、ものすごいスピードで城の中へと連れて行く。
誰か嘘だと言ってよ。
城壁を走っていた騎士が——!
『ギルァアァアァァァ!?』
『ガギャァアアアア……!』
化け物に、変わった。







