十五歳のわたし第3話
お父さんたちの話を黙って聞く。
お茶を飲んでいたギャガさんたちは、顔が青い。
リスさんたち騎士は表情が険しいけれど、ギャガさんたちはただの商人だもの……こんな話普通は聞かないものね。
「ところで、ギャガたちはこれからどうするつもりだったんだ?」
「あちこちで魔物が商人を襲うから、我々だけでも商品を運ばないとと思って、いろんな国と契約したんだもん。『ダ・マール』の依頼でこれから『サイケオーレア』へ薬を運ぶんだもんな」
「治療薬か?」
「いや、紅熱が流行ってるらしいんだもんの。解熱薬と特効薬を急いで運ばねばならんのだもんよ。明日には発つもんね」
「紅熱?」
レンゲくんは首を傾げる。
そうか、幻獣には病気なんて無縁だもの、知らないわよね……。
「顔が真っ赤に腫れちゃう熱病の一種なの。マボ蛇の死骸が腐ったものが原因だと言われているんだけど……土から感染したりするのよ。幸い特効薬が開発されているし、余程重度にならなければ死に至ることはないんだけど、顔の腫れは熱が下がった後も一ヶ月以上引かないから大変なのよ」
「ふぅん……人間って大変だね。その薬だけなら転送してあげようか?」
「え?」
え?
……と、ギャガさんだけでなくリスさんたち騎士も目が点になる。
わたしはつい、その手があった! と手を叩いてしまった。
しかし、よくよく考えると『転送魔法』って幻獣にしか使えない魔法なのよね。
ここ二年ほど、平然とレンゲくんやレヴィ様が使ってるのを見ていて慣れちゃったけど……この魔法はかなり高位の魔法だ。
わたしも転移魔法同様に使い方は教わったけれど、難しくてまだ完璧には使えない。
なにより、使用魔力の量がふざけてる。
上級の薬を連続で五時間くらいぶっ通しで作ってる時並みの……って言ってもわかりづらいか……えーと、とにかくすごい量の魔力を一度に溜めなければならないのよ!
人間には無理、というのも納得!
それを平然と、一瞬で使うんだから幻獣ってとんでもない。
「て、転送? え、ええと、レンゲ様? あんた何言ってんの?」
「こ、こらリス! 失礼な言い方をするな!」
「だ、だって義姉さん、転送って……」
「構わないよ、リコリスさん。変に諂われても気分が悪いもの。転送は転送。物を転移させる時の魔法だよ。人間は一回の魔力量が少ないから使えないけど」
どうする?
と首を傾げるレンゲくん。
ギャガさんは立ち上がり、そのまま直角に頭を下げる。
「頼むんだもんな! 流行病は手を打つのが早ければ早いほど被害が減るもんの!」
「うん、わかった。じゃあ物はどこ? あ、メッセージもつけておいた方がいいと思うよ」
「わかったんだもんね!」
ギャガさんの判断の速さ!
バタバタとドレークさんを伴って、薬を転送する準備を始める。
レンゲくんはコップの水をこくこく飲み終わると腕を組む。
……今気付いたけど、もしかしてあの水って幻獣大陸の『レビノスの泉』の水かな?
幻獣たちは『レビノスの泉』に含まれた多量の『原始魔力』がご飯替わり。
特にレンゲくんはコップ一杯で十分らしい。
実はちょっと飲んでみたい……。
頼んだら飲ませてくれないかな?
「物流か……。そういえばティナも最近似たようなことを言うよね」
「え? う、うん」
わたしの場合は錬金術で使う素材が全く手に入らなくなったからだ。
ナコナがたまにロフォーラから持ってきてくれたりする素材だけでは、下級の薬しか作れない。
まあ、下級の薬もわたしの腕で品質『最良』にするから中級くらいの効果は出せるんだけど……。
「この辺りの霊脈はすっからかんになっているところが多いけど、北側の霊脈は無事なところが多い。『ダ・マール』と『サイケオーレア』の側、あと、そうだね『ロフォーラ』の霊脈は無事だから、その地点に転移陣を張ってあげようか?」
「転移陣?」
リコさんとリスさんの目の色が変わる。
わたしも、その響きに胸がドキドキとした。
それは! まさか! まさか!?
「君たちからすると古の魔法の一つかな。物や人を一瞬でその場所へ運ぶことができる魔法陣だよ。霊脈から『原始魔力』を引いて使うから、結界と同じように一度張れば魔法陣が破壊されない限り大体半永久的に使える。ロフォーラは『魔除けの結界』が張られているから無駄使いできないけど……」
「い、いや! そ、それができるのだとしたら物流の問題は一気に解決する! た、頼んでもいいのか!?」
「僕は構わないけど、当代にやってもらった方が色々都合はいい。『太陽のエルフ』ならできるはずだから、今度会ったら頼むといいよ」
「ええ……すぐじゃないの〜?」
不満げに声を出すリスさん。
でもレンゲくんは「移動が楽になるのはあいつにとっても得になりかねないもの」とそっぽを向く。
あいつ……『意思持つ原始罰』、ね。
うう、確かに。
でも錬金術師の深刻な素材不足も気持ちがわかる。
リスさんがああ言ったのは、素材不足が続いてるせいだろう。
「準備できたんだもんのー!」
「「「「「早!?」」」」」
そしてギャガさんの商人魂、ほんと尊敬する!
*********
その日の夜。
わたしは二階の一番奥の部屋の隣にある浴室で湯船に浸かっていた。
髪を洗い、体も洗い、浴室の鏡でおでこを睨む。
ほんのり赤い石。
いまはもう、触っても痛まない。
コツコツと、指で叩く。
うーん、間違いなく石だわ〜。
「はあ……」
結局『暁の輝石』のことはどう調べたらいいのかしら。
クリアレウス様にお聞きしたくとも、わたしはまだしばらくはデイシュメールを動けない。
でも、昼間レンゲくんに聞いた話だとクリアレウス様、あまり体調もよくなさそうなのよね……。
うーん。
「…………なんでも願いが叶う……」
不思議な石、か。
珠霊人が額に持つ珠霊石とは、なにかが違うってことよね?
んんん、ますます謎が深まった感じだわ……。
珠霊石と『暁の輝石 』、関連性はあるみたい?
やっぱりギャガさんやお父さんたちに聞いてみようかな?
いや、レンゲくんに…………。
レンゲくん。
「…………」
ぶくぶく。
湯船の中に口を入れて空気を出す。
そうだった。
この気持ちについても少し、きちんと整理して考えようと思ってたのよ。
でないとお父さんのことを色々言えなくなっちゃう。
わたしはもしかしなくてもレンゲくんに恋をしているのではなかろうか?
前世ではそっちの方面に全くご縁がなかったため、初恋もまだといっても過言ではない。
十代後半の多感な時期に『お父さん』っぽい人の件もあり、男性不信というか、男嫌いの気があったのは自覚がある。
でも『ティナリス』として生まれてからはお父さんはお父さんだし、お客さんにも男の人が多いから苦手意識のようなものはほとんどなくなった。
前世のあの人がアレだっただけなのよね。うん。
レンゲくんは——レンゲくんはわたしの命の恩人だ。
盗賊に拾われて殺されかけていたわたしを助けて、お父さんに預けてくれた。
三年前に再会した時も懇親会の会場でさりげなく助けてくれたし、その後、『無魂肉』からも助けてくれたわよね。
思えば助けられてばかり。
あと、なによりカッコいい。
漆黒のサラサラとした髪。
右側だけ長く、切り揃えられていて後ろの髪は背中まで三つ編み。
でもその髪型も顔半分を隠すように巻かれたマフラーで普通ならわからない。
同じく漆黒の瞳。
近くで見ると、睫毛は長いし二重だし眉も形良い弧を描いている。
顔立ちは……まあ、他の幻獣の人たちもそうだけど人外らしく非常に整っていて、そりゃあ懇親会場で男女問わず振り向くわけですよ!
「はあ……。のぼせたかな……?」
髪を絞りつつ、お風呂を出る。
タオルで体や髪を拭き、替えの服を着た。
後はひたすらタオルで髪を叩く! 早く乾け〜!
「おっと」
これを忘れてはいけないわ。
レンゲくんがわたしが持っていたペンダントを、魔法で作り変えてくれたサークレット。
これで額の珠霊石を隠す。
これがなかったら……色々悲惨だった気がするわ。
ハチマキするしかない!
あるいは三角巾?
もしくは帽子?
色々額の珠霊石の隠し方を模索していたけれど、このサークレット以上に目立たなく、尚且つ防御力まである隠し方は思いつかなかったもの。
本当にレンゲくんには助けられてばかりだわ〜。
「…………本当に助けてもらってばっかりよね、わたし」
呟く。
静かな部屋に、やけに強く聞こえた。
これは……恩返し案件では?
レンゲくんは「チョコレート作ってくれたらいいよ」としか言わないけど、物流が滞っている今、デイシュメールの中で作っている香辛料の材料が収穫できなければ作れない。
何度も命を助けてもらっているのにチョコレートだけというのも、いいの!?
はっ! まさか『レンゲくんが気になる』この気持ちは恩返し案件からくるものではーーー!?
「…………」
はい、逃走はやめます。
もちろんそれもあるとは思うけど、わたしはきっとレンゲくんを……男の人として好きなんだ。
「……うん」
一人、頷く。
とてもしっくり、ストーン、と落ち着く。
やっぱりこの気持ちは恋なんだ。
何度も助けてもらって、言葉を交わして、弱いところを見せられて、頼りにされて守ってもらって……。
うわあ、そうかぁ、これが恋かぁ〜。
レンゲくんを思い出すと、落ち着かなくなるというかそわそわする。
でもほんわか暖かな気持ち。
それから、レンゲくんはわたしのことをどう思ってるのかな、という不安。
嫌われてはいないと思うけど、歳の差もあるし妹的な?
ううん、それはなんか精神年齢的に許せない。
い、いや、そもそも、レンゲくんを好きだとして?
わたしはこの気持ちをどうしたいの?
成就させたい?
そりゃ、成就させられたらとは思うけど……。
恥ずかしい気持ちが上回っててそれどころじゃないというか?
で、でもなぁ、初めての恋だし。
……初恋は実らないともいうわよね。
ううううっ! けどけど〜! どうせならこ、恋人というのも憧れはあるし〜!
あ、別に好きでいるだけならいいのでは?
って、この思考はお父さんと同じじゃない!
お父さんと同レベルはなんとなく嫌よ!
「よし決めた! 告白するわよ!」
そしてお父さんに「わたしは告白した、さあお父さんの番よ!」と胸を張って脅しをかけるのよ!
完璧な作戦だわ!
……あれ、なんかわたしちょっと思考がおかしくない?
いや、大丈夫! 多分! 多分!?
ううん! ここは勢いよ!
思い立ったが吉日!
タオルをハチマキのように巻いて気合を入れ、部屋を出る。
レンゲくん、今の時間ならお外の見回りかしら。
魔物は昼夜問わず現れるから、城壁待機してるかも。
ズンズン歩いていくと、食堂から笑い声が聞こえた。
あー、なんか酒盛りしてる気配。
お酒の匂いが、ね。
多分お父さんたちだわ。
まあ、デイシュメールにいる間くらいは気を抜いて欲しいし別にいいけど……。
でもあまり気を抜きすぎてカッコ悪いことになられても可哀想だし、釘を刺しておこうかな?
「おとう————」
「……————リコ、俺を手伝ってくれよ。一生、隣で支えてくれ」
「え?」
え?
ざわ。
と、食堂の中が騒ついて、それから水を打ったようにシーンと静まり返る。
お父さんはわたしが覗き込んだ位置から一番近いテーブルに座っていた。
わたしからは背中しか見えない。
そしてお父さんの前に、リコさんが座っている。
かしゃ、とお酒の入ったグラスがその手から滑り落ちた。
テーブルに広がるお酒に、お父さんははっとしたように顔を上げたのがわかる。
斜め奥の席にはリスさんとギャガさんが驚愕の表情で固まっていて、リコさんの顔はお酒とは無関係に赤くなっていく。
「え、あ……マ、マルコス……そ、それは、どういう……」
「え、あ、いや……あの……」
一体どんな会話の流れでそんなことになったのか。
狼狽えるリコさんに、もっと狼狽えるお父さん。
そして急にお父さんは立ち上がり、大声で「あー!」と叫び頭を乱暴に掻く。
「そ、そーゆー意味だよ! 答えは今じゃなくていいから考えとけ! おやすみ!」
「…………っ」
怒鳴りつけるように言い逃げした。
猛ダッシュた。
わたしが入り口に立っていることにすら、多分あれは、気づいていなかっただろう。
そのぐらいものすごい速さで逃げていったし、両目が閉じてた。
お、お父さーん! 酔った勢いとか……い、いや、でもよくぞー!?
「ええ〜!? マルコス先輩リコ義姉さんのことそんな風に思ってたんだ!? ねぇねぇ、どうするの!? リコ義姉さんどうするのー!?」
と、奥の席からリスさんが立ち上がってリコさんの隣に椅子を持ってくる。
わたしも気になるので、こっそり入り口からリコさんを覗き込む。
ドキドキ、ドキドキ!
「ど、ど、ど、どうするって、そ、そんな……い、いきなりそんなことを、言われても……」
ですよねー。







