我が信仰よ、永遠なれば
ダンスホールに集められた『エデサ・クーラ』の元奴隷たち。
彼らにも一人一人名前があり、歩んできた人生がある。
元奴隷と一括りにするのは申し訳ないのだが、人数も多いし今はそう括らせてもらう。
さて、と。
「えーと、あんたらは?」
「レンゲ様より指名を受けて、この城の守りを請負いましたのン。あたくしはドライアドのジリル」
「わらわはラミアのミラージェ。特別に名を呼ぶことを許すしてあげるのだわん。お前は聖女の父なのだろう?」
「あ、ああ、マルコスだ。よろしく」
パッと見た感じは銀緑の長髪と瞳の美女と、金髪金眼の美女。
ふ、二人ともちゃんと足はあるが……シンセンたち同様化けてるのか?
だが種族は『幻獣』の括り。
こうも伝説の生き物を立て続けに見ると、変な感覚に陥りそうになる。
「ところでレンゲ様は何処にン?」
「そ、そうなのだわん。わらわたちはレンゲ様に頼まれたから来たのよん。ご、ご挨拶をしないとねん」
「そ、そうよねン、まずはご挨拶をしないとン」
……と、思ったがなるほど、レンゲ目当てか。
幻獣大陸でも妖精たちがレンゲに群がっていたが、幻獣の感覚でもあいつは美形でモテるんだな。
そわそわと周りを見回す彼女らには申し訳ないのだが…………。
「す、すまん。レンゲはうちの娘をロフォーラに送ってくれてて、今いないんだ。多分飯もあっちで食ってくると思う」
「「え……」」
俺の後ろからシンセンが歩み寄ってきて、横に立つ。
そしてがくーん、と肩を落とす二人に「下心が見え見えですぞ」と注意する。
やっぱりあれは下心だったのか。
だよなぁ。
「がっかりですんわねン、ミラージェさん。せっかく服を新調しましたのにン。見せたい相手がいないなんてン……」
「本当なのだわん。ニンゲン風情に媚びた態度まで取ったというのにレンゲ様がおられないなんてん……! ぶりっ子損なのだわん」
ちら、とシンセンを見る。
「ああ、こいつらはこういうやつらですよ」という意味で頷かれた気がした。
「城の守りはお二人に任せるのでございます。聖女様のご準備が整えばしばらくはここ、デイシュメールが聖女様の拠点となるでしょう。そうなればレンゲ様がこちらに滞在される機会も多いかと」
「「ホント!?」」
「はい。聖女様の直接的な護衛はレンゲ様とレヴィ様が行われるとのことですが、女性にしかわからないこともおありでしょう。……というわけで……」
シンセンが顔をダンスホールへ向ける。
この中から『ロフォーラのやどり木』を手伝ってくれる者や、ティナの身の回りの世話を任せられる女性を二人ほど探すつもりだ。
あとは本人たちの希望も聞きつつ、俺の手伝いをしてくれる者も探す。
幻獣と人間の橋渡し役ってのは主に『ダ・マール』との交渉だ。
今後は『ダ・マール』とともに、亜人たちへ『原喰星』や『意思持つ原始罰』に関しての情報を共有していかねばならない。
情報が広まれば、いずれ、ティナが『原始星』を持っていることも知られるようになるだろう。
だがティナを利用しようとするのはリスクが高い。
なにしろレンゲたち幻獣は「『原始星』を持つ者は自由であれ」と、ティナの身も心も自由も尊重し、守る姿勢を見せてくれている。
俺もティナにはティナの意思で自由に生きて欲しい。
『カラルス平原』でレンゲの力を見せつけられた各国の騎士たちはともかく、為政者どもの中にはあのヤバさを正しく理解しようとしない者もいるだろう。
むしろ、強欲で野心溢るるアホはレンゲたちごと利用しようと考えかねねぇ。
「ふう」
なので、俺の手伝いをしてくれる者やティナの世話をしてくれる者は慎重に決めねーと。
他の国にしゃしゃり出て来られる前の牽制にもなるし、ここの奴らは幻獣の強さも理解している。
馬鹿な真似はしようとすらしないだろう。
……多分。
「えーと、じゃあ面接を始めたいと思う。まず、デイシュメールで農業の手伝いを希望する者、俺たちの手伝いを希望する者、ロフォーラの手伝いを希望する者、その他って感じで並んでくれるか?」
「デイシュメールでの手伝いを希望する者はあたくしのところよン!」
「ロフォーラの手伝いと俺たちの手伝い希望はこっちな」
「その他の希望を持つ者どもはわらわのところへ来るがよいわん! 一人一人希望を聞いてやるわん!」
とりあえずティナの世話役と俺の手伝いは自分で選ばねば話にならん。
何人集まるかと思ってみていたら、なかなかに集まってきた。
二十人ほどか。
「あれ? お前ら……」
「いやあ、久しぶり!」
「って言ってもこないだぶり?」
「「あははははは」」
「いや、あはははは、じゃ、ねーよ! なんでこんなところにいるんだ!?」
そこに現れたのは見知った四人組。
知り合って十年の冒険者パーティー。
青年剣士アーロン。
姉御肌の斧使いジーナ。
ハーフエルフの考古学者シリウス。
魔法使い志望と聞いていたが背中には槍……ジーナの妹ミーナ。
半年と少し前に俺が『ダ・マール』へ、戦友ディールブルーの葬式に行った際『ロフォーラのやどり木』の留守を頼んだやつらだ。
「いや、そのミーナがさぁ……」
「ああ、ミーナがね……」
「ええ、ミーナがねぇ……」
「うっ」
「…………まさか『エデサ・クーラ』の要塞になら『珠霊石』があるんじゃねーかと入り込んだ……とかじゃねーだろーなぁ?」
「一発でバレた!?」
「マジかよ……」
嘘だろう、と頭を抱える。
人間が魔法を使うには、魔力回復技術を極めるか『珠霊石』という珠霊の代替えアイテムが必要になる。
『技』と違って、魔法には大量の魔力が必要になるからだ。
珠霊石は珠霊人にしか作ることはできず、珠霊人が十三年前『エデサ・クーラ』に壊滅させられて以降価格は爆発的に値上がりし、もはや一国の王様クラスでなければ出回っているものは入手不可能なレベル。
今持っている連中も、そんなだからいくら金を積まれても手放す奴はいない。
引退する魔法使いすら「これは血縁者に家宝として譲る」と言っているからな。
「アホか……」
「ううう、だって〜」
「一応俺たちも止めたんだけどね!」
「諦めて槍使いを極めた方がいいと言ったのですがね」
「どーにも諦めきれないみたいで……。でも結局捕まっちまって、武器も取り上げられて困ってたんだよ。だからあのドラゴンには本当に助けられた」
「レヴィレウスか」
ちら、とシンセンを見る。
表情は変わらない、というより顔半分は前髪で覆われていて口元だけだ。
レンゲがいないとどうもシンセンはなにを考えているのかわからねーな。
「しかし驚いたよ! マルコスさんたちが幻獣たちと一緒に現れるんだもん!」
「ああ、まあ、浅からぬ縁ってやつかもしれねぇな」
十三年前、俺にティナを預けた幻獣はレンゲだった。
レンゲは十三年前の『ジェラ国防衛戦』が行われていたことを知らず、あの国の民の中から『原始星』を預けられる乙女を探しに行く途中だったらしい。
しかし、奴は遅かった。
行く途中でティナを拾い、俺に預けてからジェラ国へたどり着き……そして事態を知ったのだ。
滅ぼされたジェラの国を見て、珠霊人は絶滅したと思ったレンゲは『原始星』を継げる者を人と亜人の中から探すことにした。
無論、『原始星』を生身の人や亜人が宿せば精神が汚染されて、人格が破壊されてしまう。
同時進行で国々の情勢の調査や、霊脈の状態の確認、魔物の排除など……あいつもこの十三年なにかと忙しく動き回り『原喰星』誕生を遅らせようとしていた。
しかし、『原喰星』は生まれる。
そして、そのタイミングでレンゲは十三年前に俺に預けた赤ん坊と再会し、あの時の赤子が珠霊人の生き残りであったと悟ったのだ。
「そちらの方も幻獣の人型ですな?」
「いかにも。ワレはオルトロスのシンセン」
「これはこれは。私はシリウスと申します」
「あ、そうだ! シンセン、シリウスは当代『太陽のエルフ』の父親だ」
「な、なん、なんと!?」
三回驚いたな?
「ん? シィダがどうかしましたか?」
「ああ、ちょうどよかった。シィダに協力して欲しいと思っていたんだ」
「シィダに? しかしあの子は美女のお願いしか聞きませんよ」
「ぐっ……」
「……これだからエルフは……」
シンセンの声がいつもより低い。
いや、俺も同じ気持ちだが!
あいつ、ゲス顔でティナやナコナにセクハラ発言してくるからな!
「い、いや、しかし世界の危機ってやつなんだ」
「ふむ? どういうことですかな?」
「世界の危機?」
シリウスはシィダの父親。
それを踏まえた上で、事情を説明する。
空に現れた黒点。
あれは『原喰星』という超巨大な魔物。
この『ウィスティー・エア』を呑み込むほど、今よりもっと大きく成長する。
それを阻むのはティナの受け継いだ『原始星』のみ。
と、レンゲは語っていた。
しかし——。
「この『ウィスティー・エア』を……」
「呑み込む!? そんなバカなことがあるってのかい!?」
「事実二千年前はその危機だった。レンゲ様が『原喰星』を破壊したが、それでは危機は去らなかった。破壊された『原喰星』から『原始罰』という危険な物質が落下してきたのだ」
「『原始罰』は世界のあらゆるものに化けて、あらゆるものを喰らい尽くしたらしい。世界はそれでそれまでの文明を失い、取り戻すのに千年を要した」
「…………っ」
シリウスの顔色が悪くなる。
顎髭に白手袋の手を当て、己を落ち着かせるかのように何度も摩っていた。
……そういえばこのじいさんは考古学者。
ある程度のことは信じてくれそうだな……。
「文明を食らうって、そんな……」
「シリウス、本当だと思うか?」
「…………。残念ながら説得力はありますね。フォレストリア皇国の『太陽王の神殿』の天井画には空に現れた黒点が、巨大化していく様が描かれていました。それを太陽王が焼いて、二つ目の太陽にした、という物語です。多少の違いはありますが、その黒点が『原喰星』であるならばそれはエルフ族にも伝わっていたことになります」
「嘘だろう……あれがこの星を呑み込むくらいでかくなるってのかい?」
「あ、あたしたちどうなっちゃうの?」
「俺たちはそれを止めたいんだ。だが、『エデサ・クーラ』は『原喰星』を育てようとする『意思持つ原始罰』って厄介な魔物に乗っ取られちまっているらしい」
「え!?」
レンゲが『カラルス平原』で燃やしたメフィスト・グディールは、その『原喰星』を生み出したきっかけ……『壺の中の小人』の分裂体が『器』として乗っ取った存在。
『壺の中の小人』はその名の通り『小人』であり、小型の『意思持つ原始罰』。
奴はいくら分裂しても大きさが小型のままであるため、手足を欲し、小型であることを利用して人間などの脳に入り込み『器』にしてしまう。
厄介なことに奴自身の理想の肉体は『この惑星』。
全てを飲み込み、全ての支配者になる。
ああ、皮肉なことに『エデサ・クーラ』の『クーラの神』と同じ『全ての種の頂点』という理想を掲げているということだ。
「『エデサ・クーラ』をなんとかするには、幻獣はもとより全ての種族が、敵がなんであるのかということを明確に理解しなければならねぇ。理解しねーとつけ込まれるらしい」
「つけ込まれる? 物騒だね……その意思持つ『原始罰』ってやつにかい?」
「ああ、あれは口八丁で心を弱らせ、脳に入り込んで体を乗っ取る。だが、拒むことは可能」
「え! 乗っ取られないようにする方法があるってこと!? 教えて教えて!」
「あたしも知りたい! 教えて教えて!」
「簡単なこと。この身は我が身と言い放てばよい。さすれば己が魂が『原始罰』を拒む。あの程度の大きさならば、己が魂が『器』を守護してくれる」
らしい。
『原喰星』破壊後に落ちてくる『原始罰』は巨大な為、そんなことでは拒めない。
というより、物理的なデカさに負けて食い殺される。
しかし『壺の中の小人』程度の大きさなら『魂』が『器』を守ってくれるんだとさ。
それは『原始罰』が罰の形だから。
罪を犯していないものに罰はくだされない。
という意味のようだ。
ただ、奴は口八丁で心を揺さぶり、罰を与えようとする。
俺のように戦場に立ち、命を奪った過去がある騎士は特に気をつけなければならない。
僅かな罪悪感に漬け込み、罰してこようとする。
だが、俺を罰していいのは俺が殺した奴らだけだ。
そして……。
「……………………」
右手を見た。
義手ではない右手。
指を曲げれば握ることができる。
これはティナが俺にくれた右手だ。
俺が『育てた』恩返しだと言って。
…………俺は……、多くの命を奪ってきた。
家族も亡くし、帰る場所も居場所もなくなったと思っていた。
だが親父とお袋は出戻ってきた俺をちゃんと『お帰り』と受け止めてくれたし、ティナは新しい家族になってくれた。
ナコナは今でも俺のことを「父さん」と呼んでくれる。
レネとモネも、まだ半年ほどだが……新しい息子と娘のようだ。
お前と出会っていたから、俺は親が亡くなってからも独りにはならなかったんだぜ?
恩返しだと?
それは俺の方がお前にしなきゃいけない。
俺に多くのものを与えてくれたのはお前なのに。
その上、腕も。
「このことを周知させ、これ以上の被害を食い止める」
俺の右腕をティナが、『原始星』で治してくれた時に……不覚にも許された気になった。
あの温かな光に包まれた時に、これまでの罪を許され、そして新たに天命を受けたかのような気持ちになったんだ。
俺はティナを守る。
ナコナもレネもモネも、死ぬまで俺が守るんだ。
そして、ティナが守ろうとするものも守る。
俺のこの右手はきっとそのために戻ってきた。
……そんな気がする。
「そして『エデサ・クーラ』を落とし、意思持つ『原始罰』を消滅させるんだ」
「新たな戦争というわけですか」
「ああ、だがこれまでとは違う。全ての種族が理解しなければならねぇ。戦ってんのは世界を滅ぼす災いそのものだ。気を抜いた奴は食われ、そこから奴はまた増殖して……」
「左様。……永遠に繰り返されることになるのだ」
「………………」
沈黙するアーロンとミーナ。
険しい表情のジーナと、顎髭を撫ぜるシリウス。
僅かな隙間でも残れば、あいつは無限に湧き出続ける。
なんとも最悪な化け物だ。
「……それが、『意思持つ原始罰』……『壺の中の小人』、というわけですか。ふむ……確かに意識するだけで阻める害悪ならば、周知させればいいだけのこと。しかし……」
「え? しかし!? なにが「しかし」なのシリウス!」
「周知しても、理解しなければ隙はできましょう。誤って伝わればなんの意味もない。なるほど、これは骨が折れそうですねぇ」
「そういうことだ。まあ、だから手伝ってほしいんだよ。いろんな奴に」
どこから奴が入り込み、どこに残っているかわからない。
レンゲ曰く『本体』はいるらしいが、そいつを破壊しても分裂した『分体』ってやつは残る。
既に別個体として確立しているからだとかなんとか。
匂いに敏感な種族なら、奴のゲスい匂いでどこに潜んでいるかわかるかもしれんらしいが、その匂いというのは気配的な意味合いが強い。
幻獣のほとんどはそのゲスい匂いを嗅ぎ分けられるというので、今後は幻獣たちの協力が必要不可欠になるだろう。
しかしそもそも、人間も亜人も、とにかく全ての生き物が『意思持つ原始罰』の存在を認知し、理解し拒むようになればやつはなにもできないはずだ。
「正しく理解しないといけない、か。噂だけじゃ歪んで伝わるわよね」
「そういうことです。噂を広めるのは容易いでしょうが、歪んで伝わり、不安を煽る結果にもなりかねません。……人柱……という言い方は失礼かもしれませんが、ふむ……確かにそれなら、シィダは適任でしょうな」
「ん?」
どういう意味だ、と問うとシリウスは目を閉じる。
あれは、親の顔だ。
スゥ、となにか胸の中が冷める。
「全ての人間が今信じる神を捨てられるかが問題ですねぇ」
「…………」
胸の中の『ダ・マールの神』よ。
……この信仰心を捨てなければならないのだろうか?
長きに渡り、捧げてきたこの心は誤りだと……?
いいや。
「捨てなくてもいいさ。ただ、信じるものを増やすだけで」
「おやおや、そんなことできますぅ?」
「ああ。俺はティナのことも、みんなのことも信じてるからな」







