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転生したら絶滅寸前の希少種族でした。【WEB版】  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
第四章 〜十歳のわたし〜

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うちの娘が反抗期? 誰か相談に乗ってくれ!



 へこむ。

 親父とお袋が仲間とともに苦労して土地を切り開き、作った宿がこの『ロフォーラのやどり木』だ。

 それをたった一日で四部屋半壊させるとは……っ。


「コレを直すとなると俺の退職金もさすがに底を尽きるな〜」

「おれっちが手伝うんだからお金はあんまり必要ないよ」

「いや、金具とかは買わないとだろう?」

「あー、まあ、確かにその辺りは加工する金属と工具がなきゃ……あ、工具はあるかい!?」

「ああ、そうだな。待て、確か……」


 まあ、しかし……たまたまとはいえドワーフがいてくれたのは不幸中の幸いか。

 レドという少年(といっても人間の年齢なら成人しているが)は俺の後ろについて納屋の中を覗き込む。

 うーむ、だがまずは残骸の撤去だろう。

 若造騎士どもにも手伝わせて、とりあえずは残骸を一箇所に集めないと。

 そのまま再利用できなさそうな木片は薪にして、修繕に必要な分は山から切ってこなければならない。

 果樹園の横を切って、もう少しシュガーキビ畑を広げてもいいかもしれんな。


「マルコス」

「ん?」


 俺をこう呼ぶのは恐らくこの宿では一人だけだ。

 斧とのこぎりを抱えて立ち上がる。

 レドの横には軽装のリコがいた。

 夕暮れ時が近いせいか、影が納屋の中に伸び逆光で顔がやけにはっきりと見える。

 身が半分を覆う長い髪。

 しかし、その下には美しく整った左右対称の顔がある。

 灼け爛れ、頰から下が抉れたあの顔は跡形もない。

 そこにいたのは美しいただの女だ。


「…………お、おう」


 目が細くなり、俺を見たリコの瞳に一瞬妙な高揚感を覚えた。

 いや、リコが元々美人なのは……左半分が綺麗な面だったんだ、予想はついていたはずだ。

 ただ、左右が揃っただけでなんだ俺は馬鹿か?

 初めて会った時、すでにあの顔だったリコ。

 これが俺の出会う前のリコの顔。

 そうだ、それに……きっと驚いただけさ。


「どうした?」

「明日の予定をだな」

「え? 明日の予定?」

「ああ。残骸の撤去は我々も手伝おう。魔物討伐後は経過を観察するのも仕事のうちだ。それから、シィダ殿がミミズの魔物が掘ってきた穴も早々に埋めた方がいいと言っていたぞ。……あの大きさで、しかもミミズが通ってきた穴だ……簡単には埋められないだろう。そこでシィダ殿が魔法で穴を埋めてやるかと提案してくれた。受けてはどうだ?」

「……ミミズ穴か……しまった、そっちもあったな」


 そうだ、ミミズのやつが通った穴も、宿の前の広場に空いたままだ。

 確かにあれは埋めるべきだな。


「シィダ殿の提案を受けよう。魔法が使えるやつがいると色々便利だなぁ」

「だよねー。まあ、人間大陸は『原始悪カミラ』が強くて『原始魔力エアー』の純度が低いみたいだけど」

「……気になったのだが、レド殿……『原始悪カミラ』が強いとはなんだ?」


 リコがレドへ首を傾げる。

 俺から逸れた眼差しに、ホッとしたような残念なような。

 ……左の横顔は見知ったもの。

 これが右も同じになっただけで、なぜこんなに動揺したのか。

 俺が勧めたことなのに。


「え? 人間大陸はおれっちたちの大陸よりも『原始悪カミラ』の濃度が濃いんだよ。だから魔物も大きいし強いし、魔法を使うときに『原始魔力エアー』が集めづらいんだ」

「なん、だと? 魔物の巨大化や増殖は、まさか、そのせいだというのか? な、なぜ?」

「えぇ、おれっちそこまではわかんないよ。人間大陸のことは人間の方が詳しいと思うけど〜」

「……まさか『エデサ・クーラ』が戦争を起こそうとしているからか? ……いや、しかし、十年前にはこんな現象は起きなかったよな?」

「あ、ああ……」


 俺の記憶では『エデサ・クーラ』との戦争中、魔物は増えたり巨大化したりしていなかった。

原始悪カミラ』とは『原始罪カスラ』に変質化する可能性があるもの……。

 人間や亜人の悪意が魔力に影響したものと言われていたな?

 俺は錬金術だの魔法だのに明るいわけではないから、最低限そういうモンがある、ってことくらいしか知らないんだが。


「シィダは人間が『国』を作るときに、国民を統治しやすくするために一緒に『神さま』を作ったせいだって言ってたよ。それは人間の悪意に該当するから、人間大陸は『原始悪カミラ』が増え始めたんだって。まあ、これに関してはエルフやうちの国の王が再三忠告しても信じなかった……ううん、認めなかったって言ってたけどねー」

「…………神が『原始悪カミラ』? い、いやいや、待て待て、意味がわからない。なぜ神が『原始悪カミラ』と言われるんだ?」

「そりゃ、この世界『ウィスティー・エア』に神様は創世の神『エア』だけだからだよー。勝手に人間が『エア』以外の神をでっち上げたからそれは『原始悪カミラ』になったんだ」

「……で、では、我々が信仰する『ダ・マール』の神も……空想だとでも言うのか……!?」


 リコがレドへ詰め寄る。

 俺も、これには動揺した。

 しかし妙に……しっくりとくる。

 確かに『信仰心』は人の心をまとめるのに、便利だ。

 どの国も必ずその国その国に信仰する神がいる。

『エデサ・クーラ』にも『クーラの神』とやらがいた。

 ああ、そうだ……確かに国ごとに神がいる。

 まるで、据え置かれたかのように……。

 そして『エア』……この世界を創りし創世の神。

 必ずどの国にも御伽噺として語り継がれている唯一の神だ。

 亜人の大陸では『聖女アーカリー・ベルズ』を信仰しているらしいが、なるほど……『アーカリー・ベルズ』は神ではなく“聖女”。

 ……神で人を統治しているのは人間大陸だけか。


「神さまを信じる心は尊いものだけど、それを押し付けると争いになる。『エデサ・クーラ』がいい例だよねー。『クーラの神』の名の下に、至上の種である人間がこの世界を支配する……迷惑な話だよー」

「…………し、しかし、それは『クーラの神』が悪いのであって……」

「リコ、亜人には亜人の文化、解釈がある。俺たちは『ダ・マールの神』がいることで穏やかな心で生活を送れてきた。今レドが言った通り、信仰そのものは悪いことじゃない」

「マ、マルコス」

「問題点はそこじゃないはずだ。人間大陸の神々は十年前どころではない昔から信仰されてきている。それでも、十年前“よりも”魔物は増え、巨大化している……それが問題なんだ」

「…………」

「確かにそれは、変かも?」


 今、突然魔物が増え、巨大化し始めたことは……『原始魔力エアー』の純度が濁ってきたことと無関係ではないのかもしれない。

 しかし、なぜ『今』なのか。

 神々は何百年も前から信仰されてきた。

 純度は、濁ってきていたかもしれない。

 それでもたったの十年で()()()()()()()()

 問題点はそこだ。

 その変化の速度が問題視すべき点なのだ。


「十年前になにかあったのかもしれないな……世界のあり方が変化するほどのなにかが」

「……我々が調べるべきは十年前に起きたかもしれない、そのなにか……だと言いたいのか? マルコス」

「個人的にはそう思う。お前が一考すべきと感じたらこの話はディールにしてみてくれないか?」

「…………ふむ……。確かに一つの可能性としては一考に値するとは思う。魔法を使う者たちが年々弱体化していたのも頭の痛い問題だったからな」

「シィダにも聞いてみる?」

「そうだな。『太陽のエルフ』に選ばれる御仁なら俺とはまた違った視点で別な可能性を指摘してくれるかもしれない」


 ……やれやれ、ただの宿屋の店主のはずなのに……世界のあり方がどうとかきたもんだ。

 考え込むリコを見るとこちらも腕を組んで唇に指先を当ていた。

 ふむ、美人だ。


「…………」


『ダ・マール』に戻れば婚姻話の一つ二つ、これなら来るのだろう。

 俺が入団した時はまだ未婚で、しかし顔は既に抉れていた。

 部隊を任されるようになって、俺が結婚した後にリコもロンドと結婚し……そして自棄酒によその騎士団……主にうちに現れるようになり、絡まれるようになったんだったな。

 どうやら酒を覚えたてだったらしいリコの飲み方は無茶苦茶で、ディールと共に手を焼いたものだ。

 研究一筋で生きてきて、恋もしたことがない小娘は、親の勧めた政略結婚で愛もない結婚をした。

 それでも夫に愛してもらおうとリコなりに努力して……一切成果もなく自棄酒で嘆く日々。

 今度は、ちゃんとお前を愛してお前だけを見てくれる男に出会えると…………いいな。


「…………」


 いや、まあ、でもやっぱり美人だしな。

 中身も乙女で可愛いと思う。

 ロンドは本当に馬鹿野郎だなぁ〜!

 リコはこんなにも美人だというのに……いや、ケルトも美人で可愛い女だったけどな。


「ん? なんだマルコス、まだ他にも何かあるのか?」

「は? な、なんかって?」

「言いたいことがあるならなんでも言ってくれ。ああ、まあ、昼間は色々と……命令するな、とか言ったが、それでもお前の指揮は変わらずに、的確だったと思う。腕は落ちていないな。……正直助かった。……だからまあ、そうだな、怪我のことも……昨日のことも含めてすまん。謝ろう。そして、礼を言おう……ありがとう」

「お、おう……」


 ああ、やばい。

 …………可愛いな……。






 ********





「と、いうことなんだがどう思う、ナコナ」

「決まってんじゃん、プロポーズしちゃいなよ! 『ダ・マール』に帰られたらまた政略結婚で他人のものになるかもしれないんだよ!」

「い、いや、しかしなぁ……あいつはアヴィデ家の娘だし俺はもう『ダ・マール』国民でもないし…そもそもリコは俺のことを同胞、酒飲み仲間、悪友とか、そんな程度でしか思ってないと思うし…」

「うわ、お父さんって意外と恋愛方面面倒臭い系だったんですね……」

「ひ、ひどい!」


 夕飯終わりのお茶の時間、思い切って娘たちに相談したらこれだ。

 やはり一人で抱え込めなくて、女の子ならこういうことに詳しい……?

 気がしたがなかなかにボロクソだなティナ!


「し、仕方ないだろう。若い頃は戦争ばかりで……そ、それになんというか……ケルトのことは愛していたと思うが……その、恋……というやつは……初めて……だと、思う……」

「ヤダ〜、なにそれ父さんかわいい〜」

「か、かわいいってお前……」


 ティナは頰に両手を添えてテーブルに肘をつき、無言でこちらを眺めている。

 な、なんだ。

 ナコナはにまにましているがティナのこの反応は!?

 ……は、反対、ということか?

 そ、そうだよな、今更俺がリコに興味があるとか言い出しても驚くし……ティナはこれからが多感な時期……。


「……とはいえ、リコさんも恋愛方面は鈍そうというか……まだ赤騎士隊の隊長さんを引きずってますよね?」

「う!」

「あ、そうか、そっちもあったね」

「まずは男性として見てもらうところからではないでしょうか? 残念ながら惚れ薬の類は単なる媚薬であり、わたしはそんなものに頼らずガツンと男らしく告白して欲しいと思いますので……」

「ティナさん!?」


 びや……!

 うちの娘なに言ってんの!? なに言ってんの!?

 お、おのれ! 錬金術! うちの娘になにを言わせてるんだ!?


「ここはひとつ、二人きりになって普段と違う『男らしい』お父さんをリコさんに見せつけるのです! リコさんにお父さんが気があるそぶりを見せて、まずは様子を見て見ましょう! そうと決まればナコナ、明日はリコさんとお父さんを二人きりにできる現場をセッティングです! 明日は正直わたしがリコさんに『凝縮化』の過程を見てもらう予定でしたが変更します! ズバリ! 木材伐採ついでに二人でピクニック作戦! お弁当はわたしにお任せください!」

「ま、待て待て待て待て!?」


 なんか話が大きくなってきた!?

 ティナ、なんかナコナよりノリノリではないか!?

 いや、そんないきなり二人きりなんて!

 む、無理だ! 絶対に無理!


「無理だティナ! ふふふふ二人きりなんてそんな恥ずかしいだろう!」

「「乙女か!?」」

「? お、乙女はお前らだろう?」


 二人揃ってなに言ってるんだ?

 俺はただのおっさんだぞ。


「と、とにかくいきなり二人きりはハードルが高い! と、いうか、いや、そもそもだな、ええと……お、俺はどうしたらいい?」

「え、えええ……? 父さん、リコさんと再婚までいかなくとも恋人になりたいからあたしらに相談してきたんじゃないの?」

「こ、恋人だなんでそんな! ……い、いやー、そんな……お、お前らだって父さんが恋人を作るとかそんなの嫌じゃないのか?」

「あたしは別に? リコさんのこと嫌いじゃないし」

「わたしも全く構わないですよ! リコさんはわたしの錬金術の師匠ですからむしろ応援します!」

「お、おおう……そ、そうか?」


 あれ、なんでがっかりしてるんだろう、俺……。


「でも二人きりが恥ずかしいだなんて、生娘ですか、お父さん? しっかりしてくださいアラフォーのくせに!」

「ア、アラフォー?」

「そうだ! ここはまずリコさんの気持ち確認がいいんじゃない? まだ離婚のこと引きずってる感あるし、明日ティナが『凝縮化』のなんたらの時にそれとなく聞いてみてよ。そこから作戦を練りましょう!」

「なるほど、結果を求めるにはまず過程の調節は不可欠ですものね! わかりました。明日、リコさんの心情を聞き出し整理しましょう。そこからお父さんをどうリコさんの中で『異性』にしてゆくか検討することにします。いいですね、わかりましたねお父さん」

「ハ、ハイ……」


 む、娘たちが頼もしすぎる……。

 お、お父さんそこまで本格的にしてもらわなくてもいいんですけど……あの、ちょっと聞いてますか……?



 …………と、そんなこんなで凡そ一週間後…。





「思った以上にお父さんがヘタレでなにも進みませんでしたね」

「もう、父さん! やる気あんの!?」

「す、すみません……」


 娘たちが俺以上に再婚に前向きなんですが誰か助けてください……。


「そ、そもそも今まで仲間、同僚だとしか思ってなかったんだ。向こうもそうだろう? きゅ、急にそんな……なあ?」

「このヘタレめ」

「うううっ!」


 ティナが反抗期!?

 今まで素直で優しく礼儀正しい、いい子だったのに……この件に関してものすごく辛辣!


「こうなったらお見送りくらいビシッと決めてください。そう、せめて連絡を取り合う約束くらいは!」

「え? い、いや、リコとの連絡は今までティナが……」

「なに言ってるんですか、お父さんがリコさんと連絡を取り合うんですよ。わたしはわたしでリコさんに手紙を書きますけど、お父さんはお父さんでリコさんと文通してください」

「え、ええ〜?」

「なに嫌そうな声出してるのよ、離れてるんだからそのくらいして自己アピールしなきゃダメでしょ!」

「…………ハ、ハイ」


 娘たちが俺に厳しい……。

 ……左手で文字を書くのも慣れてはきたが、割と大変なんだよなぁ。

 木製の指で頭をかきながら、娘たちと共に本日『ダ・マール』へ帰国する騎士たちの見送りに出る。

 亜人組は宿の修繕や魔物を寄せ付けなくする結界作りに手を貸してくれるというので、まだしばらくはうちに泊まるのだが……。


「よ、よう。気をつけて帰れよ」

「ああ、一週間世話になったな。とりあえず問題はなさそうだから我々は一時帰国する。魔物が出るようなら連絡をくれ」

「おう、頼む」

「お嬢も気軽に連絡くださいね、僕に」

「え? あ? うん?」

「「リステイン」」


 ガシッとリステインの肩を左右から掴むガウェインとベクター。

 あの三人はガキの頃から騎士団に居たから仲がいいな。

 そういえばナコナもよく騎士見習いのガキどもと遊んでたから、あのまま『ダ・マール』で暮らしていたらナコナも騎士になっていたのかもしれない。

 そう思うと感慨深いものがあるな〜。


「…………」

「うん? どうしたティナ? 顔がロフォーラキツネみたいになってるぞ?」

「いえ、なんかもう血を感じました……」

「?」



 …………は、反抗期……?


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[一言] チベットスナギツネの亜種かな?(笑)
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