74 桃香の秘密4
◆◇◆
今岡市民病院の駐車場。
4階建てのメインのビルに、大小さまざまな施設が付属している。
市で一番大きな病院だが、俺は中に入ったことがない。
「桃香は病院に何しに来るんですか? いい加減教えてください」
俺は氷室さんがもったいぶるのでキレ気味。
「お見舞いですよ。308号室の患者です。実際にご覧になればわかりますから行って来たらいいでしょう」
「……誰がいるの? 何の病気?」
「桃香様が病院に入って行きます。見つからないように気を付けてくださいね」
氷室さんは俺の質問を無視して、タブレットを見ながら話す。
俺は車から降りる。
桃香が前にいないことを確認しながら、ゆっくり進んで病院の中に入って行った。
玄関横に地図があるから308号室の場所を探す。
小児科病棟に番号があった。
「子供が入院してるってことか……まさか桃香に子供がいるってことはないよな」
桃香の弟か妹かなと思う。
ばったり桃香と遭遇しないようにエレベーターを使わず、階段を登っていった。
小児科病棟の3階についた。廊下に顔を出す。
桃香の姿は見えない。
305……306……307……
308号室入口の左側で壁に背中をくっつけて立つ。
廊下に看護師さんの姿はない。見つかったら不審者に思われそうだ。
「柚子香、体調はどう?」
桃香の声が聞こえてきた。
「今日は……いい……よ……お姉ちゃん」
弱々しい声。
やっぱり桃香の妹が入院しているのだ。
「朝ごはんは食べられた?」
「ううん……いっぱい残した……」
「そっか、しょうがないよね。ちょっとでも食べた柚子香はえらいえらい」
桃香は優しく妹を励ましている。
声が聞こえて来る方向は308号室の右側手前だ。
俺は体の向きを変えて、右目を出して中を覗く。
桃香がベッドの傍で立っている。
ベッドには女の子が病院服で寝ている。酸素マスクをして、体にいくつものチューブが繋がれている。痛々しい姿に、ぞっとする。
柚子香ちゃんは小柄で10才くらいに見える。当然だが桃香とは顔立ちが似ている。桃香が金髪なのに対し、柚子香ちゃんは黒のショートだ。髪が長いと治療に支障があるからかなと思う。
骨折とか盲腸とかすぐ治りそうな病気やケガで柚子香ちゃんは入院しているんじゃない。何かの重病でずっと治療を続けないといけなさそうな感じだ。
白血病……小児ガン……?
泣きゲーとか小説だと、そういうのだけど、抗ガン剤治療で髪の毛がなくなっちゃうんだよな。柚子香ちゃんに髪はあるから違うのかな。
ガンじゃないとしても大変そうなのには変わりない。
氷室さんが桃香を付け回すのは止めておけと言ったのは、柚子香ちゃんが病気だと俺が知って、ショックを受けるからだったんだ。
「写真……ありがとう……」
柚子香ちゃんは右手にスマホを持っている。桃香のスマホとは別の色だ。
「へへ、あたしだけいい暮らしをして、柚子香に悪いんだけどな」
「ううん……お姉ちゃんが……幸斗さんと……楽しいの………うれしい」
推察するに、桃香は俺との同棲の写真を柚子香ちゃんに送って見せているのだ。
入院生活は暇そうだから、桃香が柚子香ちゃんの話し相手になっているのだろう。桃香がずっと歩きスマホしているのは、柚子香ちゃんにメッセージやら写真を送りまくっているからなんだ。
「あたし、がんばるからな。柚子香もがんばってくれ」
「うん……ぜったい……幸斗さんの……お嫁さんに……なって……ね」
二人の会話を聞いていて恥ずかしくなる。
桃香にものすごく同情してしまいそう。桃香は毎日のように柚子香ちゃんのお見舞いに来ているやさしいお姉ちゃんなのだ。
俺は桃香と柚子香ちゃんを助けてやりたくてたまらない。
桃香の良い面をいっぱい見てしまって、どんどん好きになっている。
お嫁様バトルロワイヤルのランキングが変わってしまうから、氷室さんは見せたくなかったんだ。
柚子香ちゃんが苦しんでいるのを無視しようとするなんて、氷室さんは血も涙もない。
まあでも……結局、俺に教えたわけだから、氷室さんをそこまで悪く思わないようにするか。
けほっ けほっ けほっ けほっ
柚子香ちゃんが咳込んでいる。
「ごめん、無理してしゃべんなくていいよ。水飲んだら? あ、水なくなってるじゃん」
桃香が水を汲みに部屋から出てくる気がする。
やばっ
俺は慌てて階段の方に駆け戻る。
振り返ってみると、桃香が廊下の奥の方に水差しを持って行った。
危うく見つかるところだった。
これ以上、盗み聞きするのは止めておこう。
俺は車に戻った。
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