73 桃香の秘密3
◆◇◆
氷室さんは、桃香の実家のあるアパート近くの路上で駐車させる。サングラスを外した。
「あれが桃香様のお住まいですよ」
氷室さんが示した方向にあるのは、築40年くらいに見える2階建てアパートだ。トタンが赤錆だらけで、地震が来たらすぐに崩壊するんじゃないかと思える。児童養護施設もオンボロだったが、それ以上だ。
「桃香はこんなところに住んでいたんだ……」
俺もサングラスを外してジロジロ見る。
先日、桃香はクリームパン2個が買えて、プチリッチと言っていた。生活は楽じゃないと思っていたけど、想像以上に貧しい感じ。
「ここの2階の角の部屋です。桃香様は母子家庭で、母親と暮らしています。シングルマザーの暮らしは厳しい人が多いですね。生活保護を受けた方が豊かな生活ができますが、桃香様がイジメられるからと、母親は生活保護を受けたことはありませんよ」
氷室さんが詳しい事情を教えてくれる。
さっきは聞いても答えてくれなかったのに。
家を見せて説明しないと、リアリティが伝わらないからだろう。
偉いなあ……桃香のお母さん。
俺は児童養護施設で税金のお世話になっていた身だ。俺でさえも生活保護とか税金で食っている人間の方が優雅に暮らしているってのはおかしいと思う。
「そもそもの話……桃香とか女の子がお嫁様バトルロワイヤルに参加するに当たって、前金は払われているんですか?」
俺は氷室さんに尋ねる。女の子の親とどういうやり取りがあったのか俺は詳しく聞いてなかった。
「いいえ。私からは、女の子の親や本人にお金を一切払っておりません」
「そうだったんだ……タダでよく参加してくれたね」
「幸斗様は大金持ちですが、あくまでお嫁様になれた時に、女の子が大金を手にすることができると説明してあります。前金を払うことで、女の子のモチベーションが下っちゃうといけませんから」
「うう……女の子に厳しい条件を飲んでもらっているんだ。それで、桃香の家は生活が苦しいままなんだな」
「桃香様が来ますよ」
氷室さんがタブレットを見ながら話す。
曲がり角から桃香が現れる。
相変わらず歩きスマホをしているので、こっちの方を全然見ない。
桃香は階段を登っていき、2階の1室の前で鍵を開けて中に入って行った。
「母親は今、部屋にいるの?」
「いないと思いますよ。母親は清掃員とコンビニのパートを掛け持ちして、早朝から深夜まで働いていますから」
「すごい働いているなぁ 大変だ。じゃあ、桃香は今何をしているの?」
「家事ですよ。仕事でくたくたになる母親の代わりに、皿洗いや洗濯をしているんです」
え――――!?
衝撃を受ける。桃香はタワマンに引っ越した後も、母親を助けるためにわざわざ毎日帰っていたのだ。
「桃香は親孝行な良い子じゃんよ」
俺の桃香に対する好感度は上がりまくりだ。氷室さんは俺に隠すことなかったように思う。
「ですね……桃香様の家事は1時間くらいかかります。スマホでもして時間を潰していたらいいですよ」
氷室さんはそう言うものの、俺は桃香が気になるからスマホで時間潰ししない。
車から降りて、アパートの裏側に回った。裏は空き地だ。柵越しにアパートを見ることができる。
2階はベランダになっている。桃香の部屋のカーテンがさっと開いた。
俺は咄嗟にしゃがむ。身を低くして、見上げる。
桃香はニコニコしながら窓を開ける。家事をするのが嫌じゃなさそう。
普段は何事にもめんどくさいと言って、ダルそうなのに。
桃香は部屋の奥に行ってしまう。皿を洗うんだろう。俺は柵にもたれかかる。
時どき振り返って、桃香の様子を窺った。
掃除機の音が聞こえてきた。桃香がかけているんだ。こんなキチンとした子だって思わなかった。ゴミ屋敷になっていても気にしなさそうなのに。
金髪ギャルが家事するのって新鮮だな。ギャップがすごい。
15分ほどで掃除機の音が止んだ。
桃香はベランダに出てきて、洗濯した服を干し始める。
最初に洗濯機をセットして、掃除機をかけ終わったところで洗濯がちょうど終わるんだ。
きっちり段取りを組み立ててるのに感心する。さくさく手際よく家事を片付けていく様子はまるで主婦。長年やってきて慣れてる感じがする。
洗濯物を干し終えた桃香はカーテンを閉める。また出掛けるのだと判断して、俺は車に戻った。
桃香がアパートから出てくる。歩きスマホしながら階段を降りる。
「危ねえ。桃香って重度のスマホ依存症だよな。桃香はスマホで何やってんだろ。まさかパパ活の相手でも募集してんのか」
「ふふ、どうでしょうね」
氷室さんは含み笑いする。桃香がスマホで何をやっているか知っているっぽい。きっと桃香のスマホを盗聴するアプリを仕込んでいるのだ。氷室さんは探偵というよりも、工作員の域だよな。
桃香は曲がり角で姿が見えなくなる。
「今度はどこに向かってるんだろう」
「今岡市民病院ですよ」
氷室さんの答えに驚く。
「病院……桃香は病気なの?」
「行けばわかりますよ」
氷室さんはエンジンを掛ける。




