15 ファーストキスを捧げさせていただきたく
「ええと、あ、あの……」
麿莉奈がモジモジしている。
「ん、何?」
「ウチが幸斗さんを好きって言うのを証明させていただきたくてですね……あの、その……ウチのファーストキスを幸斗さんに捧げさせていただきたいのですが」
麿莉奈が顔を真っ赤にして告げた。
「な……」
「幸斗さんはモテるから、もう他の女の子とキスしてはるやろうけど。ウチの初めては幸斗さんがいいんです」
「い、いや、俺、したことないから」
咄嗟に白状してしまう。
「ほんまですか!?」
「おかしいかな……」
「いえ、すばらしいです」
麿莉奈の目に☆マークが映っているように見えた。俺が他の女とキスしてないのがそんなにうれしいんだね。
「……うう」
俺はちょっと困って川面を見つめる。
「幸斗さんの初めてをいただくのは恐縮なのですが、せっかく鴨川に来ておりますし。ファーストキスの思い出を作るにはふさわしい場所なのです」
麿莉奈の話し方は没落令嬢らしく、妙に丁寧。ファーストキスの特別感を演出してくれている。
さっきのカップルもキスしてたし、鴨川ってのはそういう場所なんだろうけど。
どうしよう……どうしよう……
鴨川に俺を連れてきたのは、麿莉奈は元々ここでキスを迫るためだったのかもしれない。俺は罠に嵌められたのか……いや、そういう捉え方は良くないね。麿莉奈は俺が好きだから、ここで思い出を作りたいんだ。
麿莉奈とはお互いに好意を持っていることを確認できたんだから、キスしてもいいじゃんという気分になってしまう。
麿莉奈とキスしたら、他の4人の子ともキスしないといけなくなるが、すればいいってことになる。間接キスをすでに、桃香、千紘姉さん、藍、麿莉奈としちゃってるし、直接キスは今さら感がある。
麿莉奈がすごくキスしたがっているし、俺も正直ドキドキして、キスしちゃいたい。
……よ、よし、キスしよう。
俺は麿莉奈に顔を向ける。
麿莉奈も俺の方に真っ赤な顔を向ける。唇をすぼめた。
お互いに顔を近づける。
……
唇が触れ合う――
瞬間に俺の千紘姉さんの顔が思い浮かぶ。
ハッとして、顔を引いた。
「ごめん。やっぱり今日はなしで」
俺は麿莉奈に合掌して謝る。
「どうして……」
麿莉奈が寂しげな顔になる。
「展開が急だったから、俺の心の整理ができてないんだ」
俺はずっとファーストキスは千紘姉さんがいいと思い込んできた。やっぱり急にはこだわりを捨てられない。
「そうでしたか……ウチの方こそ失礼いたしました」
「いや、麿莉奈は悪くないんだ。俺の問題だから気にしないでね」
ファーストキスで盛り上がろうとしたところを、未遂にしてしまったら気まずい。麿莉奈を慰める。
「千紘さんが気になるんですね」
麿莉奈が呟く。
「…………」
図星なので、何も言い返せない。
女の子の勘って鋭すぎる。
「いいなあ、千紘さんは。幸斗さんと早く出会えたから。ウチだって、もっと早く幸斗さんと出会いたかったわー」
麿莉奈は川の方を向いて話す。焼きもちを焼いている感じが伝わって来る。
麿莉奈も千紘姉さんと同じくらい良い子だし、キスしてあげても良かったんじゃんと思う。千紘姉さんとは過ごした時間が長いけど、麿莉奈は急速に仲を深めてくれた。
「本当にすまない」
「いいんです。幸斗さんが女に誘惑されて、すぐに乗り換えちゃうような浮気な方じゃないってわかりました。ますます好きになりましたので♡」
麿莉奈は俺の方を振り向いて、笑顔を見せてくれる。
「キスをしない臆病な俺に気を悪くしないでくれて、麿莉奈こそやさしいよな」
「鴨川で好きな人と座るっていうウチの夢をかなえて下さったので十分です。さ、次のところに行きましょう」
麿莉奈が立ち上がるので、俺も立ち上がった。
◆◇◆
麿莉奈と手をつないで鴨川の河原を歩く。
「もうちょっと歩いて、祇園さんでお参りして行きませんか?」
「祇園さんて?」
「八坂神社のことです。祇園祭は本来、八坂神社のお祭りなんですよ」
「へえ。八坂神社って聞いたことがある」
「参拝客がとっても多い神社ですから。初詣の三が日で100万人もお参りにきて、身動きできないくらい混雑してるのがテレビのニュースになりますよね」
「すごいな」
「祇園さんは病気を司る神様やから、病気になりませんようにってお祈りするんです」
「いいねえ、行こう」
麿莉奈と俺は鴨川の岸を歩いて行き、土手を登る。
四条大橋を渡った。
道の向こうに、朱塗りの門が見える。
「あれが祇園さんの入口です」
麿莉奈と手をつないで歩いて行く。
木造の土産物屋や料理店が多いし、提灯がたくさん吊り下げられている。夜になって、幻想的な風情が漂っている。
「和風な雰囲気がひときわするエリアだね」
「祇園は昔ながらの茶屋街やから。舞妓はんや芸妓はんとお座敷遊びをするところです」
「俺みたいな田舎者が、京都って聞いて思い浮かべるイメージはこんな感じだよ」
「祇園ほど京都っぽいところはもう少なくなりましたからなぁ ウチもこの辺りは好きです」
向こうから、顔に白粉を塗った着物姿の女の子が二人歩いてくる。
「おおっ 舞妓さんだ」
「お座敷に呼ばれてはるんやわ」
舞妓さんに通行人がスマホをかざして、写真を撮りまくっている。
俺は立ち止まって、舞妓さんが通り過ぎて行くのを見送った。
「舞妓さんてほんとにいるんだなぁ」
「今のは観光客が舞妓のコスプレをする偽舞妓とは違いますね」
「偽舞妓がいるんだ!? どうやって見分けてるの?」
「素人だと長い裾の着物をうまく着こなせませんから、裾をからげるんです。今の舞妓はんたちは上手に着こなしてました」
「さすが……着物のプロだね。俺にはわからないハイレベルな戦いが繰り広げられているんだ」
からげるって意味がわからないんだけど、着付けのやり方が色々あるんだな。必殺技みたいなのを使っているって、わかる人にはわかるんだな。
「ふふ、幸斗さんも芸者遊びをしていかはりますか。一見さんお断りやけど、お父さんに言えば紹介してくれますよ」
「えー いいよ。麿莉奈とデートしてるのにとんでもない」
「うれしいわー 幸斗さんが女遊びをしはらへん方で」
麿莉奈が右腕にぎゅっと抱きついてくる。
「当たり前だよ」
俺には舞妓さんよりも美しく着飾った麿莉奈がくっ付いていてくれますからね。
しかも麿莉奈からお嫁様バトルロワイヤル続行を聞かされたばかりだし。
俺は麿莉奈に自由に生きてほしいと思っていた。でも別れたくもなかった。
麿莉奈が俺を大好きで、俺のそばにいたいと言ってくれてうれしすぎる。麿莉奈を大事にしたい。
タワマンに戻ったら、俺はまた5人の女の子に平等に接しないといけない。でも、お泊まり旅行の今日明日だけは、俺は麿莉奈のことだけを考える。
俺たちは朱塗りの門をくぐって、八坂神社の境内に入っていく。夜だからか、他に人はあまりいない。
本殿の前に二人で立つ。
俺が賽銭箱に一万円札を投入。
麿莉奈が縄を揺らして、カランカランと鈴を鳴らす。
二礼二拍手一礼。
「幸斗さんがずぅっと健康で、長生きしてくださいますように」
麿莉奈の願い事が聞こえて来てびっくりする。
「神頼みされちゃうのか……」
俺を大事にしてくれる麿莉奈の切な気持ちが伝わってきて胸を打たれる。
「千紘さん、桃香さん、藍ちゃん、ニーナちゃん、氷室さんが病気になりませんように。柚子香ちゃんの病気が治りますように」
麿莉奈が願いを唱えている。お嫁様バトルロワイヤル参加者は麿莉奈にとってライバルなのに、健康を願うなんて。
忌々しい女王様の氷室さんと桃香の妹の柚子香の分まで祈ってくれるなんて、麿莉奈はやさしいな。
麿莉奈はやさしい子であると俺を欺きたいのかもしれないけど……麿莉奈がバトルロワイヤルで正々堂々勝ち抜きたいっていう純粋な気持ちだと受け止めておこう。
俺は目を閉じて合掌。
みんなの健康を祈る。あと、タワマンでの暮らしが平穏でありますようにと願う。
ちょっと前の俺だったら、千紘姉さんと結婚できますようにって祈ってたんだろう。八坂神社が結婚のご利益を授けてくれる神様なのかどうか知らないけどね。
でも今は、誰と結婚したいか決めかねる状況。先行していた千紘姉さんとニーナちゃんを、麿莉奈、藍、桃香が急速に追い上げて並んでしまった。まさか俺の気持ちが揺れるなんて思ってなかった。大した子たちだよ。
これほど熾烈なバトルロワイヤルになるとはね。争いがヒートアップして、ケンカにならないといいな。
俺は目を開ける。
麿莉奈が俺の方を見ていた。
「願い事は十分にしはりましたか?」
「うん」
俺が何を願ったのか、麿莉奈は聞かないでいてくれる。俺が千紘姉さんと結婚したいって願っているかもしれないから、聞くのが怖いんだろうな。麿莉奈の内心では、俺のお嫁様になれるのかどうか、不安でたまらないはずだ。
麿莉奈は俺と出会うのが一番遅かった。しかし不利な条件にもめげずに頑張っていて、健気な子だと思う。
「じゃあ、宵山に行きましょう」
麿莉奈が笑顔で左手を差し出してくる。
俺は右手を重ねる。
麿莉奈が指を絡めて、恋人つなぎをした。




