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6 没落令嬢がいよいよ窮地に

 ◆◇◆


 7月中旬の平日の夕方。

 氷室さんが、学校からタワマンに帰って来たばかりの俺と磨莉奈を応接室に呼び出した。氷室さんはグレーのスーツ姿で仕事モード。


 応接室は4人分のソファがある小部屋。複数人相手の相談事がある時に使っている。窓が一つ。夕焼け空が見える。

 氷室さんが俺と磨莉奈に向き合って座る。


 俺と磨莉奈の共通の話題って何……?


「こほん、磨莉奈様の実家の会社、御池電機の再建が思うように進んでいません」

 氷室さんの話は思いがけない。


「ええと……」

 俺は磨莉奈と出会った経緯を思い出す。

 

 御池電機は倒産寸前だったところを、俺のじいちゃんの会社、六文銭ホールディングスが救済したらしい。磨莉奈を俺のお嫁様候補として差し出すことを条件として。


 磨莉奈がお嫁様に選ばれなければ、御池電機の救済は打ち切られる。磨莉奈は従業員3万人の生活を背負ってバトルロワイヤルに参加しているのだ。


「御池電機のリストラを進めようとしていますが、社員が頑強にリストラに反対しています。想定以上に赤字を垂れ流しているので、六文銭ホールディングスも手を引かざるをえないと」

 氷室さんの声音は暗い。


「え……」

 磨莉奈が絶句する。俺が横目で見ると磨莉奈の顔が青ざめている。


「今の社長は六文銭ホールディングスから派遣されていた人ですが、(さじ)を投げて逃げ出してしまいました。「御池電機はもう死んでいる」と言い残してね。想像以上に腐った会社のようで、このままでは御池電機は倒産です」

 

 お前はもう死んでいる……という有名なセリフとに似た響きだ。

 

 ぴぷー

 アベシッ

 ヒャッハーの体が弾け飛ぶ様子を想像してしまう。

 

「そんなっ ウチが聞いてる話と違う」

 磨莉奈が狼狽(ろうばい)する。


 きっと磨莉奈はバトルロワイヤルの結果が出るまでは御池電機は助けてもらえると聞いていたんだ。でなければ、バトルロワイヤルに参加する意味がないから。


「残念です。会社にしがみつく老害どもが(あふ)れかえっているばっかりに。ふぅ」

 氷室さんが嘆息する。


「無能な奴らはクビにすりゃいいじゃないですか?」

 俺は至極真っ当なことを言う。


「日本では社員を解雇するのはとても難しいんです。不可能と言ってもいいくらい」

「会社が倒産するのにですか?」


「老害はバカで厚かましいです。最後には六文銭ホールディングスが助けてくれる。本当に倒産はしないだろうってタカをくくってますよ」

「ふざけんなっ」


「ほんと、バブル世代以上は人生イージーモードで甘やかされて来ましたからね。舐めてるんですよ」

 氷室さんの話に俺は怒りが湧いて来る。


「ゴミどもめ。倒産させてやればいい」

「ですね。バブル世代も大変だとか言う人がいますが、私に言わせれば氷河期世代以降の若者の辛酸とは比較になりません。今から地獄を味わわせてやりましょう」

 氷室さんも同意見。


「待って。倒産はさせないで下さい」

 磨莉奈が止めてくる。


「でもさぁ話を聞いた限りだと、倒産させちゃった方がよくない? 無能な奴らは自己責任だよ」


「ウチの親はどうなるんですか?」

 磨莉奈が氷室さんに尋ねる。


「普通の大企業のオーナーは、会社が倒産しても個人資産を差押えられることはありません。ですが、磨莉奈様のお父様は個人資産を担保に差し出しています。しかも闇金で多額の借金までして、御池電機を支えています」


「そんな……お父さんが……会社を支えてたなんて」

 磨莉奈は初めて知ったみたいで愕然(がくぜん)とする。


「倒産したら磨莉奈様の家は身ぐるみ()がされて、さらに多額の借金を背負わされますね。磨莉奈様に体を売って返せっていう怖い顔の男が押し寄せて来ます」

 氷室さんが含み笑いする。


 俺は全然笑えない。氷室さんは磨莉奈の家の事情を知ってて、倒産させちゃえって言ってたんだ。相変わらず血も涙もない人だよ。


 没落令嬢がいよいよ窮地に追い込まれている。


「ダメダメ。磨莉奈がかわいそう」

 俺もびっくりして止めにかかる。麿莉奈は昔は何不自由ない暮らしをしていた。なのに風俗に堕とされてジジイの汚いものをくわえないといけなくなるなんて。


「破産の手続きをすれば、体を売らなくて大丈夫ですよ」

 氷室さんはあっけらかんと言い放つ。


「いや……まあ、そうなんかなぁ」

 俺はどうしたらいいのかわからなくなってきた。


「でも、闇金から借りてるのはマズいかもしれません。法律が通用しない相手なので、麿莉奈様がやっぱり体を売らされます」

 氷室さんがすぐに前言を撤回。ダメじゃん……

 

「麿莉奈だけは俺が絶対に守るっ」

 俺は血相を変えて、言い張る。


 断固として俺の持ち金を麿莉奈に渡すことを許可してもらう。麿莉奈はバトルロワイヤルを3か月ほど頑張ってくれた。バトルロワイヤル決着前に金を渡すのは違反なんだろうけど、特例で慰謝料なりを渡させてもらう。


 磨莉奈を見ると放心状態。

 体を売らされる恐怖ですくみ上っているんだろう。

 でもって父親が懸命にやっているのに、磨莉奈は役に立ててないと無力感に打ちひしがれているんだろうか。


「ええと、磨莉奈はどうなるんです? 磨莉奈は御池電機を救済するためにバトルロワイヤルに参加してるんだけど……辞めちゃうんだよね」


「磨莉奈様次第でしょう」

 氷室さんは磨莉奈をちろっと見る。


「……ウ、ウチは……」

「磨莉奈様は実家と無関係にバトルロワイヤルを続けてもいいんですよ。なにしろ嫁になるための教育を受けて来た人ですからね」


「でも御池電機が倒産しちゃったら……」

「会社を助けるっていう使命感がなくなるのですから、モチベーションはダダ下がりでしょう。続けたところで、強力な他の4人に勝てるとは思えませんね」

 氷室さんが残念そうにする。俺も同感である。


「そんなことありませんっ」

 磨莉奈が突然、声を張り上げる。


「え……」

「ウチは幸斗さんが好きや。人生で結婚したいって思う唯一の人」

 磨莉奈は涙声で話す。


 そんなにも俺のこと好きだったの……ほんとに……?


「ほほぅ ではバトルロワイヤルは続行ですか?」

「はい。ウチは4人に負けません」


「実家が破産しますもんね。幸斗様のお嫁様になってお金を得ようとするのは当然でしょうね。なおさらご奉仕を頑張っちゃいますか?」

 氷室さんがゲスいことを言う。


「お金のためじゃありません。ウチは幸斗さんがほんまに好きなんです」

「まあ、そういうことにしておきましょう。ご相談は以上です」

 氷室さんが立ち上がる。


「話は終わり!? 御池電機はどうなるの?」

 俺はキョトンとなる。色々中途半端にしか聞いてない。


「倒産ですが、何か問題が?」

「いやいや、磨莉奈がかわいそうですよ。何とか倒産せずに済む方法はないんですか?」

 御池電機の老害どもを助けてやる気はこれっぽっちもない。だけど懸命な磨莉奈親子は助けたくなった。


 氷室さんは立ったまま窓の方を見て話す。

「六文銭ホールディングスの社長の話では、御池電機の再建は絶望的。ビジネスの鬼だったおじい様が存命でも上手く行くかどうかというくらい」


「む……」

 俺のじいちゃんは裸一貫から大企業グループを作り上げた傑物(けつぶつ)だ。じいちゃんでも難しいなら、今いる人じゃあ不可能ってこと。


「普通の発想では再建は無理。非凡な発想のできる人……例えば幸斗様のような社畜経験のない若者じゃないと成し遂げられないだろうって」

 氷室さんが俺を振り返ってニヤリとする。


「俺!? ただの高校生ですよ」

 突然、俺の名前が出てきてびっくりした。


「日本企業に就職する若者は最初、目を輝かせています。しかし一年もすると全員が死んだ魚の目になる。出る杭は打つ。非凡な才能を押し殺すことにエネルギーを使うという途方もない無駄をやっているのが日本というゴミの国」


「なんて低レベルな……オッサンどもは大変そうな顔して、下らないことしかやってねぇ」

 日本経済がちっとも発展しないのは当然だね。


「ですので、社畜に洗脳されていない幸斗様なら見込みはあると思います。幸斗様が御池電機の社長として乗り込んで行って、改革の辣腕(らつわん)を振るうこともできますが、やりますか?」


「いいの!? 俺、未成年だけど?」


「法律では15才以上で社長になれますから」

 氷室さんが涼しい顔で答える。最初から俺に御池電機に乗り込ませるつもりで話を持って来たのだ。


 もしかすると、御池電機再建は俺に課されたテストなのかもしれない。俺がじいちゃんから1兆円を引き継ぐに値する人間なのか試されている気がする。


 辞退したら、気概がないと判定されて1兆円は没収……


 やれやれ……

 お嫁様バトルロワイヤルで、俺は女の子を品定めする気楽な立場って大嘘。女の子が抱えている問題に俺は巻き込まれざるをえない。

 俺を成長させるため、ワケありの女の子が選ばれていると思えるくらいだ。


 今回のミッションは、老害どもをリストラし、会社を立て直すってことだな。実に明確で、全然難しく考える必要はない。


 老害どもを痛めつけて、辞めさせるっていうのは楽しそう。ククク……やってみたくなってくる。


 俺は磨莉奈と顔を見合わせる。

「俺なんかが社長をやっていいんだろうか?」


「お願いします。ウチは幸斗さんしかいないと思います」

「御池電機にトドメを刺しちゃうかも」


「構いません。どうせ倒産する会社です。存分にやって下さい」

「わかった。やってみる」

 俺は(うなず)いて、氷室さんを見る。


「では早速、社長就任の手続きをします。幸斗様と磨莉奈さんの2人で京都の御池電機に乗り込んでもらいますよ」


「氷室さんは行かないの?」


「私は会社経営のことはわかりませんので。しかし京都に行く前に調べたいことなどがあればおっしゃって下さい。私にできる限りのお手伝いはしますよ」

 氷室さんは、俺たちで頑張って来いというつもりのようだ。


 磨莉奈と京都に旅行することになるってことだ。

 何日行くのかわかんないけど、多分長くはいられない。


 御池電機は倒産寸前だから、時間はない。

 お嫁様バトルロワイヤルやってるから、タワマンを長く不在にもできない。


 短期間で、俺は結果を出さないといけないのだ。

 早くも焦ってくる。


 でも、磨莉奈と2人旅が楽しみだったりもする。磨莉奈の生まれ育った京都で、磨莉奈のことをもっと知ることができそうだ。


「てことは、ウチとのお泊まりデートは京都ってことですね。うれしいわー」

 磨莉奈がこの部屋に来て初めて笑顔を見せる。


 先日、俺は藍と神戸三宮でお泊まりデートをした。他の子ともやるぞ、という話になっていたから、次は磨莉奈ということになった。


「そうだな。京都、行こう」

 老害どもが阿鼻叫喚(あびきょうかん)する様を(さかな)に、楽しいデートにしようじゃないか。ククク

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