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57 先輩が好きすぎます

 ヘリコプターは剣岳を目指して高速で飛んでいる。

 すでにヘリの風防ガラスには北アルプスの雄大な山脈が見えている。

 雪解け前だから、白銀に輝いている。


 堕ちたら死ぬのかもしれない。正直ジェットコースターよりも怖い。

 山岳救助用のヘリコプターらしいからパイロットはこの辺を飛ぶのは慣れているんだろう。無事に飛んでくれるはずと信じる。


「さあ、どんどん山頂に近づいていますよ」

 藍が言うとおり、山の岩肌にヘリが接近していく。

 

 ヘリコプターは北アルプスの山々を縫うように進んでいく。2000メートル級の切り立った山の岩肌が間近にあるので、ぶつからないのかハラハラする。


 ぐんぐん高度が上がり始める。


「まもなく剣岳山頂です」

 スピーカーからアナウンスが流れる。


「すごいなぁ すてき」

 藍が窓の方に寄って感嘆している。


 俺も窓に顔をくっ付けて見ることにした。

 たくさんの山の頂が全部、下に見える。きっともう高度は3000メートルくらいあるのだ。

 山々の合間に(もや)がかかっている。


 ヘリコプターはどんどん減速していく。


「あっ 見えますよ、剣岳山頂の(ほこら)。神様を祀る祠があるんですよっ」

 藍がはしゃいでいる。


 ヘリコプターが山頂を周回してくれる。

 小さい屋根が見えた。祠は、登山者が無事を祈願して建てたものなんだろう。

 山頂は灰色の岩だらけである。登山者はいない。


「剣岳山頂に到着しました。ご指示があるまで上空でホバリングします」


「やったー 着きましたよ、先輩」

 藍が万歳して喜ぶ。

「おうっ やったな」


 ヘリコプターが静止して、ゆっくりと回転してくれている。俺たちが周囲360度を見渡せるように。


 山頂よりも少し高いから、高度約3100メートルの絶景――


 一方は北アルプスの山々がずっとつながっているのが見える。


 反対側は(ふもと)の平野と、彼方(かなた)の日本海が見える。

 どっちの方向も太陽で輝いていて、幻想的な光景だ。


「綺麗です。現実の景色と思えません……」

 藍が息を飲んでいる。


「まったくだ……自分の目でこんな景色を見られるなんて思ってなかった」

 ヘリコプターのガラス越しでも、十分な迫力がある。写真で見るのとは臨場感が全然違う。


「100年前くらいまで、やって来るのが日本で一番難しかったところに来てるなんて感慨深いです」


「チートな方法だけど、楽ちんでいいよ」

 俺はズルしたとは思わない。


「山登りの苦労をしていないから達成感はないですけどね」

「俺は山登りに興味がないから、景色が見られたら満足」


「先輩、記念に自撮りしましょうよ」

「いいね」


「先輩の方に寄りますね」

 藍が俺の窓の方に腰をずらして来る。俺に肩をくっつけた。


 藍がスマホをかざす。

 ヘルメットをしたまま撮影だ。


 パチリッ

 パチリッ

 藍は何度も撮影。ヘリが微妙に揺れるから、ちゃんと撮れているかわからない。


 藍がスマホを覗き込んで確認する。

「うん、ちゃんと撮れてます。大好きな先輩と思い出の写真が撮れました」

「一生の思い出になるよ。これはすごい」


「記念にキスしませんか、先輩♡」

 藍が甘えた声を出す。

 そして俺の膝に乗って抱っこされる姿勢になった。


「いいっ!?」


「ちょっとくらいならヘルメットを外してもいいんじゃないですかね」

「し、しかし……」


「剣岳上空なんて最高にロマンチックじゃないですか。自分も一応女の子なので、ムードがあるところで大好きな先輩とキスしたくなるんですよ」


「あはは、どうしよう……」

 気恥ずかしくて笑ってごまかそうとする。


「ふふっ 先輩はやさしいですからね。他の女の子にキスしてないのに、自分だけキスするわけにいかないって思っちゃいますよね」

「まあそのとおり。せっかくだけど、ごめんね」


「残念。今日のところはヘルメット越しで我慢します。先輩、大好きです♡ ちゅっ」

 藍が俺のヘルメットの口元に自分の口元をコツンとくっつける。ちゅっていう音も出して、キスするまねをしたのだ。


 ヘルメットのアクリルガラス越しだから、唇が触れ合うわけじゃない。でも藍の気持ちが伝わって来てドキドキした。


「ああもう、先輩が好きすぎます。ちゅっ ちゅっ」

 藍は俺に抱きついて来て何度もヘルメット越しのキスをしてくる。藍を抱っこしてると、体の柔さも伝わってくる。


 神戸三宮でお泊まりデートをして以来、藍は俺を大好きになってしまった。

 お父さんの命日で寂しかった藍を甘えさせてやったし、悪者から藍を守ろうとしたからな。


 俺としては当たり前のことをしただけなんだけど……毒舌家の藍ですら、心が動いたみたい。俺に対してストレートに感情を伝えてくるように藍は変わった。


「幸せ……」

 藍は俺にくっついて、うっとりした声を出す。


「俺もだ」


「今の最高の気分のまま死にたいです。ヘリコプターが墜落しないかな。先輩と一緒に死んだら、先輩は自分の物ですね」

 藍がとんでもなく不穏なことを呟いている。いくら俺を好きすぎるからって、さすがに怖くなる。


「おいおい……死ぬのは勘弁してくれ」

「ふふっ 冗談ですよ」

 藍が身を離す。


「冗談に聞こえないところがあるんだよな、藍は」

 苦笑してしまう。


「さてと、剣岳上空で先輩の写真をいっぱい撮っておきたいです」

 藍が俺と間合いを空けてスマホを構える。


 俺は窓際で藍の方を向いて、両手でピースした。


 パチリッ

 パチリッ

 藍が俺の写真を撮りまくる。


「先輩の写真集がますます充実します。高度3000メートル超の極めてレアな写真です」

 藍はご機嫌。俺の写真集なんか作ってたんだ……


「なんか恥ずかしくてなってきた。藍も撮らせてよ」

 俺は右手を差し出して、スマホをもらうとする。


「あ、はい。じゃあ撮ってください」

 藍がスマホを渡してくれる。


 俺は藍がピースしている姿を何枚も撮影。

 お互いに撮りっこを楽しんだ。


 30分ぐらいホバリングしてもらっているうちに雲が流れていったり、太陽光の変化で、景色が変わっていく。

 美しさにため息が出っぱなし。


「どうですか先輩、ご満足いただけましたか?」

「うん。しっかり見たよ。この光景は一生忘れないと思う」


「では次のデートコースに行ってもいいですね」

「うん。本当にありがとうね」

 俺はヘリコプターで登山っていう藍のアイディアに感謝しまくりである。


 藍が機長に、次の目的地に行ってもらうよう伝える。


 ヘリコプターが飛行を再開した。


 ◆◇◆


「次は白部(しろべ)ダムに飛んでもらいます。先輩は行ったことありますか?」

「いや、ないよ。日本最大級のダムっていうのは聞いたことあるけど」


「きっと壮観ですよ。着陸したらお弁当食べましょう」

「いいねえ」


 ずっとヘリコプター乗ってると、ちょっと怖いんだよね。着陸して、落ちつきたいところである。


「自分はこっちの県に引っ越してきた余所者(よそもの)なので日帰りデートの行き先を色々調べたんですけど、白部ダムはすごいですね」

 藍が興奮して話す。


「そうなんだ」

 俺は地元民のくせによく知らない。白部ダムは山奥だから行く機会がなかった。


 ダムはデートで行くところなのか、という疑問は言わないでおく。街からかなり離れているので、地元民でも高校生はあまり行かない気がする。


 ヘリコプターは地表から300メートルくらい上を飛んでいる。

 地表は緑に覆われた山々が連なっている。


「険しい白部渓谷(しろべけいこく)でのダム建設工事は困難を極め、殉職者(じゅんしょくしゃ)171名を出して、ようやくダムが完成しています。他のダム工事より5倍以上も死亡率が高かったんですよ」

「そんなにお亡くなりになったんだ……」


「白部ダム建設工事でケガをすることはない、崖から転落したら必ず死ぬと言われていたそうです」

「なんて恐ろしい」

 俺は藍の解説に戦慄(せんりつ)するばかり。


「尊い命のおかげで、膨大な水力発電がなされています。日本経済の礎となるダム建設を(にな)って下さった方々には感謝の念が止みません」

 藍のお父さんは警察官で、殉職している。暮らしを支える人に対しては、とても共感するんだろう。


「むぅ……デートで浮かれた気分でいてはよろしくない気がして来た。真剣に見て回らないといけないとな」


「すみません、先輩とのデートだというのに悲しい気持ちになっちゃうような場所に連れて行って、ダメですよね。社会科見学みたいで楽しくなさそうだし、行くのは止めておきますか?」

 藍が不安そうな顔を向けてくる。


「いや、連れて行ってよ。恥ずかしながら地元民のくせに全然知らなかったし。尊い命が犠牲になったってことは知っておかないと」


「先輩はほんとやさしいですよね。自分のような変わった女の子にも合わせてくださって」

「合わせてるつもりはないんだけど……藍が俺の知らないことを教えてくれると、世界が広がっていいよ」


 お嫁様候補5人がみんな違ったデートコースを考えてくれて、俺が行ったことのないところに連れて行ってくれている。

 特に藍は、他の4人と比べて奇抜(きばつ)である。

ご愛顧ありがとうございます。

読者の皆様、よいお年を。

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