第九十五話 イミテーションシスター⑥ ※イラスト有り
スラムにある倉庫の中、帰還した魔導核を見たプラティボロス商会の従業員達は思わず声を上げた。
「まさか魔導人形に使われるとは」
「ええ。しかもこの魔導人形、造詣は荒削りなところも多いですが、軽く見ただけでもかなり高い技術が使われていますね」
魔法に関わる商品を扱う彼等は魔術師としての技能もある程度持ち合わせており、その目利きは確かなものだった。
事実、プラムは一般的な魔導人形より高性能である。言うまでも無いが、元になったナタリアはそれを遥かに上回っている。
ただの魔導核のテストだったが、思わぬ拾い物をしたものだ。そう誰もが喜んだ。
「一刻も早く本部に送って解析しなければ。アロルドさんは?」
「転送術式の調整に苦労してるらしい。魔導核の再生機能は停止させておくぞ」
従業員が小さく何かを呟くと、プラムの腕と胸を覆っていた白い肉は風船から空気が抜けるように萎み、魔導核の中に吸い込まれた。
プラムは自身に起きた事を確かめるように、鋼糸の絡まったヒビだらけの手を見詰め、そして納得したのか従業員達を見上げて口を開いた。
「魔導核に上位命令を書き込んでいる事を通知せずに販売する、購入者の承諾を得ずに命令を発動する行為は違法です。早急に私を解放してください。今ならばまだ間に合います」
プラムが淡々と、しかし流暢に告げると、従業員達は目を丸くした。
「言語機能も高性能ですね。まるで生きてるみたいだ」
「作った奴の趣味なんだろ。普通はたかが人形にここまでの性能は着けないし」
「いくら人間に似せたところで所詮は人形なのに、おかしな奴もいたもんだ」
そう言って一人は肩を竦める。
彼等にとってプラムに使われている技術に商品価値を見出してはいるが、魔導人形に別段思い入れがあるわけでもない。人形は人形。人に使われる為の道具である。彼等は世界中のおおよその魔術師と同様に、そう考えている。
「今の発言がマスターへの侮辱なら、撤回を要求します」
プラムは従業員達を見上げ、やはり淡々と、しかし確かな口調で告げる。
「やっぱりこの人形は内部の思考部分も優秀なようですね」
「ああ、今後の色んな商品に応用出来るだろうな」
だが彼等はやはり、その言葉の意味を真摯に受け止める様子は無い。彼等にとってプラムはあくまでよく出来た人形なのだ。
「まあいい。こっちに―」
「待てぇい!」
従業員の一人がプラムに声を掛けようとした瞬間、吹き抜けの倉庫の中に朗々とした声が響き渡った。
「不正な商品で客を騙す貴様らの悪行、この耳で確かと聞いた!」
反響する声の発生源を探してきょろきょろと見渡す従業員達。
「居た! あそこだ!」
一人が指差したコンテナの上には、青い衣装と白いウサギの仮面を着け、白いウサギの耳を生やした女が立っていた。
「闇に蠢く悪を切り裂く正義の刃、バニームーン! 月に代わっておしおきよ!」
このあと滅茶苦茶絶句した。
ルリの先導で学園の外に出て進み、荒れた周囲の町並みを抜けて着いたのは一つの建物だった。人目を避ける為に迂回したりして少々時間が掛かったが、ルリの聴力のお陰で何とか見失わずに済んだ。
「プラティボロス商会?」
建物の看板にクリスティナが反応した。
「クリスティナさん、何か心当たりが?」
「そ、その、プラムの魔導核はプラティボロス商会のアロルドという人から買ったんです」
「ほう。それは」
そのアロルドという男が不良品の魔導核を売り付けたか。いや、そんな解釈はまだ好意的過ぎるな。そいつがプラムの魔導核に何か細工をしていたのだろう。
プラムを取り戻したらきっちり報復させてもらう。
「クリスティナさん、一応確認しますが、たとえ魔導核に上位命令があったとしても、プラムと魔導核の所有権はクリスティナさんにあり、それを私達が取り返そうとするのは正当な行為である。違いありませんね?」
「ええと……はい。大丈夫です」
クリスティナは状況を整理するように小さく呟くと、やがて結論が出たのかはっきりと頷いた。
勇んで行ったのにこっちが違法だったなんてオチは笑えないからな。何をしても良い訳じゃないが、これで少しは楽になる。
とは言え、プラムを取り返してそれで済む話じゃない。魔導核に設定されている上位命令を書き換えないと、プラムはいつまで経っても自由になれない。その為には魔導核のパスワードを聞きだす必要がある。
「二手に分かれましょう。私が正面からお客としてクレームを着けて注意を惹き付けますから、その間にナタリアさんとルリさんは裏から侵入してプラムを奪還してください」
「危険です。プラムの救出なら私が一人で行きますから、ルリをそちらに同行させてください」
クリスティナが提案は自身の身の安全を考慮していない。こんな詐欺同然の方法で魔導核を扱う連中にクリスティナ一人で正面から乗り込むなど、それこそ子リスが狼の群に飛び込むようなものだ。
「いえ、プラティボロス商会はそれなりに名の通った商会ですから、クレームの対応で評判を落とすような手荒な真似はしない筈です。むしろこんなスラムにある倉庫なんですから、きっと裏や中の方が危険です。ですからナタリアさんとルリさんの二人で行ってください」
クリスティナのいう事は一理ある。だがそう言う彼女の脚は震え、今にも崩れ落ちそうだ。
「私はプラムのマスターですから、これくらいのリスクは負って当然です」
「それを言うなら私はプラムの姉です。リスクを負う義務は私にもあります」
「プラムにナタリアさんを姉だと教えたのは私の我侭です。それなのにナタリアさんは本当の姉妹のように接してくださって、本当に感謝しています」
「だったら―」
「ですから。プラムを本当に妹と思ってくださってるのなら、どうか助けてあげてください」
俺の台詞に被せて遮ったクリスティナは深々と頭を下げた。もともと大人しく引っ込み思案だった彼女だが、それでも伯爵令嬢なのだ。なのに魔導人形に頭を下げるなど本来は許されない。
「行きましょう、ナタリア。これだけ覚悟決めてるのに食い下がるのはかえって失礼よ」
ルリが俺の肩を掴んで引き止める。俺だって判ってるさ。
「危なくなったら必ず逃げてください。プラムを救出しても、貴女に何かあったら意味がありませんので」
「はい、気を付けます」
そう言うクリスティナはやっぱり震えていた。
俺とルリは裏手に回り、無用心にも鍵の掛かっていない扉があったのでそこから侵入した。
「?」
「何かあった?」
「いや、よく判らないけど変な感じ、多分気のせいだと思うけど」
何か違和感があるような気がしたが、周囲に変わったものは無い。
それより今はプラムだ。
商品が入っているであろう大きな木箱の陰から様子を窺うと、プラムは男達に囲まれていた。数は…五人か。
プラムの腕と胸を包んでいた白い肉は魔導核に吸い込まれ、露になった亀裂だらけの手は絡まった鋼糸でかろうじて形を保っているように見える。勿論プラムに痛覚など無いが、その光景は見ているだけで痛々しい。
「今そこの男が何か言ったらプラムちゃんの腕が戻ったわね」
「何かって?」
「呪文のようだったけど、ごめん、こっちの国独特の術式みたいで上手く聞き取れなかったわ」
ウサギ半獣人の聴力でも聞き慣れない言葉の判別は難しいか。
けど、これでやるべき事は決まったな。
「その男がプラムの魔導核のパスワードを知ってるんだろう。なら捕えて吐かせる」
「だったら私が囮になるわ」
「大丈夫か? 刀は持ってきてないんだろ?」
もともとプラムを研究室に送った帰りに事件が起きて、用意を整える間も惜しんで出てきたので、ルリは以前冒険者ギルドで見せた刀を持っていない。流石に丸腰は危険だろう。
「一応短刀は常に持ってる。それに多少の魔法も使えるから心配要らないわ」
そう言ってルリは帯の隙間から30cmほどの鍔の無い刀を取り出した。
「それとお互いに名前は呼ばないようにして、出来れば顔も隠したいんだけど」
「そうだな」
俺もルリも主人に仕える身だ。負ける気はしないが、何かあって迷惑を掛けるわけにはいかないからな。
収納空間の中から魔物の骨と錬金鍋を出し、即席の仮面を作る。
「あ、ここのデザインはもっとこう」
「こんな時にそんなの拘るなよ…」
出来上がった仮面を着け、それぞれに行動を開始した。
そして
「正義の刃、バニームーン! 月に代わっておしおきよ!」
ツッコミたい。今すぐ出て行ってあいつの頭を張り倒したい。
言われた通りに作っておいてなんだが、なんでウサギの半獣人がウサギの仮面を着けるんだよ。耳が四つあるじゃねぇか。
それに何だよ、その台詞。時代劇っぽい口上かと思ったらいきなり美少女戦士だよ。わけわかんねぇよ。
積まれた木箱の後ろからプラムのすぐ傍まで近付いたのに、俺は違う何かと戦っていた。
「小さな美少女を不法に連れ出し、あまつさえ無理矢理従えようなど羨ま、ゴホン、不埒千万!」
おい、今羨ましいって言い掛けたぞ。
「何者か知らんが、バレたからには仕方が無い。お前達、取り押さえるぞ!」
「おうっ!」
男達がルリを捕えようと動き出した瞬間、俺も木箱の陰から飛び出した。鋼糸を操ってプラムとパスワードを唱えていた男を素早く拘束する。そして男の背後から見せ付ける様に魔力刃を突き付けた。
「動くな」
「ぐっ」
男だけでなく、その場の全員に告げる。
人質を取った事で全員が一様に動きを止め、緊張した面持ちでこちらを注視する。
「よくやった、シルバーバレット!」
なんか勝手に名前付けられた。
「その人形の魔導核のパスワードを吐いてもらおうか。素直に吐けば命までは取らん」
「待て、俺は知らない」
「さっき白い腕を停止させてただろう。あれはパスワードが無ければ出来ない命令の筈だ」
「……」
「黙っていれば何とかなると思うなよ。お前達のこれまでの悪事の証拠は警備隊に報せてあるし、俺達の後ろにはある貴族が着いている。詰みだ」
勿論ブラフだ。こいつらのこれまでの悪事など知らないし今回の物的な証拠も無い。伯爵令嬢であるクリスティナが関わっているが伯爵家自体が後ろに着いているわけではない。
「……判った」
だが効果はあったようで、男は諦めたように俯いた。
正直言って、俺はこいつらを舐めていた。いくら違法な商売をしていようが、スラムに施設を構えていようが、所詮は商人。大した戦闘経験も無い一般人、良くてチンピラ程度の実力。それなりに経験を積んだ俺の敵じゃないと、そう思っていた。
だが違った。
「ダメ! 喋らせないで!」
ルリが叫ぶが、もう遅い。俺の身体は見えない衝撃に跳ね飛ばされた。




