第四十四話 決闘に臨む各々
リス獣人の少女、クリスティナ・バーナードは困り果てていた。
原因は、鼻息を荒げて彼女の前を歩くマティアス・フーヤードである。
「あの、マティアス様、まだ情報が充分に集まっていない段階であのような事は―」
「名誉あるAクラスに実力の疑わしい者がいるのだぞ! 侯爵家として、王国の名誉に関わる事態を看過するなど出来るわけがないだろう!」
勇気を振り絞って諌めようとしたクリスティナの台詞を、マティアスは吼えるように遮った。
そう、このマティアス、実は侯爵家の子息であり、クリスティナはその直臣である子爵家の娘である。
たまたま同じ年に産まれた為に両親によって引き合わされた二人だが、我が強く行動的なマティアスと、大人しく内向的なクリスティナではなかなか噛み合わなかった。マティアスが暴走気味に突っ走り、クリスティナがそれに振り回される結果になるのが常だった。
「親の名を傘に着るのも、賄賂により不当な評価を得るのも、サペリオン王国のあり方を汚すもの。そのような事、断じて許さん」
彼は決して悪意あってオリビアを叱責したわけではない。
サペリオン王国を愛し、侯爵家の血を誇りに思うからこそ、不正を見逃すまいという正義感からだった。
事実、昨日からのオリビアの成績は入学試験での不正を疑われても仕方ないレベルであると、ここで明言しておく。
「ですが証拠はありませんし、何か事情があるのかもしれません」
「入学試験の成績で分けられた筈のクラスに不相応な成績の理由とは何だ? 見たところ体調が悪いというわけでも無いようだぞ」
「それは……」
なんとか止めようとするクリスティナだが、マティアスの反論に対する応えは無かった。
彼女自身、昨日からオリビアの周囲を調べていたのだが、特にめぼしい情報は得られなかったのだ。
「ふん、別にお前は着いてこなくても良い。これは私とオリビアの決闘だ」
「お、お待ちください」
縋るようなクリスティナに構わず進むマティアス。
彼の言う通り、この件にクリスティナ個人が関わる必要は無い。
だが彼女とて貴族の令嬢なのだ。同じ貴族間の繋がりの重要性は実家で教え込まれている。
その教育が、マティアスから離れる事を許せずにいた。
それに視野狭窄のきらいがあるが、マティアスの行動力には憧れに近い念を抱いているのだ。
だから今回の件、マティアスの態度はともかく、事の真偽については何も弁護出来なかった。
ただ、昨日から調べて、一つだけ確かな事がある。
(オリビアさんの実力はわからないけど、もしあの魔導人形さんを怒らせたら……)
練習場で見慣れない武器を振るっていた。その威力たるや、土塊の的を容易く貫通していた。しかも速度も尋常ではなく、見てから回避するなど、到底不可能だった。
だがそれを進言したところで、マティアスが止まるわけが無いのはこれまでの経験から知っている。
ならばどうするのか。
(魔導人形さんは、私が止めないと…!)
彼女も気高き貴族の娘であり、困難に立ち向かう気位は備えていた。
お母様とナタリアを侮辱され激怒した。
それは間違い無いと、オリビアは思う。
ただあの一瞬、自分の内に生まれた感情を、オリビアは正しく認識していた。
『お嬢様の成績に関してはご本人の責任なので私も口を噤みましょう。ですが、ご主人様への侮辱はお門違いの筈です。取り消してください』
あのとき、ナタリアは怒ったのだ。
自分ではなく、お母様を侮辱されたから。
成績が悪いのは自分のせいだ。それを責められても仕方が無い。だからナタリアもそれまで何も言わなかったのだ。
それは理解している。
(でも)
(だけど)
(ナタリアは私より、お母様の為に怒ったのよね……)
オリビアの胸の内に灯った小さな火。
それは嫉妬だった。
敬愛していた亡き母に、娘である自分が嫉妬しているのだ。
母から主人権限を受け継ぎ、冒険者ギルドで従魔の登録を行い、自分は本当にナタリアの主人になったのだと思っていた。
だが、違った。
ナタリアにとって、主人とはオフィーリアであり、自分はその娘でしかない。
そう思い知らされた。
別に主人として認められたいわけではない。
けれどナタリアにとっての一番になりたい。
繰り返すが、自分が叱責されてもナタリアが口を挟まなかったのは納得している。
我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。
まさか母に嫉妬するなんて。
だが、理屈ではないのだ。
ただ感情が湧き上がるのだ。
ナタリアの一番になりたいと。
その為なら無理矢理にでも……
(ううん、やめよう。今は…)
そのナタリアと母の名誉を守る為、決闘に集中しよう。
オリビアは決闘に備え授業は考えないようにした。
午後の授業中、俺は職員室に呼び出されていた。
いやー、おかしいなー。
何で俺が呼ばれてるんだろー。
俺、生徒じゃないんだけどなー。
「聞いているのかね?」
「申し訳ありません」
いや、ほんとサーセン。
ダームエルは眉間に皺を刻みながら俺を睨んでいた。
「全く、入学早々決闘など前代未聞だぞ」
決闘は貴族平民問わず、揉め事が起こった際の解決方法として行われる。
ルールは武器でも魔法でも、一般良識に反しなければ基本的に何でもあり。勝敗は降参か気絶、若しくは審判の判断で決定する。
この場合は学生としての範疇で、審判は教師が務める事になるだろう。
「君には止めてもらいたかったのだが、それどころか食って掛かるとは」
「それはそうなのですが、主人を侮辱されては、メイドとしても魔導人形としても見過ごすわけにはいきませんでしたので」
そもそも言われたのがオリビアの現状だけだったら俺だって黙っていた。あそこでオフィーリアに矛先を向けたから頭に来たのだ。でなければ子供の喧嘩と笑って流していた。
「はぁ、よりによって相手はマティアスか」
「拙いのですか?」
「マティアスは侯爵家の子息だからな。いくら魔法学校では貴族の権力が通じないと言っても、その外や卒業後までは責任持てんぞ」
あー、学校の権限が及ばないところで何かされる可能性もあるってわけね。確かにそれは学校にはどうしようもないし、責任を求めるのも無茶だわ。
しかも侯爵家か。権力ハンパないな。
「ただの喧嘩ではなく決闘なのも拙い。喧嘩なら教師として仲裁出来るが、決闘ならばやり過ぎないように立ち会うのが精々だ」
それで充分じゃないか?
「いいのかね? 決闘に負ければ、たとえマティアスに過ちがあろうと彼が正しい事になるが」
「それは困ります」
「だろうな。だが決闘と宣言してしまった以上はどうにもならん」
衆人環視の中で宣言してしまったしな、後には引けないか。
しまった。
あそこで俺が堪えていれば、こんな事にはならなかったのに。
だけどあそこでオフィーリアが謂れ無く貶められて黙っていられるわけが無い。
とはいえ大事な娘に傷を負わせたとあっては、オフィーリアに合わせる顔が無い。
「あぁ、せめてお嬢様が怪我をせずに済んでくれれば良いのですが……」
俺は今更ながら自分の堪え性の無さに頭を抱えた。
虎×リスは無いです。




