第二百三十四話 エルフの反乱④
とある町にあるプラティボロス商会の拠点は外見こそ普通の店舗だが、その地下は広大な研究所だった。
骨髄や内臓が瓶詰めにされ並んでいる様は、なかなかに悍ましい光景だ。しかもそれらに書かれたラベルを見るに、地域で保護されている希少な魔物や人類のものもある。プラティボロス商会が法を犯した物的証拠だ。
だが俺の目的は商会の壊滅であり、摘発ではない。こんなものは後から来た警備隊の好きにすればいい。
「……もぅ、いいだろ……知ってる事は全部話したぞ……」
両足を撃ち抜かれ血溜まりの上で横たわった男が、呻く様に訴える。
「ああ、お陰で知りたい情報は得られた」
やはり此処はドミニクにとって重要な拠点だった。
この数年で優先順が落ちたが、かつては此処で行われた研究が目的への到達手段として有力視されていたらしい。
ドミニクの目的は判った。そして今のあいつがやろうとしている事も予想出来る。
「ご苦労だったな。すぐに楽にしてやる」
「ま、待て! 全部話したんだから命だけは―」
そんな約束はしていない。
俺は二度引き金を引いた後、傍らの檻に目を向けた。
檻の中では、ある魔物が無惨な姿で倒れ伏していた。
前肢と下半身とを切り取られ、心臓があるであろう胸を杭で貫き地面に縫い付けられたその魔物を、俺は知っている。
「ホワイトサラマンダーか……」
かつてプラムの魔導核に使用されていた、希少な魔物だ。再生力が凄まじく、手の平サイズの魔導核に収まる肉片から全身が復元される程だった。
しかしその再生力も、傷口を縫合されてしまえば発揮出来ない。
杭にも術式が刻まれており、見た所では対象の魔力を吸い取り、その魔力を電気に変換して放出する仕組みになっている。つまりホワイトサラマンダーは自身の再生能力により自身を傷付けられ続けている。
何とも悪辣な事だが、こんな状態でまだ息があるホワイトサラマンダーの生命力には、やはり驚嘆すべきだろうか。
「……」
俺は檻の格子を壊して中に入り、ホワイトサラマンダーを見下ろした。
「これから此処の研究を指示した奴を殺しに行く。お前はどうする?」
瞬間、ホワイトサラマンダーは目蓋が開き、震えながら頭を上げようとした。
「……少し我慢しろよ」
別に同情した訳じゃない。
ただ、まだ生きてるなら復讐の機会があってもいいだろう。
足りない部分は補ってやる。
餌も魔力も分けてやる。
ほら、動いて見せろ。
アリューゼが氷と風の刃を放ち、緩い弧を描く軌道で飛翔する。それらを黒いグローブに包まれた拳が打つが、その度に内包していた魔力が爆発を起こす。
アリューゼの魔法は見た目こそ初級の様に小さいが、その実中級の威力が圧縮されている。それを詠唱破棄で複数起動し、正確に曲射するアリューゼの技量はエルフの長の地位に恥じないものだった。
しかし対峙するはオリビア。
アリューゼの魔法を悉く叩き落とし、顕れた威力も的確に防ぎ、または難無く耐え抜いていた。
オリビアは距離を詰めようとするが、アリューゼは魔法で強化した身体能力を駆使し、巧みに木々の間隙を摺り抜ける。
素の身体能力であればオリビアが上だが、アリューゼは魔力に物を言わせて彼女に劣らぬ程に強化していた。
加えて此処は彼のホームグラウンド。オリビアがバーヘン樹海を歩き慣れ、これまでも様々な土地を旅して来たとはいえ、初めて来た土地ではやはり勝手が異なる。
「イグニスドレイク!」
オリビアの放った火竜がアリューゼを追い、うねりながら木々を掻い潜る。
しかしそこはエルフの長たるアリューゼ。追い付かれるより先に魔法を放ち、容易く打ち消した。
そしてお返しとばかりアリューゼの魔法が殺到する。
常人であれば全身が細切れになる威力が炸裂し、砂煙が上がる。
が、突き抜けるように姿を現したオリビアはダメージを受けた様子も無く、拳を振り抜いた。
「雷煌放電!」
議事堂でも見せた無数の稲光が森の一画を山吹色に染め、アリューゼの魔法以上の数と密度で空間を制圧する。
「ぐうっ!」
アリューゼは回避不能と判断し、咄嗟に結界を張った。当たったのは放った内の十分の一にも満たないが、それでも結界が音を立てて軋む。
そしてそれは一瞬の事で、次の瞬間には結界は砕け散っていた。
「がはっ!」
雷を纏った拳打の衝撃が全身に突き刺さり、アリューゼをまるで木の葉の様に吹き飛ばす。
地面を転がり、淡く光る巨木の幹にぶつかって漸く止まったアリューゼにオリビアは追撃を放つ。
「雷煌電撃!」
手数を重視した技に比べ、一点に集中した雷の拳の威力は格段に上だ。
しかしその一撃は意外にも、倒れ伏したままのアリューゼの結界に完全に阻まれた。
その事実を怪訝に思い距離を取るオリビア。
アリューゼは自身に回復魔法をかけ、よろけながらも立ち上がった。その間にも結界はより魔力を注がれ、強度を増していく。
「何故耐えられたか、不思議か?」
様子を伺うオリビアに、アリューゼは自身の背後を指差す。
そこにあったのは幹に深々と刻まれた、アルファベットのAに似た傷跡。
「これは以前に余所者が付けた傷で、『斬影の痕』と呼ばれている」
「斬影……あっ」
オリビアは思い出した。今目の前にある傷跡が幼い頃に見た父の技による傷と完全に一致する事、かつて両親が旅の途中でエルフの里を訪れたと話していた事、ナタリアの体に世界樹が使われている事。
「あー」
察するに、父・シューマがこの世界樹に傷を付け、母・オフィーリアがそこから世界樹の幹を採取し、それを使ってナタリアが創造られたのだろう。
しかしアリューゼにそんな事を知る由も無く、構わず続ける。
「神聖な世界樹に未だ治らぬ醜い傷を付けるなど、全くもって度し難い愚行だ。しかし利用出来る点もある」
アリューゼが世界樹の傷痕に触れると、彼の体が淡い光を放ち始めた。
「傷からはより多くの魔力が溢れ、こうして直接得る事が出来る!」
アリューゼは彼自身の言葉通り、世界樹の魔力を取り込み、結界の中で詠唱を始めた。
「勝利の弓よ、栄光の弦よ。今こそ現れる、神に仇なす愚者を討たん」
アリューゼの手に魔力の光が集い、弓矢の形を成す。
「ならこっちは……」
前傾姿勢で構える。それは魔闘術ではなく、走り出す為のものだった。
その姿勢のまま魔力を練り上げ、体を紫電が包み、バチバチと火花を上げる。
「それじゃ、行くわよ!」
オリビアが地を蹴り跳躍する。
迎え撃つアリューゼが矢を放つ。
「栄冠の一矢!」
これまでアリューゼが使ってきた魔法と同様、見た目に反して上級に相当する。更に世界樹の魔力を上乗せしている為、本来以上の威力を秘めていた。当たれば身を穿たれ、体は千切れ飛び、矢は森の果てまで届くだろう。
その銀の矢が結界を突き抜け、オリビアに迫る。
「はああっ!」
オリビアの蹴りと矢が宙で激突し、拮抗した。だがそれはほんの一瞬で、矢はあっけなく四散し、その行き場を失った威力は周囲の木々を薙ぎ倒すに終わった。
その信じられない光景に目を見開くアリューゼ。だが勢いの衰えないオリビアに、咄嗟に全魔力を結界に回した。
そしてオリビアは高く跳躍する。
それは范焱を昏倒させた一撃。
父・シューマから教わった技で戦ってきたオリビアが戦いの中で編み出した、彼女だけの技。
改めて付けられたその技の名は-
「彗斗伴星!!」
雷を纏う流星と化したオリビアの一撃。
炸裂した雷光と轟音が周囲を埋め尽くし、世界樹が鳴動し、一瞬遅れて塵埃が巻き上がる。
そして塵埃が治まると、そこには白目を剥いて倒れ伏したアリューゼと事も無さげに立つオリビアの姿があった。
「よし、お父様の記念はきちんと残せたわね。手加減成功」
尚も変わらず深く刻まれた『斬影の痕』を満足そうに見上げるオリビア。彼女にかかれば記念扱いである。
「さて、帰ろっと」
オリビアは気絶したアリューゼの首根っこを掴み、引き摺りながらエルフの里へと戻っていった。




