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メイド人形はじめました  作者: 静紅
冒険者
217/251

第二百五話 鮮血神楽⑪

 竜の胸部は空洞になっており、ルリによって開け放たれたそこに、リューカは立っていた。

 顔を上げたリューカは目を紅く染め、牙を剥き、ヴラド三世の怨嗟のを叫んだ。


「憎い! 同じ自分でありながら、君主の役目を(まっと)うしたあ奴が! あ奴の子孫が! 民が! 国が! 全てが憎い!」


 片や新しい人生を得て、自国を守り抜き、支配体制を盤石な物にした。片や瀕死のまま毒沼に落ち、死ぬ事も出来ず苦しみ続けた。

 これが赤の他人であれば、妬みはしても憎むには足らなかったかもしれない。

 しかし自分だった。二つに分かれた魂の片割れだった。コインの表か裏か、それだけの違いしかなかった。

 何故自分ではなかったのか。

 分かたれる事が無ければ、いっそそのまま死んでいれば、こんな感情を抱かずに済んだだろう。

 そんな疑問と、その何千倍もの怨嗟が、渦巻いていた。


「みんな心配していますし、早く帰りましょうよ」


 しかしルリは子供の我儘に付き合わされていかのる様に、苦笑しながら返した。


「邪魔をするな!」


 リューカが激昂のまま腕を振り上げ、掌から人を呑み込める程の火球を放つ。


「そういうのもういいんで」


 だがルリは冷ややかに告げ、火球を一刀の元に斬り捨てた。


「余は何としてでも嘉音の国を滅ぼす! 邪魔するなら貴様も殺す!」


 リューカは尚も吼え、周囲に鬼火を浮かばせ、手に炎の槍を形成した。


 甲高くも小気味良い音を立て、ルリの刀が鞘に収まる。と同時、リューカの周囲にある全ての炎が弾けて消えた。

 言うまでもなく、全てルリが斬ったのだ。


「さぁ、竜霞様、もう諦めてください」


「おのれ、使用人ごときが! 私を誰と心得る! 私は―」


「いや、ですから、竜霞様、意識ありますよね?」


 リューカの言葉を遮って、ルリは平然と告げた。


「……いつから気付いていたの?」


 リューカは一瞬面食らった様な顔を見せ、隠し通せないと観念してルリの指摘を認めた。


「登っている途中の鬼火舞にリューカ様の癖が出ていたのでそんな気がして、対面で確信しました」


「まさか魔法の癖で気付かれるなんてね」


「伊達に何年もお仕えしてきた訳ではないので」


 自嘲混じりに苦笑するリューカに、ルリは胸を張って応えた。


「そう。でも今は私達が少し優勢なだけで、完全に抑えられている訳ではないの。登ってくる貴女へ向けた魔法も、私が主導権を取りはしたけれど、攻撃そのものは止められなかったわ。下の方では屍鬼が湧き出していて、エリカさんが何とか食い止めてくれているけど、急がないと危険だわ」


 事実、竜の根本では屍鬼が続々と現れている。ナタリアと竜正はまだ遠い上に戦う余力も無く、アカネは竜の首を封じている為に動けない。

 唯一エリカだけが対抗しているが、多勢に無勢では長くは耐えられない。

 そして耐えられないのはリューカも同様で、今意識を保っているのは彼女とその中に居る杖辺守がヴラド三世に抵抗しているからだ。しかし二人掛りでも、竜の首を落とされた隙を突いて僅かに傾けるのが限界であり、それだけヴラド三世が強大なのだ。だからこそ杖辺守と竜正はリューカの身体に彼を封じる事で、その間に抹殺を図ったのだ。


 その為の機会はもう僅かしか残されていない。

 もしヴラド三世がリューカと杖辺守を抑えて身体を支配すれば、彼は間違い無く屍鬼と竜で嘉音の国を滅ぼし尽くすだろう。

 先程リューカが口にしたのは、内で滾るヴラド三世の本心そのものなのだ。


「私が死ねば、ウラド三世も道連れに出来ます。さぁ、瑠璃、早く」


 そう言ってリューカは己の運命を受け入れる様に、穏やかな表情で両手を大きく広げた。


 ルリは左手を刀の鞘に添え、リューカは静かに瞑目した。


「お断りします!」


 しかしルリが発した予想外の言葉に、思わず目を見開いた。


「永らく流れて暫く縛れ、水絡(みずがら)み」


 ルリの詠唱と共に、流水が縄の様にリューカの身体に纏わり付き、その身動きを封じた。


「瑠璃、何をするのです!?」


 突然の事にリューカは困惑した。こんな事をせずとも自分は覚悟を決めているのに、何故拘束するのか。


止水(しすい)というのは私がむやみに命を削らない様に、琴姫様が付けてくださった嘘の名前でしたね」


 ルリはリューカの言葉を無視して、思い出を懐かしむ様に、愛刀の『止水』へ視線を向けた。

 『止水』は切宝山に封印されていた妖刀であり、元来あの山に住まう民が封印を守る役目を負っていた。しかし長い歳月を経てその役目は忘れ去られ、紆余曲折の末にその民の末裔であるルリの手に渡ったのは、必然だったのかもしれない。


 だが不死を殺す能力は、使用者の命を代償とする。だからリューカがルリを保護した直後、琴姫はこの刀に偽りの名による封印を施したのだ。これにより不死殺しを封じると共に、ルリの命が消耗されるのを防いだ。

 不死殺しの力を使うには、真の名を呼び封印を解かねばならない。


 これからリューカを斬るならば、封印を解く必要があるだろう。だが―


「瑠璃、いけません! 私ごと斬りなさい! これは命令です!」


 ルリのしようとしている事を察したリューカは叫んだ。


 しかしルリは聞かず、刀の柄に手を添え、深く腰を落とし、居合の構えを取る。


「流転の外れは(よど)み沈め。死水(しにみず)


 真の名を呼ばれた事で妖刀『死水』の封印が解かれ、鞘の鯉口からはどす黒い深淵の色が溢れた。


「竜霞様、命を救っていただいた御恩、漸くお返し出来ます。こんな私ですが、貴女様の事を、心からお慕いしておりました」


「駄目よ! 私は! こんな事をさせる為に助けた訳じゃ―」


「浦戸守流、玉天(ぎょくてん)


 リューカの制止も聞かず、ルリは『死水』を抜き放った。







 リューカに杖辺守が憑依したのは、これが初めてではなかった。リューカが十二歳になる年の杖辺祭で、神楽舞を終えた直後にも憑依し、竜正に自身の半身の復活とその対処を告げたのだ。

 竜正は当初こそ不審に思ったものの、杖辺守が語る状況が地下洞に封印されていたヴラド三世の現状と合致していた為、提案を受け入れる事にした。

 そしてそれは憑依されていたリューカも同じだった。

 リューカも嘉音の国とそこに住まう者達を守るべく、その身を捧げる覚悟を決めた。

 だが一つ懸念があった。ルリだ。

 ルリは普段の言動こそ眉を顰められる事が多いが、リューカに対する忠誠は近しい者なら誰もが知っている。

 リューカを犠牲にするとルリが知れば、たとえリューカ本人が納得していたとしても確実に反対する。


 だからこそ、竜正はこの事を琴姫、浦戸家嫡男であるリューカの兄、浦戸守筆頭の仁久郎にのみ説明した。


 当然、混乱はあったものの、各々で立場と責任は理解している為、最終的には受け入れられた。

 それ以来、リューカの要望は可能な限り叶えられる事となった。

 サペリオン王国への留学も、彼女がより広い世界を見てみたいと言ったからだった。留学中の二年間、リューカは充実した日々とかけがえの無い友人達を得る事が出来た。

 この重要な時にオリビア達を招待したのは、死ぬ前にその友人達と過ごせるように竜正が取り計らったからだった。


 そして杖辺祭当日、リューカは心残り無く死地へと赴いた。

 いや、心残りはある。自分が死んだら、みんな悲しむだろう。特にルリは事情を話さなかった事を怒るかもしれない。もしかしたら恨むかもしれない。


 もしそうなったら……


(私は瑠璃の心に永遠に残る事が出来るのね……)


 一瞬思い浮かんだ考えを、苦笑しながら不謹慎と振り払う。


(瑠璃を苦しめない様にお父様に斬っていただくのに、こんな事を考えてしまっては駄目ね)


 本来であればリューカを斬るのは専属の浦戸守であるルリの役目だが、彼女はそれに反発するだろう。

 仮に実行したとしても、長い年月をかけて魔力と恨みを溜め込んだヴラド三世は純粋な剣技では殺せない。彼女の持つ妖刀の真の力を開放すれば可能かもしれないが、その代償に彼女の命を奪いかねない。

 それはリューカの望むところではない。

 話し合った結果、ヴラド三世を取り込んだリューカは竜正が斬る事になった。これは剣の技量や吸血鬼の格もあるが、彼は国主として国を守る代償に、親として子殺しの罪を背負うつもりだったのだ。


 そして神楽舞を終え、降臨した杖辺守はリューカから半ば強引に体の主導権を奪った。これもまた、リューカに自ら死する行為をさせない様に、彼女に責任を負わせない様にという杖辺守なりの配慮だった。


 後は地下洞でヴラド三世を取り込んで竜正に斬られるだけ。

 その筈だった。


(なのに、何故!?)


 だがそこにルリが駆け付けた。駆け付けてしまった。

 しかもナタリアという協力者まで連れて。

 二人が自分を思っての事だというのは判る。しかし食い下がる二人に時間を掛け過ぎた所為で、取り込んだヴラド三世を抑えきれなくなり、三つ首竜の顕現を許してしまった。

 リューカと杖辺守は怒りと憎しみの激流に呑まれながらも、どうにか抵抗を試みた。しかしその間にも、三つ首竜によって竜正が戦闘不能に追いやられてしまった。

 それぞれの思惑が、悉く裏目に出てしまった。


 ナタリアと、更に合流したアカネとエリカによって竜の首が落とされた事でヴラド三世に隙が出来、肉体の支配権は二人の優勢に傾いた。だがそれも完全ではなく、登ってくるルリへの魔法と足元の屍鬼の発生は止められなかった。

 ルリに来てほしくは無いが、かといって撃たれるのを見過ごせず、どうにか軌道制御に干渉して直撃だけは避ける様にした。

 しかしその所為で、遂にルリはリューカの元へ到達してしまった。


 ウラド三世の口調を真似ながら一旦でも退けようとするが、それすらも容易く見抜かれてしまった。

 ならばと、自分を殺すように促す。

 吸血鬼の格が高すぎるヴラド三世を殺すには、妖刀は代償にルリの命を吸い尽くすだろう。だが対象がリューカならば、妖刀を開放してもまだルリが助かる見込みがある。


 なのに――


 そしてルリは妖刀の真名を開放する。

 それは循環から外れた存在を引きずり込む終端の澱みにして、死者へ送る最後の潤い。


「浦戸守流、玉天(ぎょくてん)


「駄目ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 リューカが拒絶の叫びを上げるが、妖刀『死水』は止まらず振り抜かれ、不死である筈の命を断ち斬った。

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