第百六十話 Orphan Dolls⑤
現状取れる唯一の攻撃手段である魔力刃は結界のせいで作った端から崩れるが、ならば崩れた端から修復すれば良い。もとより魔力消費量が少なく俺の魔力量も膨大なので、維持し続けるだけなら一日中だって余裕だ。
突き出した魔力刃がプロチオーネに当たり、しかし刺さりも切り裂きもせず、装甲の表面を滑る。
体勢が崩れかけたところに他のプロチオーネの手が迫り、咄嗟に飛びのいて躱す。だが一体躱してももう一体、更にもう一体と、五体も居るプロチオーネはその数で押し込もうとしてくる。
それをかろうじて避けつつも魔力刃で振り払うが、それは結界も防御体勢も取っていないただの装甲に阻まれる。
魔法学校に居る間、ルリに多少の稽古をつけて貰っていたが、それでもやはり俺の剣技なんて魔力刃の鋭さに物を言わせた児戯でしかないという事か。
いや、さっきアロルドがミスリル製だと言っていたから、こいつらがそこいらの鎧よりも遥かに硬いのだろう。
などと未熟さの自己弁護をしている場合ではない。
実戦では滅多にやらない魔力刃二刀流を構える。
魔力刃一本で駄目でも二本で攻撃すれば――
「っ!」
だがそんな俺の安易な考えと二本の魔力刃はミスリルの装甲にあっさりと弾かれた。
その隙を突いた攻撃で鈍い痛みが走る。
考えてみれば当たり前だ。
甲冑は刃物にこそその強固さを発揮する。動く甲冑そのものである魔導人形が俺の稚拙な斬撃に耐えられない筈が無い。
魔法封じの結界で収納空間が使えないせいで魔銃は取り出せず、魔力刃も通用しない。
残された攻撃手段は徒手空拳くらいか。
だが本当に素手で殴っても、大した威力にはならない。強化する方法は半ば机上論だがあるにはある。このまま手をこまねいていても磨り潰されるだけだし、やるだけやってみるか。
「魔力刃、変則型」
魔力刃は物質化させた魔力を剣の形に固めたものだ。俺が接近戦下手なのもあって普段は取り回しの良い形にしかしないが、やろうと思えば槍の様に伸ばしたり大剣の様に大きくしたりも出来る。それを応用し、物質化した魔力で握った拳を包み込む。
「魔力籠手、ってところか」
使い方としては魔力刃を習得する切っ掛けだった魔力拳に先祖返りしているが、使えるならそれでいい。
リーチの有利は手放したが、効かない攻撃に拘泥しても仕方が無い。
拳を受けたプロチオーネがよろけ、その体には小さいが凹んでいた。
これならミスリルの装甲にも通用する。
だが相手も一筋縄ではいかない。
魔導人形が魔導人形たる所以を、他ならぬオフィーリアに教わっていたというのに。
こいつらはただ高級素材を使っただけの頑丈な人型ではない。それならこいつらはゴーレムであり、魔法的ギミックを備えているからこその魔導人形なのだ。
そしてそのギミックは、こいつらの特徴的な手に仕込まれていた。
二体のプロチオーネの手が赤く染まり、それが振るわれるたびに熱風が肌を撫でる。
伸ばされた灼熱の手を躱したと思ったが、人体なら有り得ない方向に腕が曲がり、俺の胸ぐらを掴む。
服の焦げる臭いが鼻に届く。
「放せっ!」
後ろに跳んで無理やり引き剥がす。メイド服に焼け焦げた穴が開いたが、その下の肌は焼かれずに済んだ。メイド服が千切れたお陰で簡単に離脱出来たが、もし頑丈な防具を装備していたら逆に危なかったかもしれない。
安堵する間も無く、赤熱化した手が追い縋る。
「ちっ!」
魔力籠手で振り払い距離を取るが、そこに手の色が変わらない人形が迫り、腕を空振った。
一歩届いていないというのに、一体何が狙いだ?
目測を誤っただけか誤作動か?
一瞬の疑問に、一瞬の回答が付き付けられる。
空を切った筈の腕は無数の風の刃を生み、空を切り裂いていた。風の刃は一歩分の距離を届き、俺の体に傷跡を残す。
痛みを振り解く様にプロチオーネを蹴り飛ばし、体勢を立て直す。
プロチオーネ達は前傾姿勢を取り、獣の様に襲い掛かってきた。
速いっ!?
人間の形は四つ足で動くのには適していないにも拘らず、こいつらの動きは獣染みて素早い。
赤熱した手も風の刃も魔法で言えば初級だ。おそらく結界のせいで威力は減衰している様だが、腕そのものを躱してもその威力が一歩も二歩も届いてくる。
加えて未だに五対一。不利なんてものじゃない。
「ふむ、腕のオリジナルと言えど、これは流石に厳しいですか」
「何だと?」
今、アロルドは聞き捨てならない事を言った。
「いえね、このプロチオーネの腕は貴女の腕を解析して製造したものなのですよ。流石に至高素材の一部は代替品ですがね。代わりに魔封じの結界内でもある程度戦える様にしてみました」
つまり何か?
あの時俺がアロルドに刺した腕からこいつらが創造られたと?
けど材料は再現出来てないと?
それってつまりは劣化品じゃないか。
それなのにオリジナルの俺が此処まで追い詰められてるのか?
魔銃も鋼糸も使えないから。
多対一だから。
こんな中途半端な劣化品に勝てませんってか?
オフィーリアの最高傑作の俺が?
劣化品相手に?
魔導人形としてこいつらに劣りますってか?
巫ッ山ッ戯んなよ!!
身体じゃ間違い無く俺の方が上だ。
それなのに一体すら破壊出来ずにいるっていうのはつまりそういう事だろ。
あー、またかよ、クソがッ!
俺の精神が身体の性能を引き出しきれていない、人形以下の無能って事じゃねぇか。
いい加減にしろよ、俺。
何度目だよ。
精神が身体の足を引っ張るなんて笑えない。
いつまでも邪魔してるんじゃねぇよ!
すっこんでろ!
「機能リミッター第四、第五、解放」
身体能力、魔力精製量が増し、今まで使えなかった一部の機能が使用可能になる。
「周辺状況解析」
《敵戦力、戦場の状況を解析》
《脅威魔導人形五体。主な装甲素材はミスリルとハシバミ》
《周囲の魔力結合状況は不良。初級魔法は発動不能》
《理論上、中級以上の魔法は魔力を大量消費すれば効果を減衰しながらも発動可能。ただし適正上使用不可》
「対抗手段構築」
《魔力大量消費による初級魔法発動は術式の耐久力不足により暴発の危険有り。戦闘と並列して術式改良を実行》
《仮称魔力籠手は武装として有効と判断》
「仮称魔力籠手、最適化」
《単一装甲から複数装甲へ変更、関節部の柔軟性を獲得。》
《具足及び全身の部分装甲へ応用――構築完了》
《戦闘の障害になり得る衣類を除去》
この間一秒未満。
「目標を殲滅する」
意識を放棄した身体は半ばボロ布と化したメイド服を破り捨てながら突進。振り抜いた拳を受けたプロチオーネが壁に激突する。
仲間意識という訳ではないだろうが、一瞬そちらに気を取られた一体の腕を掴み、胴の真横から蹴りを食らわせる。強度以上の衝撃を受けた肩が短い悲鳴と共に砕け、身体に置き去りにされる。
手元に残った腕を握り潰し、次の標的へ。
アロルド「あ、これヤバイ。そろそろ逃げた方が良いかも」




