第百五十七話 Orphan Dolls②
「なんだ、知り合いか?」
一緒に出てきた先輩らしい兵士が尋ねると、マティアスは気まずそうな顔をする。
「ええ、まぁ。魔法学校の同級生です」
「そうか。すまんなお嬢さん。この商会は店じまいだ」
「何かあったんですか?」
「詳しくは言えんが、商会に重大な違反の容疑が掛かってな、昨日俺達王都警備隊が漸く立ち入り調査に踏み込んだところさ」
王都警備隊?
何で軍に入ったマティアスが?
「この商会はちょっと知っていたから、出向を命じられたんだ」
そう言うとマティアスはナタリアの方を見る。
ナタリアはと言うと、一瞬怪訝そうな顔で商会の看板を見上げ、何か合点がいったのか、小さく口を開けた。
「せっかくの再会だが生憎仕事中でな、旧交を温めると言うほど昔ではないが、またの機会にしよう」
「にしてもマティアス君、こんな美女と知り合いなんて隅に置けないなぁ」
「そんなんじゃないですよ。ただの同級生です」
「そうですよ! 私とマティアスは恋愛感情とか、全く、これっぽちも無いですから!」
「……」
兵士に茶化されたマティアスが困ってるみたいだったから一緒に否定したのに、そのマティアスの目が曇ってるのは何で?
王都を観光し終えてホテルに戻ると、フロントで人が訪ねて来ていると言われた。
ロビーで待っていたその人達に、ナタリアの表情が強張る。
「突然のご訪問、お許しください。オリビア様」
そう言ってヴァンスとステラは一礼した。
「昨夜は大変でございましたね。旦那様方も大層気にしておいででした」
「いえいえ、お陰様で気が引き締まりました」
「そのご様子ですと、昨夜のパーティーの真の目的もお気付きの様ですね」
ヴァンスが言う真の目的とは、私と侯爵家の断交だろう。
私は頷く代わりに笑みを深めて見せる。
「しかし言葉だけでは信用出来ません」
そこに進み出たステラの言葉は冷たく、言った通り私達を信用してないのだと思えた。
「ですので手切れ金代わりの品をご用意いたしました。お受け取りください」
「こちらへ」
案内されたのはホテルに併設された厩舎だ。此処では宿泊客の馬車やそれを牽く動物を管理している。馬車と言っても、それを牽くのが馬とは限らない。馬が一般的ではあるけど、その馬が魔物化していたり他の動物の魔物だったりもする。
そして厩舎の一角に、その手切れ金代わりの品はあった。
「サペリオン王国行軍用馬車。原型は既に型落ちしたものですが当家で独自に改良を重ねて最先端と比べても遜色無い代物になっております」
そう、馬車だった。それも数人が中で寝泊まり出来る大きさだ。
「生活に必要な魔道具の類も内蔵しておりますので、旅のお役に立つかと」
「ただ一つ問題がございます。高性能を突き詰めた結果、どうしても重量が嵩みまして、サベージホースでも四頭牽きにしなければなりません」
サベージホースは馬の魔物の中では速度もスタミナも牽引力にも優秀な種類だけど、気性が荒くて手懐けにくく、しかも群れるのを嫌うので多頭牽きの馬車には向かない。
サベージホースが複数必要な重量なのにサベージホースは使えないというのは、かなり問題だ。
「お訊きしたいのですが、それでしたら此処までどうやって運んだのですか?」
「サベージホースより力のあるドワルガンタウルに牽かせて来ましたが、人間が歩くのと同程度の速度しか出せませんのでお勧めはしません」
見れば厩舎の片隅で四頭のドワルガンタウル、別名ドワーフ牛―体は小さいが脚は太く超重量超パワーの牛の魔物―が休んでいた。
確かに道の広い王都ならともかく、他の場所であんな速度で移動してたら迷惑よね。
「でもそれなら何とかなるかも」
馬車ハーネスを掴み上げ、全身に身体強化の魔法を掛ける。
「ふんっ! あ、動いた。これなら私が牽けば大丈夫ね」
ヴァンスとステラが大変そうに言うから心配してたけど、思ってたよりずっと軽い。強化率を下げればトレーニングにもなるから丁度良いかも。
「お嬢様!」
と思ってたら、血相を変えたナタリアに肩を掴まれて制止された。
「止めてください! お願いですから止めてください! お嬢様にそんな事をさせるくらいなら私が牽きますから、どうかそれだけはお止めください!」
「…はい」
ナタリアがあまりの剣幕で言うからつい頷いてしまった。
けれどナタリアが馬車を牽いて私が御者台に座る、またはその逆を想像すると、成程、確かにこれは人に見られたくない光景だわ。
「でもそれならどうしよう? まさか本当にナタリアに牽いてもらう訳にもいかないし」
「でしたらクラリッサが牽けばよろしいかと。狼形態ならば一頭牽きに丁度良い大きさになりますし、ハーネスは私が錬金術で作り直します」
ナタリアはそう言うとクラリッサに狼形態になるように指示し、取り外したハーネスを収納空間に放り込み、そして取り出した時にはクラリッサのサイズに合わせたハーネスになっていた。
「どうです?」
「わう、大丈夫」
ハーネスを取り付けたクラリッサが動いてみると、馬車は簡単に動いた。
巨大狼の牽く馬車、これはもう狼車って言うべきかな?
「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」
「お礼など結構です。申し上げました通り、これは手切れ金代わりです。これの受け取りを持ちまして、オリビア様とガーデランド家は互いに無縁となるのですから」
そう告げるヴァンスの目が、とても悲しそうに見えた。
「はい。でも侯爵様や皆さんが私を大切に想ってくれている事は絶対に忘れません」
「オリビア様……いけませんな、年を取ると涙脆くなって。では、わたくし共はこれで失礼いたします」
ヴァンスは取り出したハンカチで目元を拭って立ち去り、ステラとドワルガンタウル達もその後に従う。
「さて、明日には出発しましょうか!」
「もうよろしいので?」
「うん、少しでも早くお母様に報告したいから」
絶縁だけど、決別だけど、全然嫌じゃない。
こんなに誇らしい気持ちになれたんだって、伯父様もお祖父様も皆良い人だったって、尊敬してるって、お母様に言いたい。
王都に来て良かった。
翌朝、早速貰った狼車をクラリッサに牽いてもらってホテルを発つ。
「ねぇ、御者代わろうか?」
「いえ、私一人で充分ですから、お嬢様は中でお休みください」
窓から顔を出して御者台に座るナタリアに声を掛けたけど、やんわり断られた。
暇だから腕立て伏せでもしてようかな?
顔を引っ込めた私は暇潰しにトレーニングを始めた。
だからその直後、ナタリアが突然背後を振り返ったのも、その表情が強張っていたのも知らなかった。
「……気のせいだ…」




