第百四十九話 危険なアフタヌーンティー
暫くして、またも室内にノックの音が響く。
次にやって来たのはオズワルドだった。
「こんにちは、ナタリアさん。着替えられたのですね。とても良くお似合いです」
「ありがとうございます。どうぞ、お入りください」
幼いながらも欠かさない貴族の社交辞令を躱しつつ招き入れる。
あ、いけね。オリビアの鋼糸解いてない。
「ごきげんよう。オリビア姉さん……」
「あら、オズ、いらっしゃい」
オリビアの姿を見たオズワルドは二の句が継げなかったが仕方が無い。
椅子に縛られたオリビアが平然としているのがまた困惑を誘う。
「失礼」
鋼糸を回収すると、オリビアは立ち上がって肩を回す。
「それで、オズはどうしたの?」
「あ、そうでした。オリビア姉さん、お暇でしたら庭で一緒にお茶などどうでしょう?」
「あー、どうしようか」
「良いではありませんか。従姉弟同士、改めて親睦を深められては?」
今まで天涯孤独だと思っていたオリビアにとって残された親族なのだから、オズワルドにも貴族としての思惑はあるだろうが、従姉弟として気兼ね無く接するのも悪くないだろう。
「そう、それもそうね」
オリビアとオズワルドが部屋を出ると、入れ替わる様に先程のメイドがワゴンを押してやってきた。ワゴンの上にはティーセットとお菓子の盛られた皿がある。
オリビアとオズワルドがお茶会をしている間、俺達の分も持って来てくれたと言う。
テキパキと準備するメイド。手伝おうとしたら断られた。
うーん、落ち着かない。
だが俺が手伝うまでもなくティータイムの準備が整えられた。
クラリッサは床に置かれた皿のお菓子を勝手に頬張り始め、アカネはテーブルの上で食べて良いのかと俺に視線で尋ねてくる。おい駄犬、少しはアカネを見習え。
「では、いただきましょう」
俺が頷くと、アカネは丁寧に齧り始める。俺も一つ取って口に運ぶと、程よい甘さが口に広がる。
カップからは漂う爽やかな香りが鼻孔をくすぐり、口を付ければ仄かな苦味がお菓子の甘味を打ち消してさっぱりさせてくれる。
「良いお茶ですね。なんという銘柄なのですか?」
「アバドス茶です。お口に合ったなら何よりです」
背後に控えていたメイド―名前はステラというらしい―が教えてくれる。
アバドス茶か。今後の為にも覚えておこう。
それはそれとして―
「……」
「……なにかご用命でしょうか?」
「いえ、なんでもないです……」
転生してからずっとメイド生活だったから、誰かに世話をされるのが凄く落ち着かない。
「あの」
「なんでしょう」
「ステラさんはガーデランド家に仕えてどれくらいになるのですか?」
何を訊いてるんだ、俺は。
いや、でもこのステラはプラムの様な未発達で手探り故の無表情とは違う、礼節と冷静で覆い隠した無表情で、近くにいて息苦しい。
それをどうにかして和らげようと苦し紛れに出た言葉なので、どうか大目に見て欲しい。
「ガーデランド家に仕えるのは三年になります。ですが使用人として、お客様をもてなすに足る能力があると自負しております」
「いえ、別にステラさんの能力を疑ったわけではないので」
「然様でございますか」
「……」
やりづれえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!
その後も微妙な空気のまま味わう余裕も無くお菓子とお茶を平らげ、それらを片付けたステラが退室してから漸く一息吐く事が出来た。
息の吐けないティータイムとか嫌だ。
オリビアの方は大丈夫だろうか?
従姉弟だからという理由で送り出したのは失敗だったかもしれない。
オズに案内された庭の一角にはテーブルと椅子が用意され、その傍らでヴァンスが控えていた。
「お待ちしておりました、オリビア様。こちらへどうぞ」
ヴァンスが引いてくれた席に着く。テーブルの上には美味しそうなケーキがタワースタンドに盛り付けられている。
オズが対面の席に着き、ヴァンスがカップに注いだ紅茶を出してくれた。
一口飲むと紅茶の味と香りが染み込んでくる。
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「ええ、とても美味しいです」
「それは良うございました」
ヴァンスはニコリと微笑むと一歩下がり、お茶会の主役へとバトンを渡す。
「やっぱり、オリビア姉さんにも気に入ってもらえると思ってました」
「どういう事?」
オズは私と同様に一口飲み、そして落ち着かせる様に言った。
「そのアバドス茶はガーデランド家代々御用達の銘柄なんです」
「え、じゃあ…」
「ええ。オフィーリア叔母様もアバドス茶を気に入っていたと聞いています」
「そうなんだ…」
お母様も一緒だったんだ。
そう思うとこのアバドス茶が一層好きになってきた。
今度ナタリアに淹れてもらおうかな。この茶葉貰えないかしら?
「観学祭のマティアス先輩との戦いは凄かったですね。流石はオリビア姉さんです」
「ああ、あれはマティアスだって強かったし、どっちが勝ってもおかしくなかったわよ」
常に掛けている魔法の負荷を解除して神風で一気に勝負を決めようとしたのに、予想通りにはいかなかった。
ラッカスの時もブラックロックの時も魔法負荷は解除しなかった。今にして思えば、自分が本気を出せば最後は勝てると慢心していたのかもしれない。
マティアスはそれを打ち砕いてくれた。
神風の制限時間まで耐え抜き、反動の隙を突き、フーヤード家秘伝の上級魔法まで出してきた。
ブラックロック戦で咄嗟にやった周辺魔力の制御が上手くいったから勝てたけど、あれに失敗してたら負けてたと思う。
「オリビア姉さんは、僕や父との関係に気付いていなかったんですよね?」
「そうね、思いもしなかったわ」
「騙す様になってしまってすみません。父に口止めされていたもので」
「別に気にしなくて良いわよ。何か考えがあったんでしょうし」
オーティス伯父様はああ言っていたけど、いくら血の繋がりがあっても一応は平民の私を侯爵家で迎えるのは簡単じゃない筈だ。
他の貴族達からも責められる可能性もあるし、その為の根回しを済ませるまで言わなかったのかもしれない。
「それは、お父様はあわよくば僕とオリビア姉さんを婚約させたいみたいです」
だけれど私の予想はそれ以上のもので打ち消されてしまった。
「ちょ、ちょっと待って。え、じゃあそれって」
ナタリアは私の嫁で将来的に子供いっぱい作って幸せ家族プランだけど、私がオズと婚約したらナタリアとオズも夫婦になるから、オズとナタリアがハッピーウェディング!?
「オリビア姉さん、何を考えてるかは解りませんがそれは違うと断言します。あ、僕はオリビア姉さんに好きな人がいるのは知ってますから断るつもりですのでご心配無く」
「そ、そこまで知ってるの!?」
私がナタリアを好きだっていうのはエイミー達仲の良い友達にしか話してない筈なのに。
「だってオリビア姉さん、態度に出てたじゃないですか。僕だけじゃなくて皆知ってましたよ」
皆!?
皆って誰!?
「マティアス先輩を始めA組の皆さんや第二女子寮の寮生や、マリーゼも知ってましたね」
「それもう周囲の人全員じゃない!?」
オズの言う事は驚きの連続で、もうお茶の味もお菓子の味も解らなくなっていた。
でも皆はそこまで判ってくれてるのに、ナタリアは本気だと思ってくれないのよね。
ナタリアに子供扱いされない様に、もっと強くならなくちゃね。
控えていたヴァンスは唐突にオリビアの性癖や片想いを聞かされ、内心気が気ではなかったがそれを隠し通した。




