第百四十七話 ガーデランド家の一族
サペリオン王国の主要街道はかなり整備されている。それは初代国王が物流経済を重視し、後世に受け継がれた結果だ。その上で魔物の棲み処となる自然を多く残すのは資源の維持の為であり、また討伐禁止個体の様に敵対するリスクを天秤に掛けた結果でもある。
ともあれ、国によるインフラ整備のお陰で主要街道は治安が良く、盗賊の出没などもまず無い。流石に通行人同士の事故やトラブルは起こるが、それは許容範囲だろう。特に王都周辺は徹底されており、その為王都に近いほど街の防壁や検問が緩い。
そんな恩恵もあって、いくつかの乗合馬車を乗り継いだ俺達は、予定通り王都マヅチに到着した。道中複数の魔物連れという点を怪しまれたが、オリビアが中堅と言えるDランク冒険者だったので信用してもらえた。出発前に昇格させてくれたギルド職員さんに感謝だ。
まばらだった家屋が密度を増していく中を通り、気が付いたらそこは既に王都だった。
あまりにもあっさり入れた事に驚いた。
周囲に未開地の無い王都はインフラ優先の為に防壁や検問も設置していないのだという。これも初代国王からの政策だというのだから更に驚きだ。
王都マヅチは小高い山の上に聳え立つマヅチ城を中心に、その麓に貴族屋敷や軍や研究所など機関の施設、その外周に庶民の住居や商店が建っている。
乗合馬車を降りた俺達は招待状に同封されていた地図を頼りにオーティスの屋敷を目指す。無論、貴族屋敷のある区画だ。
イングラウロより更に賑わう町並みを田舎者丸出しでキョロキョロしながら、時に興味惹かれたものに足を止めそうなオリビアやクラリッサを窘めながら―アカネをそのまま歩かせるのは見た目よく無さそうなので、俺の肩に乗せている―、漸く目的の場所に辿り着いた。
「ここ、なのよね?」
「その筈です…」
半ば呆然と呟くオリビアに、俺も手紙に同封されていた地図に間違いが無い事を確認する。
貴族の屋敷だとは思っていたがまさかここまで立派だとは思わなかった。
気を取り直して、門の前に立つ守衛達に声を掛ける。
「はっ、旦那様より仰せつかっております。ご案内しますので、こちらへ」
一人の守衛がそう言うと門が開かれ、そのまま屋敷内の一室へと案内された。おそらく応接室だろうが、外観に違わない立派なものだ。
オリビアが席に着き、その横に蹲ろうとしたクラリッサの首を掴み、二人で席の後に立つ。従魔である俺達がこういう畏まった場で主人に並んではいけない。
「ようこそ、よく来てくれたね」
待つこと数分、以前の観学祭で知り合ったオーティスが妻子を伴ってやって来た。
オリビアは即座に立ち上がり、俺も姿勢を正す。クラリッサに関しては許して欲しい。
「改めて自己紹介しよう。私はオーティス・レイ・ガーデランド。そして妻のローレインと息子のオズワルドだ」
「本日はお招きありがとうございます。オリビア・エトー・ガーデランドと申します」
少し意外だがオリビアは丁寧に挨拶を返し、オーティスに促されて再び席に着く。
「さて、色々聞きたい事もあるだろうが、まずは私と君の母、オフィーリアとの関係だろう?」
オーティス達も席に着くと、彼は早速そう切り出してきた。
「私はオフィーリアの兄、君から見れば伯父という事になる」
オーティスがオフィーリアの兄。それはつまりオフィーリアは侯爵家の生まれという事だ。
突然告げられた事実に、俺は驚くと同時に何処か納得していた。
オフィーリアとオリビアのエトーというミドルネームはシューマさんの苗字だ。ならガーデランドがオフィーリアの元々の家名という事になる。
そしてこの国の平民には苗字が無い。
これらを総合的に考えれば、オフィーリアが貴族階級の生まれだという事は予想出来た。
加えて言えば、俺がオーティスに対して警戒心を持てなかったのは、オフィーリアの面影を無自覚の内に感じていたからなのかもしれない。
「オフィーリアからは自分の家族の事を、何か聞いていなかったのかい?」
「いえ…お母様は何も言っていませんでした…」
オーティスの問いに応えるオリビアの声にはいつもの元気が無い。
今まで天涯孤独だと思っていたのに唐突に親戚が現れ、しかもそれが貴族階級だったのだから戸惑うのも当然だ。
「オフィーリアは魔法学校卒業後暫く宮廷魔術師として王城に勤めていたのだけど、知見を広める為にも世界中を旅したいと言い出してね、それで父、君から見れば祖父だが、と大喧嘩して家を飛び出したんだ。数年後にシューマ君を紹介しに帰っては来たのだけれど、父は彼女を許さなくてね、そのまま絶縁状態だったんだ。そんな別れ方をしたから、君にも話さなかったんだろう」
「そうでしたか…」
「だが私としては妹の忘れ形見である君をこれ以上放っておくのも心苦しい。君さえよければガーデランド家に戻ってこないかい?」
「え、あの、ガーデランド侯爵?」
「そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ。私は君の伯父なのだから」
「あ、はい、あの、オーティス伯父様?」
「うん、なんだい?」
「それは私が貴族になるという事ですか?」
「そうだね。勿論簡単な事ではないが不可能じゃない。オフィーリアが貴族籍を捨てても好意的に見られていたのは、それだけ彼女が優秀で功績を立ててきたからだ。きっと君も受け入れてもらえるだろう。それに父ももう歳だ。いい加減許してやって欲しいし、君にとも良い関係を築いてもらいたい」
「……」
オリビアは黙っている。俺の位置からはその表情は解らないが、それでも悩んでいるというのは容易に想像がつく。
「何も急に結論を出して欲しいわけじゃない。暫く屋敷に滞在して考えてみてくれ。どちらにしても、明後日のパーティーは君にとって良い経験になる筈だ」
そう言ってオーティスは席を立ち、来た時と同様に妻子を引き連れて部屋を出て行った。
「オリビア様、お初にお目に掛かります。わたくし、当家の執事を務めさせていただいております、ヴァンスと申します」
声を掛けてきたのは単眼鏡を掛けた壮年男性だった。
白髪交じりで結構な年齢に見えるが、執事服に身を包んだその出で立ちには隙が無く、背筋も伸びていて老いを感じさせない。
「お部屋をご用意しておりますのでご案内します。どうぞこちらへ」
「はい…」
返事をして立ち上がるオリビアだが、やはりその声には元気が無い。
無言のまま案内された部屋はやはり立派な造りだったが、派手な装飾も無い落ち着いた部屋だった。正直に言えば意外な程に落ち着いた内装だった。
「こちらのお部屋はご自由にお使いください。僭越ながら、従魔の皆様も同じ部屋の方がよろしいと判断いたしました。別室の方がよろしければ、そちらにご案内いたします」
「いえ、同じ部屋で大丈夫です。ありがとうございます、ヴァンスさん」
オリビアが礼を言うと、ヴァンスは単眼鏡の奥の目を細めて笑う。
「ヴァンスとお呼びください。オフィーリア様の御息女である貴女様は、わたくしにとって主も同然なのですから」
その言葉に俯き気味だったオリビアが顔を上げる。
「あの御転婆だったオフィーリア様の御息女がこれ程立派になられて、月日が経つのは早いものでございますな。このお屋敷にはオフィーリア様が過ごされていた当時のものも沢山残っております故、ご自由にご覧になってくださいませ」
「あの、ありがとう、ヴァンス」
僅かながら笑みを見せたオリビアに、老執事はにっこりと微笑み一礼し、優雅な所作で退室した。
「ああぁぁぁぁぁ、緊張したああぁぁぁぁ」
「わううううぅぅぅ」
オリビアは中央のソファに腰を下ろすとへたり込む様に俯き、クラリッサもその真似をする様に絨毯に寝転がる。
はしたないが無理も無い。これが俺だったら俯くどころか五体投地 してた。
「まさかオーティス様がご主人様のお兄様だとは思いませんでしたね」
「そうよ。それにオズがオーティス伯父様の子供って、私の従姉弟って事じゃない」
オーティスもオズワルドもきっと判ってて言わなかったんだろうなぁ。オフィーリアもそうだけど、本当良い性格してるよ。
俺も椅子に座って、肩に掴まっているアカネを膝に乗せる。魔力を灯した指先を顔先にもって行ってやると、アカネは口を着けて魔力を吸い始めた。勿論牙を立てたりはしない。
「ナタリア、私、どうしたら良いと思う…?」
「それは……」
俺が決める事じゃないだろう。メイドで、人形の俺が、主の人生を左右する件に口を出すわけにはいかない。
でも本当にそれで良いのか?
今まで散々口出ししといて、重くなったら自分の領分じゃないって突き放すのが正しいのか?
「うん、ごめん。解ってる。私が決めなきゃいけない事なのよね。私ももう15歳なんだから、いつまでも甘えてちゃダメだわ」
「お嬢様……」
碌に助言出来ない自分の情け無さと、オリビアの成長に対する嬉しさと寂しさが混ざり合う。
葛藤を遮る様に、扉をノックする音が響いた。




