第百三十六話 紫電清霜①
魔法学校での生活も早いもので、もう残り一ヶ月を切った。
今日は観学祭。此処で学び培ったものを発揮し、世間にアピールする場だ。
とは言え例に漏れず、俺は参加するわけではないのだが。
「ほら、ナタリア、早く行きましょう!」
「そんなに慌てなくてもまだ時間はありますよ」
模擬戦大会は午後からだから、それに間に合えばいい。
今年で最後だから一緒に回ろうと言われたが、かなりはしゃいでいる。クラリッサがまた一人で出掛けているのもあって、気兼ねなく遊べるのもあるのだろう。
オリビアに手を引かれるまま人で溢れた校庭を駆け、最初に訪れたのはアナベルの魔道具展示発表だった。
今年は去年より展示物が増えており、それに伴い来場者も大勢押し寄せていた。
「凄い人集りですね」
「そうね。クリスも張り切ってたし」
クリスティナもプラムの件から魔導人形を中心に研究していた様だ。俺もそれに便乗する形で、アナベルの研究を手伝う合間に簡単なパーツ作りを勉強させて貰っていた。野営学習でスカートの中に仕込んでいた隠し腕はその成果だ。
「オリビアさん、ナタリアさん、ようこそ」
来場者の案内に一区切り着けたクリスティナが俺達を出迎えてくれた。
卒業後、彼女は実家のバーナード領に戻るらしい。王都の研究所に勤める選択肢もあったのだが、彼女の成果を認めた領主が領を盛り上げるべく新たに研究所を作るので、そこで錬金術・魔道具の研究を続けるそうだ。
「プラムは、来場者のお相手をしている最中ですか」
これだけ大勢の来場者が来ているのだ。生徒だけでは捌き切れず、プラムも駆り出されていた。
「申し訳ありません。プラムもナタリアさんとお会いするのを楽しみにしていたのですが」
「お気になさらないでください。今話さずともまだ時間はあります。それに妹が立派に働いている姿を見れたのです。姉としてはそれで満足ですよ」
今でも表情の変化には乏しいが、それでも少しずつ感情を理解し始めていると思う。自我に目覚めているかもその是非も俺には判断出来ないが、それでもプラムが俺の妹である事に変りは無い。
そしてあの子がこの大舞台で俺達以外の人と接し役に立っているのは、姉として誇らしい。
「あれ、エイミーじゃない。何してるんだろう?」
オリビアが指差した先には、何故かこのブースで来場客を相手しているエイミーの姿があった。
「此処の何人かは卒業後にエイミーさんの商会への就職が決ってますし、在学中に開発された魔道具の権利なども買っていかれましたから、ああやって来場者の方に売り込みをなさっているんです」
成る程、此処ならば商品の見本市になる。商魂逞しいな。
ちなみに俺が作っていた参考書に関する権利は、オリビアの卒業を機にエイミーが買い取る事が決まっている。元々手が回らなくなっていたし、オリビアが卒業すれば俺が参考書作りに固執する理由は無い。この三年間でそれなりに稼げたし、良い機会だと思ったのだ。
「あら、二人とも来ていたのね」
そこで此処の主であるアナベルが現れた。
「アナベル先生、お疲れ様です。大盛況ですね」
「お陰様でね、ふへへっ」
「見ていて気になったのですが、例のアレは発表しないのですか?」
俺が作成を手伝った魔道具は一応形にはなったので今回発表すると思っていたのだが、展示されている中には無かった。
実用化されればかなりの技術革新になると思うのだが。
「アレは半ば趣味みたいなものだし、公表するには安定性が無さ過ぎるわ。それに」
そこまで言って、アナベルは声を潜める。
「国の研究機関に目を付けられると色々面倒だから」
「それが一番の理由のようですね」
以前に国の研究機関は風通しが悪いとぼやいていた。
それにアナベルの言う通り、確かに形にはなったが、完成した試作品を安定して使えるのは今のところ俺だけで、ありったけの魔力をつぎ込んでも稼働時間は短い。成果というにはあまりにも不完全過ぎるか。
「これからも研究は続けるけどね、クリスや貴女みたいな優秀な助手が居なくなるのはつらいわ」
いつも薄ら笑いを浮かべているアナベルだが、これには僅かに表情を曇らせた。アナベルには悪いが、それだけ評価してくれているという点はありがたくもある。
「私の方でも改良は続けますし、何か有用な情報があれば報せます」
「ええ、お願いね、ふへっ」
とは言うものの、今俺の持ってる素材でこれ以上は望めない。改良するには今以上の素材を入手するか、構造から見直す必要がある。
アナベルのブースを後にし、オリビアの希望で校舎の屋上に来た。此処は観学祭中一般開放されている中で最も高い場所であり、多くの来場者や展示物が一望出来る。
「こうして改めて見ると、本当に沢山の人が来てるのね」
「そうですね」
前世に比べて交通の不便なこの世界で、これだけ大勢の人が国中から集まる。それだけイングラウロ魔法学校が注目されている証拠だ。
そしてその学校を、オリビアはもうすぐ卒業する。
「お嬢様」
手摺から身を乗り出し気味になって景色を眺めていたオリビアの横顔に声を掛ける。
「ん、何?」
オリビアは風に靡く髪を押さえながら、顔をこちらに向ける。彼女の母に似た、とても端整で美しい顔だ。
「この三年間、どうでしたか?」
「楽しかったわ」
微笑む彼女は即答した。何も飾らず、ただシンプルに、たった一言。
きっと百点満点ではないだろう。つらい事も苦しい事もあった。だがそれらも込みで、この三年間の全てが一言に集約されていた。
「それは何よりです」
学生の間の一年は大人になっての一年よりずっと価値がある、とは誰の言葉だったか。
大人が過ぎ去った過去を美化して若者に語っているだけかもしれない。でも此処で過ごした三年間が、これからのオリビアにとってかけがえの無い思い出であり支えであり、成長の糧であってくれれば良いと思う。
「あ、お嬢様、昼食はどうなさいます? 模擬戦大会まで時間はありますが、早めに食べておいた方が良いですよね?」
「え?」
食後すぐの運動は体に良くないと思って言ったのだが、オリビアがきょとんとした顔をする。
何かおかしかったか?
「言ってなかったっけ? 私、模擬戦大会には出ないわよ?」
「……」
お嬢様、熱でもあるんですか?
「今年でオリビア先輩は卒業だから、最高の舞台で戦いたいと思ったのに」
模擬戦大会予選が始まり、魔法競技場のステージ上では複数人によるサバイバル戦が繰り広げられていた。
「なんで出場してないんだ!」
得意の高速連射を放ちながら、マリーゼは叫んだ。
入学当初にやってしまったオリビアへの八つ当り。その一件が終息してから、放課後には時折彼女と模擬戦形式のトレーニングを行い、長期休暇の間も自己鍛錬を続け、下期が始まってからもトレーニングを再開していた。当然マリーゼの技術も磨かれ、結果として彼女の実力は戦闘に限れば一年生の中でも最上位に至っていた。本人にしてみれば認めるのも癪だが、マリーゼにとってオリビアは学校の教師以上に師匠と言える存在だった。
なのでオリビアの卒業を前に、最高の舞台で彼女に勝ちたい、師匠越えを果たしたいと考えたのは自然な事だった。
なのだが、彼女の思いに反してオリビアは出場していなかった。元より相談し示し合わせたわけではないので栓無い事だが、そのせいで元々気の強い彼女は苛々を募らせていた。
しかしオリビアに及ばずとも、模擬戦大会に出場しているのはそれなりに腕に覚えがある生徒ばかりだ。そんな彼等が気の乱れから隙を見せたマリーゼを見逃す筈が無かった。
「隙ありっ!」
「しまっ―」
他の選手がマリーゼを背後から撃とうとした瞬間、その姿は純白の嵐に吹き飛ばされてしまった。
「それは私も同感だが、だからといって油断するのは感心しないな」
「な、なんでアンタが」
本来なら居る筈の無い人物の登場に、マリーゼは動揺を隠せなかった。
彼が涼しい顔で歩き、その一歩ごとに足元から白い霜が広がる。冷気を支配する事こそ、彼の最も得意とする魔法なのだ。
「オリビアが居ないのは残念だが、だからといって勝ちを譲るつもりも無いぞ」
彼がそう言った次の瞬間、周囲は雪と氷で閉ざされた。




