第百十話 黒い巨鳥②
観学祭で学園中が賑わっている。午後まで時間があるからナタリアと二人で回るのも魅力的な選択だったんだけど、今日はちょっと決意を固めたいからそれまであまり顔を合わせたくないのよね。
「そこの黒髪の娘!」
だから一人で適当に観学祭を回っていると、いきなり大声で呼び止められた。
声に振り返ると、見上げるほど大柄の虎獣人が立っていた。身形からして貴族だ。
周囲の人達は声に驚いたのか、距離を取って遠巻きに見ている。
「お前がオリビアか!」
「あ、はい、オリビア・エトー・ガーデランドです」
「ふむ、礼儀は心得ているようだな。感心である」
姿勢を正して挨拶すると、虎獣人は腕を組んで大きく頷いた。
「私はゴドウィン・グォ・フーヤード! 息子が世話になっておるな!」
フーヤード、息子って事はもしかして…
と思ったら、人混みを掻き分けるようにしてマティアスが出てきた。
「はぁ、はぁ、待ってくださいよ、父上」
やっぱり、マティアスのお父さんだったのね。
半獣人のマティアスと違って、ゴドウィンさんは完全な獣人だけど。
「ここは私の母校だ。迷ったりせぬと言っておるだろう」
「逸れると言ってるんですよ!」
息を切らせながらも主張するマティアスに、ゴドウィンさんは悪びれないどころか気にもせず、鋭い目で私を見下ろしてきた。
「マティアスから聞いておる。模擬戦の成績は学年でもトップだそうだな。加えてその容姿も美しい!」
「あ、ありがとうございます…?」
確かに模擬戦の授業ではたまにマティアスに負けるくらいで殆ど勝ってるし、成績表もそこだけは良かった。
容姿は、良いのかな?
女の子にしては背も高い方だし、最近は筋肉が付き過ぎてきた気もするんだけど。
「マティアスがあまりにも渋るのでどんな娘かと思ったが、何も問題無いではないか」
「それはですね、父上」
珍しくマティアスが慌てている。
けど次の言葉は私も驚かせるものだった。
「オリビアよ、魔法学校卒業後はマティアスの嫁にならんか?」
「へ?」
「父上えええぇぇぇぇぇ!」
何て?
私がマティアスの嫁?
「家督は長男が継ぐ故にこやつはいずれ独立するが、その時に頼れる伴侶がいれば心強い。お前のような強い女ならば安心というものだ」
「父上! そういった心配は無用と何度も言ってるではありませんか!」
「だがお前は私が見繕った候補を全員断っておるし、それらしい相手が居る気配も無いではないか」
「それはそうですけど!」
マティアスって貴族だからもう婚約者とか居るんだと思ってたけど違うのね。
来年魔法学校を卒業したら私達は成人なわけだし、貴族のマティアスは平民以上に婚期を気にしなきゃいけないんだろうけど、こういう事はちゃんと言っておかなきゃ駄目よね。
「ええと、ゴドウィンさん、せっかくのお話ですけど私には好きな人がいるので、丁重にお断りさせていただきます」
私には好きな人がいるし、独立するとは言っても貴族と結婚したら政治や権力の争いに巻き込まれる事になる。お父様やお母様みたいな自由な冒険者になるには、そういうのはなるべく避けたい。
マティアス自身は嫌いじゃないけど、私にとって恋愛対象としては見れない。
「む、そちらに意中の相手が居たか。ならば仕方ない。残念だったな、マティアス、気を落とすな」
「なんで私が振られたみたいになってるんですか!?」
私が深く頭を下げると、ゴドウィンさんはマティアスを励ますように豪快に背中を叩いた。マティアスはすごく不満そうだけど。
「オリビアよ、時間を取らせたな。さらばだ! ガハハハハハ!」
「ああもうっ! すまない、今回の事は忘れてくれっ!」
大声で笑いながら立ち去るゴドウィンさんと、慌てて後を追うマティアス。残された私は何だか釈然としないまま、二人が消えた方向に向かって暫くぼんやりしていた。
「……何だったの?」
その時、風魔法を使って大きくした声が学園中に響いた。
観学祭内のイベントの案内だ。
しかもそれは私が参加する予定のものだった。
早く行かなくちゃ。
私は気持ちを切り替え、イベントの会場へ向けて走った。
魔法学校の成果が発表される場において、リューカはその展示物を興味深げに眺めていた。
レイバナ国にも魔法はあるが、その理論や思想の相違点は多い。そういった点から自身の糧となるものを学ぶのも、彼女が留学してきた理由だった。
「リューカ様、こちらの展示などはいかがでしょう?」
少し離れていたルリが、違う展示物を指す。それは結界魔法の構築に関する物だった。
記載された論文を、リューカの黒い瞳がなぞっていく。
結論から言えば、その結界の効果はリューカが望むものではなかったが、レイバナ国のものとはまた違った角度から見た思想は彼女を刺激するには充分だった。
たとえ無意味に思えても、何が切っ掛けになるかは判らない。あと一年しか期間がないが、その間に出来るだけこの国の魔法を学ぼうと、リューカは展示物へと目を走らせた。
そんな主の姿を眺めながら、ルリはサペリオン王国に対して少し怪訝に思っていた。
(この国って、ファンタジーな割には魔法もそうだけど生活や文化に宗教の影響が少ないのよね。教会もあるにはあるけど政治に干渉するような権力は無いみたいだし)
ルリがそう思うのも当然だった。
宗教が発生し権力を持つ経緯は様々だが、そのいずれもが人々の生活に深く根ざし、時には国のあり方さえも決定付けるのはよくある話だった。
彼女の前世における歴史でも創作でも、宗教の権力は大きい場合が多く、人類に対する脅威やその時代の科学で解明出来ない不可思議が存在するほど、それは強まる傾向にある。
だがこの世界は魔物と言う脅威を抱え、魔法と言う超常の力が存在するにもかかわらず、教会の権威は驚くほど弱かった。人間、エルフ、ドワーフ以外を人類として認めていないブラン教がサペリオン王国で禁止されているのは仕方無いとして、王国から保護を受けているブラノワ教ですら、ルリが前世から抱いていた『ファンタジー世界の宗教』のイメージには程遠い。
それは初代サペリオン王から続く、徹底した政治と宗教の分離政策の結果だった。
(意外なのが神聖魔法とか浄化魔法みたいなのが無いのよね)
ルリが想像しているのは、前世の創作物における聖職者が得意とするアンデッド特効の魔法だ。
生死観に繋がるのは宗教の常であり、傷の回復と死者の浄化を聖職者が司るようになるのは当然の結果と言える。サペリオン王国でも葬儀や供養にはブラノワ教の様式に則った方法で行われるし、その際に唱えられる祝詞などもある。
だがアンデッド系の魔物を浄化する神聖な魔法があるかと問われると、そんなものは存在しない。更に言えば聖職者だからと言って回復魔法を得意としているとは限らず、信仰と魔法の適性は関係無い。事実、オリビアは無宗教だが自己回復魔法の扱いは学年でも優秀な方である。
(まぁ、そういうところはレイバナも同じよね。あっちもリッチや吸血鬼が宮司や巫女したりしてるし)
そう思ってルリがふと展示物から視線を逸らすと、視界に大きな人だかりが映った。
何か注目を集める発表がされているのかと思えば違う。壇上に立ってエイミーが大声を張り上げていた。
「模擬戦大会優勝は誰かなー! 賭けるなら今のうちだよー! 参加者一覧はそっちに貼ってある表を見てねー!」
なんとエイミーは模擬戦大会の優勝者を予想する賭けを開催していた。勿論学校からは無許可だ。と言うか許可など降りるわけが無い。
なのに生徒も来客もこぞって買おうとしているのだから、困ったものである。
「何やってるんだか」
そう言ってルリは肩を竦めつつ、懐から財布を取り出した。
こいつもこいつである。




