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メイド人形はじめました  作者: 静紅
漆黒の魔女
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第十話 好きな花

 歩きなれた森の中、油断が無かったと言えば嘘になる。

 だがそれでも、今このときにこの遭遇は、オリビアにとって予想外の不運な出来事だった。

 冒険者にしてはいまひとつ森に慣れていない不審な男達に出くわし、身の危険を感じたのですぐに踵を返した。やはりと言おうか、男達は下卑た笑みを浮かべながら追って来た。


「へへ、森を抜けるだけのつもりだったのに、何とも可愛い嬢ちゃんがいたもんだ」


「こっちの町で売り飛ばせばそれなりの値になるだろうな」


 発言から、彼らが人攫いであると気付いた。もし捕まれば、夢を叶える事も、家族に会う事も、胸に抱いた花束を見せる事も出来なくなるだろう。

 だから逃げた。

 男達が森に慣れていなかった事もあって、何とか捕まらずに走り続けられた。

 だが逃げ切れてもいない。

 このまま永遠に走り続けなければならないのではないか。そんな錯覚が脳裏を過ぎったとき、聞き覚えのある音が耳に届いた。

 近くではないがいる。そう確信して、オリビアは向きを変えた。

 木の枝を潜り、茂みを掻き分け、必死に逃げた。

 男達もしつこく追ってくる。

 また聞こえた。

 大丈夫だ、近付いている。


「あっ!」


 その安心感が僅かな隙となり、木の根に躓いてしまった。

 オリビアの体が地面を滑る。何とか花は守ったが、男達に追い付かれてしまった。


「さてと、鬼ごっこは終わりだぜ」


「怖がらなくてもいい子にしてれば痛い事はしないよ」


 刃物をちらつかせる下衆達を睨み付ける。だがこんな幼子に睨まれたところで、大の大人が怯む筈も無い。むしろ彼らの嗜虐心を煽る結果にしかならなかった。

 嫌だ。

 こんな場所で終わりたくない。


「っ……」


 自分はまだ尊敬する両親のような、立派な冒険者になっていない。

 母にもまだ甘えたい。

 好きな人に、自分の気持ちを理解してもらっていない。


「大丈夫、嬢ちゃんならきっと貴族や金持ちが買ってくれるさ」


 初めて見たとき、綺麗だと思った。

 一緒に生活して、賢くて優しくて、素敵だと思った。


「ほら、いい子だから大人しくしな」


 この気持ちの正体は、すぐにわかった。

 でも彼女にとって、自分は仕える主の娘でしかなかった。


「ナタリア……」


 嫌だ。

 まだ終わりたくない。

 好きな人に、自分を好きになってもらっていない。


「ナタリアああああああああああッ!!」


 抑え切れなくなった感情が、極めてシンプルな形で口から溢れ出た。


「何だいきなり大声出しやがって」


「こんな森の中じゃ助けなんて来ねぇだろ」


 男の一人が手を伸ばそうとした瞬間、飛翔した魔力弾が男の腕を貫いた。


「ぐあっ! 何だ!」


 男が腕を押さえてよろめく。

 次の瞬間、銀髪のメイドが男の頭を蹴り飛ばし、オリビアを守るように男達の前に立ち塞がった。


「てめぇら、うちのお嬢様に何しやがった!」


 いつも落ち着いた彼女の、普段とは違う激昂した姿に、オリビアは息を呑んだ。







 今の俺は普通の人間と変わらない。だからこの森の中でオリビアを探し出すなんて無理だ。

 だから出来るだけオリビアの方から近付いて来てもらう事にした。

 オリビアは授業の合間で俺が射撃練習しているのを何度か見ているから、銃声を知っている。

 移動しながら一定間隔で空に向かって通常弾を撃つ。銃声が聞こえる範囲なら、俺がいると気付く筈だ。もしオリビアが何かトラブルに遭ってるなら、銃声を頼りに俺の方へ向かうだろう。仮に動けなかったとしても、俺が近くにいるとわかれば声を上げるくらいは出来る。

 後は普通に自分の目と足で探すだけだ。


「今の!」


 オリビアが俺を呼ぶ声が確か聞こえた。

 そんなに遠くない。

 堪らず声の方へ走った。

 俺が見たのは、四人の男が刃物を手にオリビアに迫る光景だった。

 ありもしない血が頭に上った。

 走りながら一番前の男の腕を撃ち抜き、勢いそのままに蹴り飛ばす。そしてオリビアと男達の前に割って入った。


「てめぇら、うちのお嬢様に何しやがった!」


「何だこの女!?」


「チッ、けどよく見りゃ良い女じゃねぇか」


「ああ、こいつも高く売れそうだ。さっきのは魔法か?でも自分からこんだけ近付いてちゃぁ駄目だぜ」


 相手は見るからに堅気じゃない。今のも明らかに法に触れまくってるやつの台詞だ。


「お嬢様、お怪我はありませんか?」


「う、うん、大丈夫。気を付けて、こいつら人攫いよ」


 やっぱりか。なら遠慮は要らない。


「でしたら」


 一人の脇腹を撃つ。


「があっ」


「魔法無詠唱か!?」


「違う! 飛び道具だ!」


 一番奥にいたやつは銃が飛び道具だと見抜いたようだ。犯罪者の癖にやるな。真っ当な職に就けばそれなりにやれただろうに。

 まぁ、俺には関係無い事だ。


「ぎゃあぁぁぁっ!」


 完全に無力化するため両足にも銃弾をプレゼントすると、アスファルトの上のミミズみたいに無様にのた打ち回った。いい気味だ。


「てめぇ!」


 男が剣を構えて突っ込んできた。

 俺の後ろにはお嬢様がいるから避けられない。


「おらぁっ!」


 振り下ろされた剣が俺の肩口に沈み、衝撃が体を揺さぶる。


「へへ、勿体無ぇけどおイタが過ぎたな。恨むなよ」


「ああ、恨んだりなんてしないさ」


「なっ!?」


 肩に剣を食い込ませても平然としている俺に驚く男の顎に銃口を当て、そのまま引き金を引く。銃声と共に弾丸が脳天へ突き抜けた。

 事切れた男越しにもう一人の男を撃つ。


「くそっ」


 男が横に飛ぶが、躱し切れず手足から血を流す。それでも致命傷を避けているあたり、やっぱりこいつは他のやつに比べて洞察力に優れている。


 けど無駄だ。


「そらよっ!」


「うわっ!」


 死体を投げ付けてそのまま蹴りをお見舞いすると、男は体勢を崩し、頭の上下に血の噴水を作った死体は崩れ落ちる。

 ナイフごと手を掴んで捻り上げ、地面に引き倒す。さっきのもそうだが、痛覚の無い人形の体だから出来る事だ。

 倒れ伏した男の背に乗って身動きを封じ、後頭部に銃口を当てる。


「何なんだ、お前! そんなナリしてる癖に、殺すのに迷い無さ過ぎだろ!」


 確かに前世の俺なら、どんなにキレても殺しまではしなかったかもな。でも今の俺は違う。大事なもののためならどこまでも冷酷になれる。さっき殺した男もこれから殺すこいつも、何とも思わない。


「生憎、血も涙も無い身なんでな」


 文字通りの意味で。


「それではごきげんよう。死ね」


 引き金を引き、真っ赤な血をぶちまける。飛び散った血が服にかかった。替えは沢山あるが、嫌なもんだな。

 立ち上がって頬にかかった飛沫を拭う。


「初戦闘にしては上出来だけど、もう少し警戒心を持った方がいいわね」


 不意に聞こえた声に振り向くと、いかにも魔導師らしい杖を持ったオフィーリアが立っていた。


「その二人、まだ反撃や逃亡を図る余地があったわよ」


 オフィーリアが指差した先には、最初に転がした男二人がいた。そいつらには緑の蔓が巻き付き、身動きを完全に封じている。たぶんオフィーリアの魔法だろう。

 確かに一人は腕を撃って蹴飛ばしただけで、それから起き上がってこなかったから放置してたが、こいつらの中では一番軽傷だ。次の奴も脇腹と両足を撃っただけだから、痛みに耐えれば動ける範囲かもしれない。


「戦闘経験の無さが原因ね」


「申し訳ありません」


 確かにこいつらに動かれて、オリビアを人質にでもされていたら厄介だった。


「今後に活かしてくれればそれでいいわ。それより帰りましょう」


「はい」


 踵を返すオフィーリアに続くが、オリビアは責任を感じているのか、俯いて動こうとしない。

それはむしろ俺がする事だろうに。


「お嬢様、帰りましょう」


「ナタリア……」


 手を差し出すと、オリビアは躊躇いながらも手を伸ばし、俺の手を取ってくれた。

 やれやれ、少なくとも俺はオリビアを責めるつもりなんて無い。それを言葉にする代わりに、オリビアの手をしっかりと握った。


「ナタリア、ありがとう」


「はい、どういたしまして」


 お礼を言われる事なんて何もしてない。でもオリビアはきっとそれじゃあ納得しないだろう。

 だから俺は敢えてそれを受け取る。


「お、おい、待ってくれ! 置いて行かないでくれ!」


 せっかくいいところだったのに、空気の読めないゴミが声を上げる。


「ご主人様、あれは街の警備隊に突き出すのですか?」


「んん、そうしてもいいけど面倒だし、あのままでいいんじゃないかしら。そのうち森の魔物が片付けてくれるでしょ」


「ああ、なるほど」


 つまりそういう事ね。納得。

「もう違法奴隷なんて手は出さねぇ! あんたらの奴隷になれって言うなら従う! だから助けてくれ!」


 男は身を捩りながら必死に懇願するが、俺はこいつらがどうなろうがどうでもいい。むしろ死ねばいいと思ってる。

 それはオフィーリアも同じだった。


「うーん、さっきのナタリアの言葉を借りるなら『ごきげんよう。死ね』ってところかしら」


 死刑宣告された男達が何やら喚いているがどうでもいい。

 俺達は手を繋いで仲良く帰路に着いた。








「さて、二人とも」


 家に着いてオフィーリアが口を開くと、俺とオリビアは身を強張らせた。


「はい、どんな処罰でも受ける所存です」


「ナタリアは私を助けてくれたじゃない!何も悪い事してないわ!」


 オリビアが庇ってくれるが、俺にそんな資格は無い。オリビアが危険な目に遭ったのは俺のせいだ。それに俺は既に最後通告を受けていて、その上での行動だった。


「いいえ、お嬢様。私はご主人様より留守番を命じられていたのを無視しました。これで命令違反は二度目です。それに今回の件、そもそもの原因は私にあります」


 オリビアを悲しませる事になるけど、こればっかりは仕方無い。主人の娘を危険に晒し、命令も守れない人形に存在価値など無いのだから。

 最初に言っていた通り、痛み無く消滅させてくれるなら御の字だ。

 ああ、短い転生人生だったな。最初は人形でメイドで命握られてるなんて酷いと思ったけど、ロスタイムにしちゃあ悪くなかった。いや、楽しかったよ。


「お母様、ナタリアを許してあげて! お仕置きなら私が受けるから!」


「お嬢様」


 オフィーリアに縋ろうとするオリビアの肩を掴んで止める。これ以上オフィーリアの不興を買うわけには行かない。

 俺が首を横に振ると、オリビアは今にも泣きそうになってしまった。


「二人とも、勝手に話を進めないでよ。ナタリアも、別にそこまで怒ってないわ」


「「え?」」


 思わず呆けた声が出てしまった。

 なんで?


「理由はどうあれ、オリビアが外に出たのは本人の自発的行動だから、それでナタリアを責めたりしないわよ。命令無視はオリビアを助けたのでチャラでいいわ。私が間に合わなかった可能性もあるし」


 そう言うとオフィーリアは額に手を当てた。


「それに貴女を消滅させて新しく魔導人形を創造るのも大変だし、新しい魔導人形がちゃんと自我を持って貴女くらい家事が出来るようになる保証なんて無いもの」


 費用対効果で、俺の価値は認められているらしい。

 俺は内心胸を撫で下ろした。

「お母様、ナタリアを消滅()すつもりだったの!? そんなの嫌よ!」


「だからしないわよ」


 驚いて抗議するオリビアに、オフィーリアは苦笑する。


「オリビアも懐いてるし、私も娘に嫌われたくないから」


 きっとその理由も小さくないんだろう。


「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、オフィーリアは肩を竦めた。


「でもナタリア、貴女諦めが良過ぎるわよ。それだけ優秀なんだから、私と交渉するくらいして見せなさいな。貴女ならそれくらい出来るでしょ。弁解すらしないなんて、変なところで真面目なんだから」


 いや、だって自分が悪いのわかってて言い訳するのは格好悪いじゃん。原因が自分にあるってだけで既に申し訳ないのにそこに言い訳するとか、申し訳なさ過ぎて死にたくなる。


「ナタリア、これ」


 呼ばれてオリビアに向き直る。しゃがんで目線を合わせると、オリビアはずっと手に持っていた花を差し出した。

 真っ白な五枚の花弁の奥が淡く青い花だった。


「少し萎れちゃったけど、受け取ってくれる?」


「はい。綺麗な花ですね」


 素直にそう思った。これはオリビアが俺のために摘んできた花だ。不満なんてあるわけが無い。

 確かに少し萎れてはいたが、それはオリビアが逃げながらもこの花を大事に抱えていたからだろう。


「この花ね、スピカリリーっていうの。色がナタリアに似てるでしょ」


 オリビアの手からスピカリリーを受け取る。確かに銀髪蒼眼の俺に似ていると言えるだろう。

 やべぇ、泣きそう。涙出ないけど。


「ありがとうございます、お嬢様。私にも好きな花が出来ました」


「よかった、気に入ってもらえて」


「お嬢様が私のために摘んできてくださったのです。気に入らないわけがありません」


 社交辞令じみた台詞だが、これは俺の本心だ。

 自分に似た花が好きというのも変な話だが、オリビアが俺のために、俺を想って探してきてくれたというのが何よりも嬉しい。


「ナタリア、大好き」


 いきなりオリビアが抱き着いてきた。咄嗟に花を避けて受け止める。

 まったく、スキンシップ過剰だな。

 そういうところも可愛いが。

 子供に対する一般的な(ry


「さてと、そろそろ夕食の支度しなきゃいけないんだけど、久しぶりにナタリアの料理が食べたいわね」


「お任せください」


 久しぶりの料理だ。腕は鈍っちゃいないと思うが、オリビアに食べてもらうのは初めてだ。気合入れて作るとするか。


「ナタリアがご飯作るの?」


「ええ。お嬢様、何か食べたいものはありますか?」


「お肉。でもナタリアが一番得意なのを食べてみたいわ」


「はい、期待してお待ちください」


 ピラフやパエリアが得意だが、ポトフも捨て難い。肉をメインにしてやりたいし、それなら味付けも合わせるようにしないとな。


「ナタリア、貴女の事が少し嫌いになったわ」


「え!?」


 突然オフィーリアから告げられた言葉に、俺は思わず声を上げた。


 なんで!?

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お母さま……ヤキモチか?妬いてんのか?
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