第九十九話 イミテーションシスター⑩
学園に戻ってから、成り行きで付き合わせてしまったルリと分かれ、アナベルの研究室で停止したプラムと俺の腕を診てもらった。
「左腕は固定しておけば一日で直るでしょ。右手は無理ね」
診断は予想通りで苦笑するしかない。
「修復機能で何とかなる範囲を超えているから、新しく腕を作って取り替えなきゃいけないわ。放置すれば修復機能が変に作用してしまうかもしれないし、このまま肘から取り外してしまった方が良いわね」
そういうところは人間にも通じるところがあるんだなぁと、自分の事ながら何処か他人事のように感じてしまうのは痛みが無いからだろうか。
左腕は簡易ギブスと包帯で固定して右腕も取り外した痛々しい光景だが、精神へのダメージではないので俺自身は特に何も感じない。
「でも新しい腕を作ろうにも、私はオリハルコンも世界樹の幹も持ってないのよねぇ。そもそも一般に出回ってる代物でもないし」
「それでしたら実家にまだ在庫があるので、次の長期休暇で帰省した際に取ってきます」
「そうね、そうしてちょうだい。それまでは代わりの腕を付けておけば良いでしょう。プラムの腕のサイズ違いになるけど、三日ほどで出来るからまた来なさい」
「解りました」
アナベルには世話になりっぱなしだな。本人は既にオフィーリアから充分な報酬を貰っているからと言ってくれるが。
ちなみにプラムは魔導核を破壊したせいで停止したが、他の部分には大した損害は無かった。手足が砕けてはいるが、まだ修復可能な範囲らしい。新しい魔導核さえ用意すれば、また再起動できるだろう。
「………」
指し当たって今一番問題なのは、部屋の隅で俺を睨んでるオリビアだ。
「あの、お嬢様?」
「……ふん」
恐る恐る声を掛けると、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
ああ、なんか怒ってる。
前に機能停止したときもちゃんと仕事するように怒られたもんなぁ。両手が使えないメイドが碌に仕事できるわけないから当然か。
「以上よ。もう帰って良いわ」
「はい、ありがとうございます」
ソファから腰を上げると、アナベルは自分の後ろに控えていたクリスティナへ視線を向けた。
「クリス、貴女もよ」
「え、でも」
「今回の件、外の対応は任せるわ。出来るわね?」
「あっ……はい!」
外の対応か。確かにそれは魔物の俺や平民のアナベルより伯爵令嬢であるクリスティナの方が向いているだろうな。
「では、失礼します」
そして俺達はアナベルの研究室を後にした。
なんとなく気まずいまま歩き、寮と校門への分かれ道に差し掛かったところでクリスティナは姿勢を正して向き直った。
「ナタリアさん、今日はありがとうございました。私のせいでご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません」
そう言って謝罪するクリスティナにいつもの弱々しさは無く、堂々とした気品が感じられた。やはり貴族なんだと、上に立つ立場にあるのだと思える。
「いえ、私が勝手にした事です。それに妹を助けるのは姉として当然ですから」
たとえオフィーリアが創造ったものでなくとも、俺はプラムを妹として受け入れた。自分が危険だからと切り捨てるなんて真似、出来るわけがない。
「そう言っていただけるとありがたいです。やっぱりナタリアさんがプラムの姉で良かったです。ですからオリビアさん、あまり怒らないであげてくださいね」
突然話を振られたオリビアはバツが悪そうに頭を掻き、視線を逸らしながら唇を尖らせた。
「…解ってるわよ」
その返事に満足したのか踵を返すクリスティナの背中を見送り、俺達も寮に帰った。
普段は俺が先に扉を開けるのだけれど、今は腕が使えないのでオリビアが開けてくれた。
本当にメイド失格だ。
部屋に入って、気まずいまま手持ち無沙汰(そもそも手が無いけど)に立っていると、不意に背後から小さな衝撃を受けた。
「ナタリア」
耳元で小さく名前を囁かれる。その声で、俺はオリビアに抱き着かれているのだと理解出来た。
「ナタリアが怪我してるのを見て、凄く怖くなった。凄く心配した」
オリビアの声音は何処か思いつめているようにも感じられる。
「プラムちゃんを助ける為に頑張ったのは解ってる。きっと私がナタリアの立場でも、同じ事をしたと思う。だからこのもやもやした気持ちは私の我侭」
我侭だなんて、そんな事言うものじゃない。
オリビアを心配させてしまったのは俺が弱くて不器用なせいだ。俺がもっと強くて上手く立ち回っていたら、こうはならなかっただろう。
魔導人形に転生してもうすぐ二年経つというのにこの体たらくだ。全く、自分が嫌になる。
「申し訳ありません、お嬢様。私が不甲斐無いばかりにご迷惑をお掛けして」
「迷惑だなんて思ってないわ。でも、本当に反省してる?」
「はい」
「じゃあ私のいう事一つ聞いてくれたら許してあげる」
「解りました。何でも言ってください」
「何でもいいの!?」
「ん?」
ひょっとしてまた早まったか?
「何してもらおうかなぁ。アレもしたいしコレもしたいし」
オリビアの声が弾んでるんだけど、俺は一体何をさせられるんだ
あとさっきから尻をまさぐられてるような感触がするんだけど気のせいか?
「う~ん、どうしよっかなぁ」
「ひゃあぁ! 何してるんですか!」
耳に触れた変な感触に悪寒が走り、思わず大声を上げてしまった。
「ナタリアの耳が目の前にあったからつい」
「ついじゃないですよ! それとお尻触るの止めてください! あまり変な事してると怒りますよ!」
視界の端に映るオリビアの顔で耳を甘噛みされたのだと気付き、慌てて身を離す。
「ごめんごめん、じゃあ真面目に考えるから」
オリビアは顎に手を当てて考え込む。
こういった仕草がは母親に似た色気があるのに、どうして奇行に至るんだよ。
「じゃあキスして。ナタリアから」
「え?」
「ナタリアからキスしてくれたら許してあげる」
オリビアが決定とばかりに目を閉じて唇を差し出す。
形の良い唇は瑞々しく、見ただけでその柔らかさを確信出来る色艶を備えている。
いや、そうじゃなくて、キス?
俺がオリビアに?
待てよ。
オリビアは大恩あるオフィーリアから託された大事な娘なのに、人形の俺がせがまれたとは言えそんな事して良いわけないだろ。
「してくれないの? やっぱり私がナタリアを心配したりするのって迷惑?」
「そういうわけでは…」
ああ、もうっ!
どうしてこのお嬢様はこっちが拒否出来ないような言い方ばっかりするんだよ!
「わかりました。やりますから、絶対に目を開けないでくださいね、絶対ですよ?」
「うん」
嬉しそうに待機するオリビア。
ここまでされたらもう退けない。
不本意だけど、凄く不本意だけど、意を決して一歩踏み出す。
オリビアの方が背が高いので少し上向く。
凄く恥ずかしい。
ええい、ここまで来たらもうヤケだ!
もう何も考えず、勢いに任せて唇でオリビアに一瞬触れた。
一瞬だけだ。
一瞬だけだ!
「ええええぇぇぇぇぇ!」
オリビアが不満そうな声を上げるがこれ以上は無理だ。
やってから後悔した。
恥ずかしすぎる。
もう許して……
言われた通りに目を閉じて待っていると、少ししてからナタリアが身体を寄せてきた。いつも着けてる匂い袋から花の香りが漂う。
やっとね。そう思ってワクワクしていると、一瞬だけ柔らかい感触がした。
一瞬だけ!
頬っぺたに!
「ええええぇぇぇぇぇ!」
せっかくナタリアからキスしてもらえると思ったのに、どうして頬っぺたなのよ!
しかも凄く短いし!
「どうして唇にしてくれないのよ!」
「これが限界なんですよ!」
目を開けるとナタリアは既に離れてしまっていた。
逃がさないように肩を掴んで引き寄せる。
「もう一回やりなお…」
「ダメ…限界です…」
やり直すように言おうとしたのに、途中で何も言えなくなっちゃった。
だってナタリアが珍しく顔を真っ赤にしてるんだもの。
可愛い。
「凄く、恥ずかしいんです…もう、許してください…」
顔を見られたくないのか、必死に顔を背けながら包帯を巻いた腕で隠そうとしている。
凄く可愛い。
可愛いと言うかもうこのまま押し倒したい。
初めて会った頃は頼れるお姉さんって感じだったけど、時々見せる脆くて弱々しいところとか護ってあげたくなる。
むしろ困らせたり泣かせたりしてみたくなる。
「判った。キスはもういいわ」
そう言うとナタリアは安心したのか、手を下ろそうとした。
「その代わりさっきの続きでナタリアの耳とか舐めていい?」
「ひぃっ!」
あ、怯えるナタリアって子犬みたいで可愛い。
「も、もう無理!」
「ナタリア!?」
突然飛び退くナタリア。
止めようとしたけど鉄の糸に遮られてしまった。そして鉄の糸は一瞬のうちに牢屋の格子の様に組み合わさって、部屋の中を区切ってしまった。これっていつもナタリアが使ってるアリアの糸よね。
「ナタリア! 冗談! 冗談だから!」
「もう知りません!」
格子の向こう側でナタリアはベッドに蹲って、結局朝まで出てきてくれなかった。
難しいわ。




