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メイド人形はじめました  作者: 静紅
魔法学校
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第九十八話 イミテーションシスター⑨

 ナタリアが突如自分の腕を破壊した意味を、プラムは理解出来なかった。


「理解不能です。お姉様、一体何を―」


「黙ってろ!」


 一喝され口を噤んだが、やはりその意図は解らない。

 だが次の瞬間、その疑問は解消された。

 ナタリアは破壊した腕から出した神経糸をプラムの神経糸に接続し、より直接的に魔力を流し始めた。こうする事でより効率的に魔力を送り込み、違法魔導核の支配から脱しようとしているのだ。


「ぐぅっ!」


 しかしそれはナタリア自身も違法魔導核に支配される危険性を孕んでいる。


 ―障害排除―

 ―再生機能発動―


 循環する魔力がナタリアにも及んでいるのが、プラムにも感じられた。

 背反する命令がぶつかり合う負荷。それが既に自我を確立した姉にどのような影響を及ぼすのかは判らないが、危険である事は判った。

 だがきっと、姉はそれを告げても止めないだろう。


 プラムは姉や主人が自分を大切にしている事は理解出来た。だがそれでも、彼女達の行動が理に適っているとは思えなかった。

 主の望むような自我を確立していない自分はただの道具に過ぎない。主人や姉がその身を危険に晒してまで救う価値は無い。

 なのに主人は、この姉は―


「がぁっ!」


 ナタリアは苦悶の表情を浮かべながらも更に魔力を送り、プラムの魔導核を制圧しようとする。

 奮闘する姉を前に、プラムの思考、いや、情報処理は少々違う方向を向いていた。


(これは―)


 生物の思考や感情は電気信号であり、魔導人形のそれは魔力である。神経糸によって魔力を繋げたプラムはナタリアの感情も感じ取っていた。


(お姉さまの魔力に大量の情報を確認。正体不明)


 未知の感覚にどう対処すれば良いのか、プラムは判らなかった。だが今目の前で自分の為に苦しむ姉に尋ねられるような状況ではない事は理解出来る。なのでプラムは魔力を通じて流れ込んでくる熱く激しい情報の波を、自分で解析する事にした。



―人形でも作り物でも、大事な妹だ―

―絶対に助ける―


阻む全てを押し流さんばかりに強く



―もう大事な人を喪いたくない―


今にも崩れて消えそうなほどに弱い。



 押し寄せる情報の奔流の中、不意に目の前とは違う光景が浮かんだ。

 柔らかく微笑む黒い髪の女性とその傍らに立つナタリア。ナタリアが女性に向けた感情。

 それがナタリアの記憶の断片なのだと、プラムは理解した。

 そしてそれに似た経験を、自分は既にしているのだと気が付いた。


(これが……お姉様……クリスティナ様(マスター)……)


 二人の元に帰りたい。そうしなければならないという義務ではなく、ただ純粋な願望として、プラムは思った。


「だそうだ。苦しいかもしれないが、我慢出来るか?」


「耐えます。ですからお姉様、私を助けてください」


 だから姉の少し意地の悪い問いに、プラムは明確な意思を持って応えたのだった。


「よく言った!」


 荒っぽく返す姉はとても嬉しそうに笑い、手刀でプラムの胸を突き刺した。







 手を手刀の型にして、プラムの魔導核がある位置に突き入れた。

 溢れ出たたばかりの肉は泥の様な不快感がある。

 指先に触れた硬い何かから微弱な振動と膨大な魔力が感じられた。

 これだ。


 確信を持って掴み、一気に引き抜く。手の中には淡い光を放つ、胡桃のような金属の塊があった。


「ぬ゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!」


 ホワイトサラマンダーが一層激しく暴れる。

 だがもう終わりだ。

 今の自分が出せる最大の力で、脈打つように振動する魔導核を握り潰した。

 中から赤い血肉のようなものが飛び出す。おそらくホワイトサラマンダーに関わるものなのだろう。


 途端に神経糸の抵抗が無くなる。身体に纏わり付いていた肉は落ちていき、余分な鋼糸も解けた。

 ホワイトサラマンダーは力無く倒れ伏せ、その衝撃でプラムの身体が大きく(かし)ぐ。


「お姉、さ、ま…」


「よく頑張ったな」


 動力源が無くなり停止寸前のプラムを片腕で抱き留める。

 これで漸く主の元に帰れるな。

 プラムを抱え、肉が解けて崩れだしたホワイトサラマンダーの上から飛び降りた。


「プラム!」


 流石に片腕で抱えて歩くのは難しかったのでその場に下ろすと、クリスティナとルリが駆け寄って来た。


「良かった。魔導核以外の損傷は大丈夫そうです」


 安堵するクリスティナに俺も内心胸を撫で下ろす。

 魔導核は失ったけれどプラム自身は取り戻せたんだ。破損した手足の修復と代わりの魔導核さえ用意できれば今まで通りの生活に戻れるだろう。


 パチパチパチ


 不意に響く場違いな拍手の音に目を向けると、若く身奇麗な男が愉快そうに笑っていた。


「いやぁ、お見事ですね。まさか更に高度な技術で創造(つく)られた魔導人形が居たとは」


 男の値踏みするような視線は俺に向けられている。


「アロルドさん!」


「おやおや、誰かと思えばクリスティナ様ではありませんか。先日は当プラティボロス商会をご利用いただきありがとうございます」


 クリスティナが叫ぶと、アロルドと呼ばれた男は恭しく一礼した。

 いや、アロルドって確かクリスティナに魔導核を売った商人だったか。という事はこいつが元凶か。

 俺はこの男は敵として認識した。


「クリスティナ様に是非お勧めしたい商品があるのですが、生憎と時間がありませんので今日はこれで失礼させていただきます」


 その言葉が建前でしかない事が、この場の全員に理解出来ただろう。いちいち癪に障る態度だ。狂言回しを気取った物言いでそれっぽい雰囲気を作っていれば逃げおおせるとでも思っているのか?

 だけど此処でこいつを逃がす理由は無い。


「これだけ好き勝手しておいて、何事も無く逃げられるとでも?」


「ええ。貴女方にこの魔法は止められないでしょう」


 アロルドの足元に複雑な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、その背後の空間が左右に開いて黒い穴が生まれた。


「!」


 この感じはさっきもあった、変な違和感と同じだ。

 いや、違う。こうして目の当たりにすれば判る。あれは収納空間に似ている、別物ではあるけど同系統の空間に干渉する魔法だ。

 この状況で?

 逃げる?

 空間に干渉?

 まさか……転移魔法か!?

 そんな魔法がこの世界に存在するという話は聞いた事が無い。だがこの感触と状況からして、そう結論付けるのが自然だろう。


「試作型魔導核を回収出来なかったのは残念ですが、面白いデータも取れましたし、私はこれで失礼します」


 空間の裂け目が広がり、もう一度深く礼をするアロルドを呑み込もうとする。


巫山戯(ふざけ)んな!」


 爆発した怒りに任せて右腕を飛ばす。


「お前は此処で死ね!」


 腕は矢の如く飛翔し、先端に作り出した魔力刃がアロルドの胸に突き刺さった。


「がっ、ぁ?」


 何が起こったか判らないと言った様子のアロルドが胸と口から血を流す。それと同時に黒い穴が閉じようとして、俺の腕を挟み込んだ。

 引き抜かなければと思ってももう遅い。以前の授業中に起きた事故で見たように、空間魔法の入口が閉じる時は凄まじい圧力が掛かる。それは俺の強度でも耐えられるものではなかった。

 ブチンともガコンとも表現し難い音と共に、腕に掛かっていた力が途絶えた弾みでよろける。神経糸を巻き取るとアロルドに突き刺した前腕の中頃から先が無くなっていた。


 や、やっちまったぁ!


「あーあ、これは酷いわね。直るの?」


「自己修復機能はあるけど、これは流石に無理かも……」


 ルリが心配半分呆れ半分に訊いてくる。

 今まで傷は負っても欠損はした事が無かったが、これは自己修復でどうにかなるとは思えない。


「とは言え、その心配は後にして、今は早く撤退しましょう」


 騒ぎになっても面倒だ。しかも俺は人間じゃないから、従魔が主人不在で暴れたとなれば良いようには扱われないだろう。


 それから俺達はプラムを抱え、時折幻影魔法で姿を隠しながら急いでスラム街を脱出した。

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