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第20.5話 お互いにツンケンしているのが、私たちは案外嫌いじゃなかったりもする。

1章番外編、咲と瑛太のお話です

     ◇◇◇


 瑛太と意地を張り合って仲直りもできないまま、ついに明日は学園祭。不本意ながら劇の主役をやることになって、でもそれもあいつとならそう悪くないんじゃないかと、最初は思っていた。こんな喧嘩をするまでは。


 私が悪いってことは分かっている。ちょっとしたことで馬鹿みたいに嫉妬して、彼女でもないのに束縛して、面倒くさい女だなって自分でも思う。


 たぶん、あいつは嘘なんてこれっぽっちもついていない。きっと普通に部活の一部としてマネージャーの買い出しに付き合って、そこになんの下心もないんだろう。


 でも、嫉妬してしまったんだから仕方ないじゃんか。


 今までにこんなことはなかったし、理由はわからないけどあいつに近寄ってくる女の子なんてほとんどいなかったんだから。


 たまにある休日にあいつと出かけるのは私以外にいなくて、一緒に登下校するのだって私だけの特権だと思っていた。当たり前に隣にいて、ちょっとしたことで言い合いになって、でもそんな時間が、存外気に入っていた。


「こんばんは。瑛太いますか?」

「あら、咲ちゃんじゃない。ちょっと待っててね」


 夕飯とお風呂を済ませてから、私はすぐ近所の瑛太の家へと向かった。漫画みたいに『お隣さんの幼馴染』とまではいかないけど、歩いてほんの数分の、リアルな距離だ。私たちには琴葉と佑斗みたいな、ご都合主義ばりの設定は存在しないのだ。


 インターホンを鳴らすと亮のお母さんが出てきて、それからすぐに家の中に向き直って大声で瑛太を呼んだ。


「なにしてるのかしら、遅いわねぇ」

「そこの公園で待ってるから、って伝えといてもらっていいですか?」

「分かったわ。ごめんなさいね、すぐに来なくて」


 ちょうど私の家と瑛太の家の中間ほどにある公園へと歩く。公園とは言っても遊具もなにもなく、ただ所々にベンチがあるだけのそんなもの。小さい子にとっては特につまらなそうな場所だけど、私は昔、よくここで瑛太と遊んだ。


 初夏の夜風に吹かれながら、ベンチに腰を下ろして星空を眺める。冬ならカシオペア座やオリオン座、北斗七星を見つけてちょっと嬉しくもなるけれど、この時期の星座はなにも分からない。夏の大三角形がデネブ、アルタイル、ベガだということくらいしか本当に知らない。一際ひときわ強く輝くあの赤い星の名前も。



「……あっ、さそり座のアルタイルか」



 夏の大三角の一つだったかもしれないと思い出してひとり呟いた私の頬に、後ろから何か温かい無機物が触れた。


「アルタイルはわし座だろ。それにまだこの時間じゃ夏の大三角は見れないよ」

「瑛太……じゃあ、あれは――」

「アンタレス。さそり座のアンタレスだろ。あの赤い光はもう寿命が短い証拠で、もしかしたらあの星は、もう存在していないのかもしれないって小学校で習った」


 私の好きなミルクセーキの缶を渡して、瑛太は得意げな横顔で言う。



「ありがと……」



 勉強はからっきしのくせに、こんなことは覚えている。そんな意外にロマンチックなところも、私は嫌いじゃなかった。


「それよりなんだよ、こんな時間に」

「なんだよってなによ」


 不思議と、何事もなく会話ができている。そもそも、私たちが言い合いになることなんてしょっちゅうあることで、それなのに今回に限ってこんなに長引いてることが異常なんだ。主に原因は私にあるんだけど。


「どうせあれだろ? 明日の朝、早くに教室に来るようにって佑斗に言われて、ありがたいけど自分たちのことは自分たちで解決したいって思ったとかそんなところだろ?」

「……」


 その通りだった。


 いや、もう考えてたことと一字一句同じなんですけど。

 

 瑛太の言った通り、これはあくまで私たち二人の問題で、佑斗たちの気遣いはもちろんありがたかったけれど、それでもやっぱり自分たちで解決したかった。



「……ま、まあ? 俺も同じようなことを思ってなかったわけじゃないけどな」



 なんでこいつこんなツンデレしてるのよ。


 でも、瑛太が同じことを考えていてくれたならそれは嬉しい。


「そう。じゃあ――」

「あー、待った。俺が言うわ。うん」


 瑛太もマネジャーなんかと買い物に行ったことを悪く思っているのか、私を遮って少し間を置いた。


「えっと、なんだ……今回は悪かったよ」

「わ、私の方こそ、変に突っかかって悪かったわ。ごめん」

「あぁ。それと、さ」



 それから――。



「ずっと昔から好きだった。その、なんだ。俺と付き……合うか?」



 一、二、三、四。


 お風呂に浸かりながら数を数えるみたいに、ゆっくりと時が流れる。



 ん? 今、なんて言った?



「お、おい……」

「なっ! なんで急にそんなことになるのよ! バッカじゃないの⁉」



 なんで仲直りしようって話が急に「付き合うか?」になるのよ。唐突過ぎるでしょ! だいたいそういうことはもっと雰囲気とか作ってロマンチックにしてくれないと! ていうかさっき『意外にロマンチック』とか思ったの前言撤回するわよ! 前言というよりむしろ全言! いや、そもそも思っただけで言ってないけど!

 

 ま、まあ? 付き合うっていうのも? 瑛太がどうしてもってお願いしてくるんなら考えてあげなくもないけど?



「いや、もういっそそうしちゃった方がいいかなって。そうすりゃ咲もあんなちょっとしたことで嫉妬なんてしないで安心できるだろうし」

「……なんで私があんたのこと大好きみたいな前提で話してるのよ!」

「いや、お前、俺のこと大好きだろ」

「それはあんたでしょ!」


 もう自分で言っててあれだけど、なんなんだこの会話。


「それに、私は付き合ったって嫉妬するわよ! しまくるわよ!」

「えぇ……」



 ちょっと、そこは引くところじゃないでしょ!



「やっぱりさっきの話はなかったことに――」

「――つ、付き合ってあげるわよ、もう! あんたがそんなに私のことを好きなら仕方ないしね。うん。私はまったくもって不本意ではあるけど、付き合ってあげるわ!」

「釈然としねぇ……」



 こうして、私たちらしいと言えば私たちらしい、ロマンチックの欠片もないオリジナリティ溢れる形で、私たちは付き合うこととなった。



「……ちょっと歩くか」



 それから余韻と呼べるかどうかも分からない余韻に浸りながら公園の散歩コースを歩いた。


 急に降り出した雨に打たれて二人して風邪を引き、翌日の学園祭を休むことになったのは二人だけの秘密だ。


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