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《エピローグ》ありふれているようでどこにもない、そんな幼馴染に俺はなりたかった。

     ※※※


 琴葉とは小さいころから、なにをするにもずっと一緒だった。


 ただ、俺たちも最初から今のような関係だったわけではなくて、他人が見たら今も昔もたいして変わらないのかも分からないけれどとにかく、俺の中で琴葉との関係がはっきりしたのは確か、中学一年のバレンタインのことだったと思う。


 中学に入学したくらいから、学校で色恋沙汰の話がよく耳に入るようになった。


 中学生と言えば思春期真っ只中だし、当然と言えば当然だったのかもしれないけれど、当時の俺にはどうしてもそれが気味悪く思えて仕方なかった。琴葉と一緒に風呂に入らなくなったのも、それくらいの時期だった。


 周りでは付き合い始める男女が現れたし、彼女や彼氏の自慢をする奴らも多くなった。


 でもそういう連中は決まってすぐに別れて、しばらくするとまた違う相手に好きだの愛しているだの気持ちの悪い言葉を並べていた。


 学生のカップルのうち、ほどんどはちょっとしたきっかけでその関係に終止符を打つ。考えてみれば当たり前の話で、結婚するまでの交際人数が一人だけだなんてことは例外中の例外だ。


 でも俺と琴葉の両親はその数パーセントの例外で、小さいころからずっと親の背中を見てきた俺にとって、熱しやすく冷めやすいちゃちな学生恋愛は嫌悪の対象になってしまった。



『お前たちって家が隣なんだよな?』


『立花、龍沢と付き合ってるって本当なのか?』


『いいなぁ、あんなに可愛い彼女がいてさ』



 クラスメイトから投げかけられる一つひとつの言葉が、一々気に障って苛ついた。


 あんなチャラチャラした奴らと俺たちの関係を一緒くたにするなと、怒りが沸々湧いた。


 俺たちはちょっとしたことで喧嘩をしたりなんてしないし、別の異性に想いを寄せられたって靡いたりなんかしない。


 俺の特別は正真正銘、琴葉しかいなくて、彼女以外ではなり得なくて。そしてそれは、世間が恋人だなんて呼ぶちんけな枠組みに入れていいような想いじゃないと思った。


 何十年一緒にいようがちょっとした仕草にどきっとして、隣に並ぶ当たり前の時間がこれ以上ないくらい幸せで。こんな人は、人生で一人しかいないと確信していた。



 愛が重い? 結構。


 気持ち悪い? 上等だ。



 俺から言わせれば周りのみんなの方がよっぽど気色悪い。


 親友で、なんでも話せて、誰よりもお互いのことを知っている、まるで家族のような存在。それでいて大好きな女の子。


 死ぬまでずっと二人で過ごして、できれば俺が少しだけ先に逝って、そのときにはしわしわになった彼女が枕元で泣いていて。そんなところまで簡単に想像できてしまうこの想いが、学校の奴らなんかと同じなわけがない。同じでいいはずがなかった。



「ゆーくん。なんか放課後、先輩に呼び出されたみたい」



 中学生になって初めてのバレンタインの日。朝、学校へ行くと、琴葉の下駄箱に手紙が入っていた。


 今までにそんなことは一度もなくて、本当に初めてのことだった。


「一緒についてきてくれる?」

「うん」


 別に他の誰かが告白することで琴葉がどうにかなるだなんて微塵も思わなかったけれど、それでも心配になった俺は、告白の現場を隠れて見守ることにした。



 可愛い龍沢が好きだ。一目惚れだった。付き合ってくれ。



 琴葉に告白してきた先輩は、そんな二秒で考えつくような言葉で想いを伝えた。



 一目惚れ。



 はっきり言って、俺が一番嫌いな類の男だと思った。容姿しか見ていない。



 お前の顔が、スタイルが気に入った。内面なんかどうでもいい。



 そう言っているようにしか聞こえなかった。


 もちろん一目惚れから始まる恋愛だってあるんだろうけれど、俺には理解できないのだから仕方がない。


 これが恋愛だなんて簡単な言葉で言い表していいものなのかどうかは分からないが、俺は長い時間を琴葉と過ごすことで『可愛い』や『好き』を育んできたんだ。


 過ごした時間がすべてとは言わないまでも、名前も知らない先輩の言う『可愛い』は俺が琴葉に感じる『可愛い』とはまったく違うものなんだと完全に認識してしまった。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるので……」

「そう言わずにさ、俺だって一緒にいたら龍沢のこと楽しくさせられるよ?」

「そもそも、先輩の名前すら知らなかったですし……」

「ならこれからお互いのことを知っていけばいいじゃん。お試しでもいいからさ」

「や、やめてくださいっ! しつこいです!」


 中学校の中庭で、段々と琴葉に顔を近づける先輩に、俺は木の陰から思わず飛び出した。



「――ゴッッ⁉」



 琴葉を怯えさせていた怒りも相まって、気がつくと後ろから奴の股間を蹴り上げていた。



「ゆ、ゆーくん」



 琴葉は俺を見て安心したのか、股を押さえてのたうち回っている先輩を無視して表情を明るくした。それから、気が抜けてへたりと俺にもたれた。


 しばらくして元気になった琴葉と二人で家まで歩きながら、俺は密かに思った。胸に誓った。


 周りのみんなが嬉しそうに言いふらす彼氏や彼女なんていう関係じゃない。

 誰が見たって入り込む余地のない、ありふれているようで、でもどこにもいない、唯一無二のそんな幼馴染になってやろう、と。


 毎年、琴葉が俺にだけくれるチョコのように、俺も琴葉だけにこの想いを注いでいこう、と。



     ◇◇◇



「ゆーくん! 明日の予習、終わってる⁉」



 琴葉がそう言って部屋に押し掛けてきたのは、夜の十時を回ってからだった。


「明日の数学ってテスト返却でしょ? 予習しなくてもいいと思うけど……」

「あれ? そういえばそっか。うっかりしてたよー」


 頭を掻きながらてへっと笑う琴葉。うん、可愛い。


「じゃあなにか映画でも見る? この間母さんが買ってきた新作が居間にあったから持ってくるよ」

「うん!」


 彼氏彼女がどうだとかそんなことよりも、こうして一緒に過ごしていられる時間があるということが一番大切なんじゃないんだろうか。DVDを取りに行きながら、ふとそんなことを思う。


 同時に、俺にも琴葉と付き合うようになる日がいつかは来るのだろうかと、そんなことも考える。


 いくら考えたって答えなんて出なくて、たとえ答えが出たとしたってそれが正解かどうかも分からない。



 でも、今はまだそれでいいんだと思う。



 何があったって俺たちは幼馴染で、俺は琴葉のことが大好きだから。


 今のこの関係を、俺はどうしようもないくらい気に入っているから。



「お待たせ、どれにする?」

「うーん……たまには王道のラブストーリーとか?」

「おぉ、いいねぇ。あっ、それもいいけど、やっぱりこれにしない? 新作じゃないけどほら、昔よく見たギャグドラマ。映画じゃないけどさ」

「いいじゃん。久しぶりに見よっ」


 俺はプレイヤーを起動して、なぜか新作の中に一枚だけ混じっていた古いDVDをセットする。


 もちろんテレビをシアターモードにセットすることも忘れない。手慣れた一連の準備に抜かりはないのだ。


「電気暗くするよ」

「はーい」


 返事をした琴葉が、頭を俺の肩に預けてくる。俺もそこに頭を寄せる。


 きっと今日や明日に、俺たちの関係が急激に変わるということはないんだろう。


 それでいいんだとも思う。


 焦らず、一歩ずつでもゆっくり、ゆっくりでいいから、今の関係よりほんの少しでも前へと進んでいければ、とそう思う。



 ただ――。



 ただ、そうして関係が変わるまでは、このありふれているようでどこにもない、唯一無二の幼馴染という関係を大切にしていたい。



 なんてったって、俺は根っからの幼馴染至上主義なんだから。






いつもお読み頂きありがとうございます。これにて第一章完結となります。

何か物語が進むかというとそんなこともなく、ただ佑斗と琴葉の日常が流れるだけでしたが、本作は公募用に書いていた作品ということもあり文量的な事情だったりでここで完結となっております。

一応2章についても執筆しておりますが、作者が新社会人ということもありなかなか書き進められていないのが現状です。それでも気長にお待ち頂けるという読者様がいましたら、ブックマークをしてお待ち頂けたら幸いです。

そして毎度のお願いになりますが、宜しければ↓からブックマークと☆評価をお願いします。

作者側の事情ですが、投稿サイトに小説を投稿している作者は漏れなく、いろんな人に自分の作品を読んでもらいたい、知ってもらいたいというふうに思っています。そして、それをモチベーションに書き続けている方もかなり多くいると思います。本作についてもそうですが、読者様がもし面白い、もっと読みたいと思えるような作品に出会ったら、ブックマークでも☆評価でも感想でもなんでも構いませんので、作者にそれを伝えてあげてください。きっとレビューなんて貰った日にはどんな作者も飛び上がって喜ぶと思います。


今後ですが、とりあえず数話は番外編を投稿してそれから2章を投稿していきます。引き続きお付き合いいただけると幸いです。

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