第27話 クラスメイトとの勉強会も、青春っぽくていいかもしれない。(1)
◇◇◇
「――なあ、これから皆でファミレスで勉強会をすることになったんだけど立花たちも来るか?」
盛り上がりを見せた学園祭も終わり、休み明けの放課後の教室。
昨日は土曜日の代休で休みだったが、俺たちにはいつまでも浮かれている時間はない。
そう、中間試験だ。もう二週間後には我ら学生の宿敵ともいえる定期テストが迫っている。
「俺たちも行ってもいいのか?」
「もちろんだよ。都合が悪いって言うんなら無理にとは言わないけど」
勉強会に誘ってくれた委員長に訊き返すと、彼はそう言って琴葉に視線を移した。
「琴葉、たまにはこういうのにも行ってみる?」
「え? うん。まあ……ゆーくんがそう言うなら」
「よし。じゃあ俺たちも参加させてもらうよ」
少し歯切れの悪い返事をした琴葉だったが、嫌だとも言わないので行くことにする。
「決まりだな。じゃあ行こうか」
「おっしゃー。そうと決まったら早く行こうぜー」
「この間ひらめいた俺の新作オリジナルブレンドジュース、飲ましてやるぜ」
「二人とも、遊びに行くんじゃないんだぞ!」
もじゃもじゃ頭の佐々木とのっぽの高木がはしゃぎ、それを委員長か諭す。学祭期間中に見慣れた光景だ。
「わかってるっての」
「まったく委員長はお堅いんだから」
二人は小声でそんなことを言ったが、委員長の鋭い眼光で一瞥されるとそれっきり黙りこんだ。
「よし、じゃあドリンクだけ入れてきたら、勉強するぞ。苦手な教科は得意な人に教わるようにしてとりあえず一時間半集中してやろう。あと佐々木と高木は余計なおしゃべりをしないようにな」
学校から歩いて十五分ほどのファミレスに到着すると、委員長の合図でそれぞれ手を動かし始める。
メンバーは委員長と佐々木、高木、あと劇にもちょこっと出ていた田中という女子に俺、琴葉、瑛太、咲の八人だ。
俺と琴葉だけは徒歩通学だったので、皆をそれに合わせてここまで歩かせてしまった。
「(お前もこういうのに参加するんだな)」
「(まあ、誘われればな。普段は部活があるからそれどころじゃないだけだよ)」
「(それもそうか)」
瑛太の言葉に、俺は心の中で頷く。
確かに。一年からサッカー部でバリバリのレギュラーを張っていれば、なかなかクラスの連中とつるむ時間なんて作れないだろう。
「ゆーくん、数学教えて!」
ひそひそと瑛太と話している横から、琴葉が俺の顔を覗き込むようにしてすり寄ってくる。
「あぁ、いいぞ。どこが分からないんだ?」
「この三角関数の最大値の問題なんだけど……」
「どれどれ……あぁ、これは円を描いて考えるんだよ。単位円を描いてあげるとコサインはその円上のx座標を見ればいいから――」
「――なるほど。そういえば、ちょっと前に教えてもらった気がする。思い出してきたよ。ゆーくん、ありがとう!」
「あぁ、どういたしまして」
解き方の流れを一通り教え終わると、佐々木と高木、それと田中がじっと俺たちのことを見つめていた。
「な、なんだよ……」
視線に耐えきれなくなり、俺は三人にそう訊ねる。
「いや、立花って数学教えるの上手いんだな。こっから見てただけでもすげぇ分かりやすかったよ」
「ほんとな。授業聞いただけじゃさっぱりだったのに今の説明でなんとなく理解出来ちまったよ」
「うん。立花くん、絶対先生とか向いてるよ。龍沢さんはいつも教えてもらってるの?」
立て続けに俺のレクチャーを誉めちぎってくる三人に少々照れていると、なぜだか琴葉が自慢げにそれに答えた。
「そうだよ。ゆーくんにはいつも教えてもらってるけど、教えるのすっごく上手なの。特に数学と英語は授業聞くよりゆーくんに聞いた方が分かりやすいんだから!」
「そうだったのか……じゃあ、ぜひ俺にも教えてくれよ。俺、数学が大の苦手なんだよ」
「俺も頼む!」
「私も学年上がってから点数下がってて……」
目一杯に胸を張った琴葉の言葉に、三人はそう言って頭を下げてくる。
「いや、別に言ってくれればいくらでも教えるよ。委員長も得意な奴に聞けって言ってたし」
「ほんとか?」
「一人に教えるのも四人に教えるのもたいして変わらないしね」
「じゃあ早速なんだけど、私ここがわからなくて……」
高木が教えてほしい問題がありそうにしていたが、そこに割って入ってテキストを開く田中。
「あっ、ちょうど俺もその問題が分からなかったんだ」
どうやら高木も訊きたい個所は同じだったようだ。
「あぁ、これなら――」
「あー、そうやって解くのか」
「そういえば、授業で少しやったような気もするわ」
「ゆーくん、この問題も教えて!」
皆のやる気に刺激を受けたのか、琴葉もいつも以上に質問をしてくる。
「あぁ、これはサインを一つの関数として方程式を解いてからθを求めるんだよ」
「立花! これは……」
「それは倍角の公式を使うんだ。最悪忘れたら加法定理を使えば導けるんだよ。ほら、こうやって」
忙しなく飛び交う質問に一つひとつ答えているうちに、気づけば一時間半が経っていた。
「皆、一旦休憩にしよう」
「ふぅー」
「疲れたぁ」
「結構集中できたわね」
委員長に言われて、各々握っていたシャーペンの動きが止まる。
「いやぁ、勉強がはかどっているようでよかったよ。こりゃ立花たちを誘って正解だったみたいだな」
「私たちはすごくありがたいけど、立花くんは本当に迷惑じゃなかった?」
健康志向なのかドリンクバーの野菜ジュースを一口飲んで、田中が心配そうに尋ねてきた。
「迷惑じゃないよ。人に教えるのって実はすごいいい勉強になるんだ。それにこういうふうにみんなで集まって勉強するのって、なんか青春って感じがしてたまにはいいかなって」
「そう。なら良かったわ」
なんだか恥ずかしいことを言ってしまった気もするが、でもそれが本心だ。
友人がたくさんほしいだとかそんなことは思ったことはない。ついこないだまで、仲の良い友達が少しだけいれば、他に薄っぺらい付き合いの関係なんていらないとも思っていた。
けれど、それでも今日の勉強会は楽しいと思えるようなものだった。たまには、こういうのがあってもいいと思えた。
「でも立花、いつも龍沢に教えてるんじゃないのか? 俺からしたらそっちの方がよっぽど青春してると思うんだけど」
「そうだけど、いつもはどっちかの家で二人だけだし、こういうふうに皆でワイワイやるっていうのとはまた違うだろ?」
「……」
高木に俺が返答すると、彼はじっとこちらを見つめて黙りこむ。
「どうしたんだよ?」
「立花、一つ言わせてもらうけどな。俺からしたら可愛い幼馴染と二人っきりで部屋で勉強の方が断然羨ましいわ! 羨ま死ぬわ!」
「お前、それが当たり前じゃないぞ! 神に感謝しろよ!」
たまらず訊いた俺に、高木と佐々木は琴葉をちらちらと見ながらそんなことを言ってきた。
俺は一つ息を吐き、二人を見て口を開く。
「なに言ってんだよ。こんなに可愛い幼馴染と家が隣同士だなんて、神さまに感謝しないわけないだろ。俺は毎日のように感謝してるぞ」
「もう、ゆーくんったら!」
俺の神への謝意を聞いた琴葉はそう言って俺の肩をはたき、高木や佐々木は大きなため息を吐いた。
「あーもう、見せつけてくれるなぁ、ったく」
「まったくだ。俺もこんな幼馴染欲しかったぞ」
大袈裟なリアクションを取りながら、そう言って俺と琴葉を交互に見比べる二人。
「これで付き合ってないって言うんだから、本当になんだかなぁだよな」
「ほんとにね」
そんな俺たちを見て呆れた瑛太と咲が放った言葉に、一瞬時が止まった。
「え? 二人って付き合ってないの?」
「いやいや、でもベストカップルにも選ばれてたし」
「つーか劇でキスしてたし、付き合ってないわけないだろ」
立て続けにそんなことを言って、皆はこちらに視線を向けてくる。
「えっと……私たち、付き合ってないよ」
「あぁ。そもそも俺たち、付き合ってるだなんて一回も言ってないし」
琴葉とそう言って誤解を解こうとするが、それでも皆は納得しない。
瑛太のやつ、咲と一緒にくすくす笑っていやがる。
「それにしたって普段の二人を見てたら……ねぇ?」
「あぁ」
「誰だってそう思うよな」
「そうだな」
先ほどまでの三人に委員長も加わり、俺と琴葉だけをのけ者にして視線を合わせ、頷き合う。
「つ、付き合ってはないけど、私たち超仲良しだよ! なんたって一緒にお風呂入ったことだってあるんだから!」
「そうだぞ。お互いの親も仲良いし、よく一緒に夕飯も食べるしな!」
「いや、だから付き合ってないのにそこまで仲良いのが変なんじゃ……」
「「……」」
田中の核心を突く指摘に、俺は琴葉と黙りこんだ。
「……っていうか、今一緒に風呂に入ったって言ったか⁉」
なんとも気まずい沈黙を破ったのは佐々木のそんな叫びだった。
「いや、一緒って言っても中学に入学したくらいまでだよ?」
「なっ……」
琴葉の返答を聞いて、佐々木は言葉を失う。
「……立花。てめぇほんとにそれが当たり前じゃねぇからな!」
彼はそれだけ言って、とぼとぼとトイレへ歩いていった。
「なぁ、その話詳しく聞かせてくれよ」
佐々木がいなくなると、高木がにやりと笑って俺の肩に腕を回してくる。
「はぁ……勘弁してくれよ……」
静かになったファミレスの店内に、俺の大きなため息だけが響いていた。
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