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「まあそんじゃ私はこのお茶会を受けるわー。注意事項ある?」
「影をつける」
「ん」
まあ妥当よな。
影と呼ばれる諜報員が後ろで見てくれているなら安心だ。
貴族は男女二人っきりでいるだけで浮気が成立しちゃうってんだから、こういう時本当に頼りになるよねえ。
それにまあ一般庶民だとしても、恋人(婚約者)がいるのによく知らん相手と二人っきりは気まずさもあるし!
「セレンは相手を見ないように」
「んん? いやそれ失礼じゃないかな?」
おっと、若干おかしな注意がログインしてきたな?
いやまあ目を瞑っていてもある程度のことはできるけども!
「どうしてもと言うならば目線は常に相手の喉、いつでも狙えるように準備をしてほしい」
「んんん、それ注意事項じゃなくて暗殺の手引きじゃなくて?」
私はお茶会に誘われたのであって、決闘に行くんじゃないんだけど?
なんで急所を狙えって……しかも相手は『影喰い』ルーラントよ?
どうあっても分が悪すぎるでしょ。
「できれば相手と言葉も交わさないでほしい」
「どうお茶会しろって?」
「可能ならばやつの視界に入ってもらいたくない」
無茶ぶりをするな、無茶ぶりを。
まあ……シリウスも心配なんだろうけどさあ。
それにしたって視界に入らず目も合わせず言葉も交わさないって、それもう同じ部屋にいないのよ。
「……可能な限り、最低限で済ませるよ」
「そうしてくれ」
「困ったワンちゃんだこと」
「構ってくれないと寂しいだろう? 他の犬に優しくするご主人様を見たくないんだ」
私のからかいにも皮肉で返すシリウスに、愛しさが募るのはもう私もだいぶおかしくなっているんだろうなあ。
それでもいいやと思うくらいには、私はシリウスを愛している。
前世の記憶とか、今世の倫理観とか、いろいろひっくるめて『この男の傍にいること』が一番私にとって心地良い。
これを愛と言わないのであれば、私の愛はどこにあるのか、どんな形なのか、やっぱり見出せそうになかった。
歪んだ世界に、歪んだ男。
そこに育まれた愛情とやらは、やっぱり歪なのだろう。
正直なところ何が正しいのかさえわからないけど、私はやっぱり普通に生まれて暮らした子供時代を送っていないし、シリウスはまあ……お貴族様だしね?
(だけどまあ、目に見えるものでなし)
愛し愛されているのなら、それでいいんじゃないかなと思うことにした。
難しいこと考えたって、私は哲学者じゃないからね。
「それじゃあ折角お茶会に誘ってもらったんだし、場所はノクス公爵家の庭園にしようか。いいでしょ? シリウス」
「構わない。警備もしやすいしな」
「うちに来たそうなこと書いてあるけど、あちらもシリウスの実家だし間違いじゃないよねえ」
「ああ」
「お茶とお茶菓子の手配もお願い」
「承知した」
一応、ご令嬢の? 基礎教育っぽいもの? は私も習ったんだよね。
習ったというか、アナベルが淑女教育を今も頑張っていて、一緒に勉強しよ! って誘われたからなんとなくなんだけど。
彼女は幼い頃に攫われていたせいで十八才で見つかって勉強をたくさんしなければならないのだ。
勿論、どうしても勉強しても無理だとわかればそのまま廃嫡、レオナール公子が跡継ぎになることも視野に入れてはいるそうだけど、アナベルは頑張っている。
私はシリウスの妻になるので、一応アナベルが跡取りとして正式に認められるかどうかは関係なく、将来的にノクス公爵家臣下の妻になるわけだ。
なので最低限の貴族礼儀だけ学んでおけばオッケーなんだってさ!
幸い私も勉強は嫌いじゃなかったし、潜入のついでで学んだことの理由がどうしてそうだったのかとか理屈がわかって面白かったから八方丸く収まっている感じである。
(……一応、お茶会についても勉強はしたけど)
ちょうどアナベルが主催となってティーパーティーを開く際の勉強をしていた時にも参加していたから。
客の選別、席順や食物に対しての気配り、そうしたあれこれに『大変そうだなあ』って印象だけ抱いたものだ。
とはいえこの国で基本的には〝お茶〟を準備するのは女性側。
誘ったのが男性であっても、それを受けた女性が準備をしてお招きするっていう、正直なところ私にとっては面倒臭い以外何物でもないルールが存在するのだ。
そのため『影喰い』ルーラントとのお茶はこっちが準備しなければならない。
相手が私に悪意を持っていようが何だろうが、他国の公爵家のボンボンを招くのに元・底辺暗殺者じゃあ準備するのに失敗もあり得るからシリウスにお願いしたのである。
決して、決して面倒だから丸投げしたわけじゃないよ!!




