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在りし日の面影

「は〜、ダンジョンで魔物討伐とか…俺向いてないと思うんだけどな」

「まぁでも悪いことばかりじゃないでしょう?」


 思わず奏太が愚痴をこぼすと美緒は奏太に聞いた。


「何がだい?」

「若返ってよかったこともあったでしょってことよ」


 美緒に言われたことに対して悩んだ。奏太は手続きやら何やらで変な気苦労を負わされ、さらに仕事もできなくなり、自分と年代が遠い子供たちの中に放り込まれてしまってる状況でそれでもよかったと思えることがあったかなんて考える余裕が今までなかったようだ。


(よかったこと…よかったことか〜)


「う〜ん。そうだな…、メガネがいらなくなるくらい視力が良くなったのはよかったな」


 メガネをかけない生活は本当に楽だ。奏太は高校からメガネをかけ始めたがそこからどんどん視力が落ち、メガネなしでは日常生活を行えないくらいになってしまっていたのでメガネなしで過ごせるのは助かった。


「それだけじゃないでしょ?」


「ん? 他に何かあるかな?」


 悩む奏太に対して美緒は人差し指を左右に振りながらチッチッチと言った。


「合法的に女子高生を口説ける環境を手に入れてるじゃん!」


 その美緒の発言に対し、奏太は手を振って否定した。何を言ってるんだこいつは? と思いながら奏太は美緒に言う。


「いやいや、俺の年齢は35歳だからね?」

「え〜? そうは言ってもステータス上は同い年じゃん」


 奏太は再び手を振って否定した。


「いやいや、いつかは戻るかもしれないだろ?」


 奏太はそうは言ったものの戻る可能性が低いだろうと思っている。苦しい言い訳だとは自分でも思っていた。


「その可能性の方が低いと思うけどな〜。そ・れ・に、あたしとか玲奈と言った美人女子高生に囲まれた学園生活でおじさんは口説かずにいられるのかな〜?」


(何言っちゃってんのこの子は? それとその上目遣いやめなさい! 可愛くておじさんときめいちゃうでしょ!? いかんいかん!)


「いや、口説くなんてそんなことあるわけないだろ!? 高校生相手にさ。なぁ? 親っさんからも言ってやってよ」

「おう、俺は奏太がそんなことしないと信じてるぜ」


(なら包丁研ぐのやめてくれないかな…)


 奏太の耳にはさっきから”しゃーこしゃーこ”砥石と包丁が擦れる音が聞こえていて気がきではなかった。そのためむくれた顔で奏太に視線を送る玲奈に奏太は気づかなかった。



 ♢


 食事を終え、雑談をしていると店の時計を目にした美緒が言った。


「あ、ごめん。私午後から用事あるからもう帰るわね」


 そう言って美緒が席を立った。そして財布を鞄から取り出した。白いラウンドファスナー型の財布でアクセントについたリボンのモチーフが可愛らしい。


「チキン南蛮美味しかったです! ごちそうさまでした!」


 そう言って財布から取り出した千円札を店主に渡した。


「美緒ちゃんありがとうね。またおいでね」

「はい!」


 美緒は自分の座っていた椅子の後ろに立って、奏太の方を向き笑顔を浮かべた後奏太に言った。


「じゃあ、また来週学校で会いましょう。お・じ・さん!」


(くぬっ!)


 的確に美緒は奏太の心をえぐってくる。美緒は奏太の様子を見てふふっと笑った。どうやらぐさっときたのが顔に出てしまったらしい。


「こ〜ら、美緒? もう()()()なんだからそんな呼び方ダメだよ?」


 やけに同い年という部分が強調されたように聞こえた。


「は〜い、じゃあこれからは私もソウちゃんって呼ぶね。私のことは美緒って読んでね」

「あ、ああ」


 奏太は返事を返したものの女子高生をいきなり名前呼びできるのだろうかと不安になった。


「じゃあね!」

「ああ、気をつけてな」

「美緒、また来週ね」


 そう言って手を振って、店を出ていった。

 奏太と美緒も別れの言葉をそれぞれ返し、軽く手を振って見送った。


 美緒を見送ったあと玲奈は立ち上がりお盆をカウンターに上げ店主に渡した。


「それでは、私も着替えてきますね」

「ああ、お手伝い頑張って」

「はい! あっ、お父さん、洗い物は着替えたら私がするから流しに置いといて」

「ああ、頼むよ」


 それではゆっくりしていってくださいねと奏太に言って玲奈は店の奥へと消えていった。奏太はお言葉に甘えてしばらく店主が食後のサービスに出してくれた温かいほうじ茶を飲みながらまったりと過ごす。

 店主は先程来た客の注文をこなしている。その様子を奏太はぼんやり眺めていた。広く作られたカウンターキッチンで店主一人で料理する姿はどこか寂しげに見えてしまった。ふと奏太が目線を上げると厨房の壁に飾られた写真が目に入った。その写真に写された女性はとても柔らかな微笑みを浮かべていた。奏太は写真を眺めながら言った。


「…玲奈ちゃん、大きくなってますます女将さんに似てきたね」

「…ああ、母親に似て綺麗になって嬉しい限りだよ」


 そういって店主は寂しげに笑った。

 二人の間にしんみりした空気が漂う。


「まぁ、今は似ても似つかぬ部分が出てきたがな」


 気持ちを切り替えるようにバンダナの上から犬耳があるであろう位置を触りながら店主がいう。


「ははっ、そういやそうだったね」


 奏太は写真から目を離し財布をポケットから取り出し、お代をカウンターの上に置いた。


「ごちそうさま。じゃ、俺もそろそろ帰るよ」

「おう! ありがとうな。またきてくれよ?」

「もちろん!」


 そう言って笑った奏太は扉を開け店を出た。心地よい春の日差しを浴びて奏太は伸びをした後、歩き出した。すると奏太が少し歩いたところで再び店の扉が開く、その音に奏太が振り返ると玲奈が店から出て来ていた。


「ソウちゃん、また学校で会おうね! それとちゃんとまた店に顔だしてくださいね?」


 そう言う玲奈の顔はどこか心配そうな顔をしていた。

 その顔に『心配ですから…ちゃんとまた店に顔だしてくださいね?』と初めて葵屋に来た時の女将さんの姿が彼女にダブった。そういえば女将さんもこうやってわざわさ出口のところまできて言ってくれたんだったなぁ。


「ああ、また来るよ」


 かすかに悲しげに笑ったあと奏太は玲奈に返事をし、家へ帰るのであった。

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