魔憑き
来栖さんの言葉が頭に入って来ず、奏太は首を傾げた。
「”マツキ”……ですか?」
「はい、魔物の魔に幽霊がとり憑くの憑くという字を書いて、魔憑き書きます。私の鑑定スキルで二木さんの種族を鑑定すると人間(魔憑き)と表示されました」
(種族の?は状態を表すものだったのか)
自分のステータスの?と表示された部分がわかり、ひとつ謎が解けた奏太は神妙な面持ちでとりあえず頷いておくことにした。
「なるほど。魔物の魔ですか。……ゾッとする話ですねそれは」
奏太はそれを聞いて血の気が引くのを感じた。顔色はサーっと青ざめていく。感情を表に出さないように気をつけながら、奏太は腕組みをして動揺を隠す。
(ゆ、ゆっ幽霊的なアレですか!?)
ダンジョンで魔物と戦闘したし、魔という存在がいるかもしれない。そうは思っている。しかし、自身に何か憑いてますよと言われて、あっそうなんだとはいかない。
奏太は幽霊といった意味のわからないものが昔から苦手なのだ。
奏太は平静を装いながら、具体的な話を来栖さんに尋ねる。
「で、具体的に何が憑いてるでしか? ……ですか?」
噛んだ。しかし、奏太は堂々とした態度で来栖さんの目を見つめ言い直す。決してビビってなどいないと言わんばかりの態度だ。
「ちょっと待ってください。……鑑定」
来栖さんは見て見ぬ振りをして、再び鑑定スキルを使った。高梨先生は口元を引き締めて笑いを堪えている。褐色のエルフ耳がピクピク動いてしまっているので台無しだ。
(しかし、そんな姿も可愛く見えるんだがら、美人ってのはお得だよな〜)
「申し訳ありません。やっぱり、私の鑑定スキルでわかるのはそこまででした。表示された”魔憑き”に鑑定をかけようとしましたが上手く発動しませんでした。それに魔憑きについては、どの国も詳しい情報はわからないの一点張りで、情報を開示してくれないそうです」
「そう……ですか」
(あなたは何かに取り憑かれています。けど何に取り憑かれているかはわかりません。祓い方もわかりませんって……。これならむしろ知らない方がよかったんじゃないかな?)
奏太は自分が何かに取り憑かれていると知ってしまったことで、今日からちゃんと夜眠れるのか不安になってきていた。今の状況は奏太にとって、ホラー映画を見た後の恐怖がずっと続く状態を意味していた。
「…………さ…」
「………」
「ふ…ぎ…んっ」
「………」
「二木さん!」
「あっ、はい」
奏太の思考はフリーズしてしまい、来栖さんの呼び声になかなか気づかなかったようだ。奏太は返事をした後、頭を振って自分を落ち着かせる。
「二木さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。何ともありません。俺は大丈夫ですよ。うん、モーマンタイってやつです」
ダメそうだった。しかし、そんな様子の奏太に対して来栖さんは真面目な顔をして奏太に話し始めた。
「これから話す内容は、現在世間には秘匿されている情報ですので、他の方へはなるべく話さないでください。二木さんにこの学校に入学していただいた理由でもあります。そしてもしこの話が広がった場合、危険な目に合うのはあなたです」
何となく言いたいことはわかる。来栖さんは鑑定前から、魔憑きというものがあることを知っていた。それはつまり、魔憑きというのは何らかの厄介なものであるということを意味しているのだろう。奏太は一つ深呼吸して、心を落ち着かせて頷く。
「わかりました。聞かせてください。私がここに通うことになった理由を」
「はい。実は海外でも、種族に魔憑きと同じような意味合いの情報が記載されてた人達が見つかっているそうです。その方達は、二木さんと同じように最初から高いステータスを保持していたとのことです。現在ダンジョン攻略においても、主力として第一線で活躍しています。詳しい能力は具体的には明かされておりませんが、いくつものダンジョンを制覇しているそうです」
「ほう」
奏太と同じように魔憑きでステータスが高い人が他にもいるというのは、だいたい奏太の予想通りだった。しかし、ダンジョン攻略にみんな協力的とは思わなかった。
(まぁ、みんなそうだからといって、俺も積極的に攻略しようって気にはならないな。今のパーティーでゆるゆるやってくくらいが俺にはちょうどいい気がする)
「そして、二木さんを学校という監視できる環境においている最大の原因ですが、それは魔憑きの人は特殊職に付いているという点です。有名どころですとロシアの殲滅者、アメリカの破壊者、インドの閉ざす者などですかね?」
「……ほう」
知っている風に頷いたが奏太にはピンとこなかった。
(あとでどんな人たちか彰に聞こう)
来栖さんに続いて、高梨先生が口を開いた。
「ここは正直に言わせてもらう。他国への価値ある人材の流出防止、強大な力を持つ人材の監視という点から君にはこの学校に所属してもらうという判断に至ったのだ」
「つまり、自分にもそのような働きが期待されているということですか?」
奏太の質問に高梨先生が答える。
「ああ、期待されてはいる」
「歯切れの悪いものいいですね?」
「まぁ、日本には勇者という存在がいるからな。期待の大部分はそちらにいっているのが現状だ。つい先ほども勇者パーティーが、また新たにダンジョンを制覇したらしいしな。日本としては、あわよくば二木も戦力と見なせるだけに成長してくれると助かるっという感じだ」
「おお! さすが勇者!」
奏太は勇者の新たなる偉業を手放しで祝福した。勇者が強くなり、活躍すれば自分に向けられる期待が減るというのならなおのこと応援したくなった。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
来栖さんにそう言われたので、奏太は駄目元で聞いてみることにした。
「あの、魔憑きに対して情報もらえていないってことは、私の年齢を元に戻す方法についての情報とかもないってことですよね?」
来栖さんは残念そうに顔をしかめた。
「えっとですね。そもそも現在情報が入っている魔憑きの方には、二木さんの他に若返ったという方はいません」
「え? そうなんですか?」
来栖さんが顎に手を当て、むむむっと考えながら言う。
「ええ、魔憑きと一口に言っても憑いてるものによって違うんですかね?」
(憑いてる……いや本当に何が憑いてるんだよ。怖いよ)
来栖さんの言葉で自分が何かに憑かれていることを思い出した奏太は身震いした。
そして、来栖さんはうふふっと笑っていながら言う。
「ダンジョンで若返りの秘薬が見つかってよかったですね。もし見つかってなかったら、若返りのための研究対象になってましたよ」
奏太は笑えなかった。自分に詰め寄る彰の母で、中学時代の友達の相原を思い出したからだ。思い出して、引きつった顔で震えた。
(女性とお金持は若さを保つために結構えげつないことするからなぁ)
「以上で大丈夫ですか?」
「はい」
奏太としてはもう知りたいことはなかったので、素直に頷こうとしたところでふと思い出した。
「あっ、すみません。あと一つ。私まだ2レベルに上がってないんですけど、学校のダンジョンって今使えないですよね?」
その質問には高梨先生が答えた。
「ああ、その件についてなんだが来週いっぱいは、この学校のダンジョンは調査で使えなくなりそうだ」
「そう、ですか」
奏太は自分のレベルアップがまた遠のいたと嘆く。クラスのみんなの話題から外れるのは寂しいものがあったのだ。
「その代わりと言っては何だが、二木は今週の土曜日予定あるかな?」
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