ダンジョン5
一人だけレベルアップしておらず疎外感を受ける奏太を励ますように作った明るい声で彰は言う。
「だ、大丈夫だよ奏太。後数体倒せばレベルなんてすぐ上がるよ」
「そ、そうよ! 気にすることないわ! すぐよ、すぐ。うん、レベルが上がるのなんてすぐだから!」
恵もレベルアップで自分が舞い上がってしまっていたのを自覚したのか珍しく奏太にフォローを入れる。焦り過ぎて語彙力が低下しているのはご愛嬌だ。
「探索……中断になったけどね」
暗い顔で奏太がそういうと美緒も玲奈もなんと声をかければいいのかわからない様子で慌て始めた。
「え〜と、まだわからないわよ! ほら、ダンジョンの出口に向かう途中で魔物と遭遇するかもしれないしね!」
「そ、そうですよ! 何事もなくて先生がすぐに戻ってきて探索を続けることになるかもしれないですし!」
そんなパーティーメンバーの様子に奏太は少し笑ってしまう。このパーティーメンバーはどうやらお人好しな奴らが集まっているようだと少し嬉しくなったのだ。
「ははは、ごめんごめん、冗談だよ冗談! 気にする必要ないさ。そりゃ少し残念な気持ちはあるけど、俺はそもそもそんなにレベルアップしたいわけじゃないし」
これは奏太の本音だ。皆と同じタイミングでレベルアップできなかったのは仲間はずれにされた感があって少し悲しい気持ちがある。しかし、奏太としては本格的に冒険者になるなんて未来は想像していないのでレベルを上げたいという気持ち自体はそこまでない。奏太が本当に彰たちと同じ年頃だったならまだしも、実際は既に社会人として十分に働いてきた年齢だ。日々の生活の保障から将来的な人生プランまである程度は考えてきたので、現状は冒険者としての未来より会社で働いて得たスキルで仕事をする方が性に合っているから早く会社勤めに戻りたいと考えているくらいだ。
すると、美緒はニヤッとした後にわざとらしく悲しそうな顔をして奏太に言った。
「でも……おじさんだけ無職なんて可哀想」
「ぐっ……」
(無職……、イヤイヤ俺は今休職中なだけであって無職ではない! なんて恐ろしい娘だ。その上こんな時だけおじさん呼びとは……)
奏太の弱点を的確に突いてくる美緒に戦慄を覚えた。わざとらしく涙を拭うような仕草をする美緒の口元はよく見るとが少しにやけている。そのわざとらしい仕草すら可愛く見えるのだから美少女は得だなと奏太はため息を吐いた。
「そうだね……。奏太だけ無職なんてなんだか申し訳ないよ」
「大丈夫です! わ、私が養ってあげます」
「悪かった! おじさん謝るから勘弁してくれ」
美緒の悪ふざけに彰と玲奈まで乗ってくる始末。収拾がつかなくなる前に奏太は白旗を上げた。その様子にパーティーメンバーはくすくすと笑い、和やかな雰囲気になった。
「もう、私達も少しレベルアップで浮かれてたのは悪かったけどこういうのはやめてよね。あんたがレベルアップするまでしっかり付き合うから」
「そうですよ。一緒に探索してレベルアップしましょう。私たちパーティーなんですからね」
恵と美緒も奏太が本当にそこまで気にしていないことがわかったらしく、落ち着いて話す。
「ああ、ありがとう。その時は頼むよ」
雑談しつつもパーティー全員で通路を見渡して、辺りを警戒するのは忘れないようにしながら話を続ける。
「にしても君達、レベルアップするの早過ぎない? おじさんだってアント相手に頑張ったんだけどな」
一人だとこのダンジョンの一階層で発生するモンスターは4、5体倒す必要がある。モンスターを倒した経験値は分配されてしまう。つまり、彰たち4人がレベルアップするには少なくともモンスター16体くらいの経験値が必要となるはずだ。ちなみに奏太が自称をおじさんにしているのは美緒の発言を根に持っているからではないはずだ。決して。
「ん〜、それはやっぱり、あの特殊個体を倒したからですよね」
玲奈は可愛らしく口元に人差し指を当てながら答えた。
キャタピラーの特異個体、奏太としてはキャタピラーの大きな芋虫然とした姿が気持ち悪かったので自分で戦わなくてすんだのはよかったとも思っているが、一個くらい石を投げてダメージ与えておけばレベルが上がっていたかもしれないと考えると少し惜しいことをした気分になってしまう。
「そうだね。特殊個体って言っても実際戦ってみると強いとは思えなかったけど……奏太や先生がいなかったらアントが3体もいたし、どんな戦いになってたかわからなかったよ。アントに意識を向けたくてもキャタピラー以外に意識を向けようとするとムズムズするというかなんか変な感じになって集中できなくなっちゃったんだよなぁ」
彰の考察の通り、キャタピラーがタンク役、アントが攻撃役とするとキャタピラーにタゲを取られた状態でアントに攻めてこられたら普通に危なかったかもしれない。
「そうそう、あたしも同じ感じだったわ。む〜、奏ちゃんが効かなかったのは魔法防御力の高さとかが影響するのかな? あたしもそれなりに高いんだけどなぁ」
美緒が悔しそうに言うのに対して、奏太は胸を張って言う。
「ふふん、おじさんの魔法防御力の高さは並みじゃないからね」
その発言を聞いて、美緒はプッと吹き出して笑い出す。
「ふっふふふ……あ〜、ごめんなさい! 謝るから自分のことをおじさんって言うの止めて、その姿で自分のことおじさんって言うのは……、なんかギャップが酷いわ! ふふふ」
ツボに入ったらしく美緒は笑っている。更に追い討ちをかけたいところだが周囲への警戒が甘くなるのは良くないので奏太はぐっと堪えた。
「そうね。いいものかわからないけどドロップ品も手に入ったし、奏太がいて助かったわ、ありがと」
恵はそう言いながらポーチにしまっていた特殊個体のキャタピラーからのドロップした黒い角を出してまじまじと見つめる。
「はいはい、どういたしまして。そういえばその芋虫の角光ったよな。そこら辺から皆アイツに気を惹かれちゃってたからなんかスキル使ってたんだろうな」
奏太は美緒の精霊魔法で吹き飛ばされたキャタピラーが鳴き声を上げた姿を思い出しながら言うが、それに対して恵は首をかしげる。
「……角光ってたかしら?」
「え? 光ってただろ。ギュイーーって変な叫び声あげた時だ。薄ぼんやりとだったけどさ」
奏太は「なぁ?」と言って、恵以外のパーティーメンバーに確認をとる。しかし、他のメンバーも心当たりがなかったらしく首を振る。
「あれ? 俺の勘違いだったかな。でも確かに光ってたと思うんだが……。薄っすらとだったけど」
奏太は「あれ?」っと首を傾げながら恵の手にある黒い角を見つめる。しかし、角は光るでもなくただそこにあった。
「ねぇ奏太、ちょっとステータスを確認してみてくれないかな?」
すると彰が思案気な顔をして奏太に言う。
「え? いやさっき確認したけどレベル上がってなかったぞ」
「うん、レベルじゃなくてさ。スキルの項目を確認して欲しいんだ。噂話だけど少し気になる話を聞いたことがあるから」
彰の提案にまたも首を傾げつつ、しかし彰の真剣な様子からおとなしく従い、「ステータス」と唱えて再度自分のステータスを表示させる。そして、彰に言われた通りスキルの項目をよくよく確認してみた。
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スキル 空間把握 索敵 回避 逃走 隠密 危険察知 魔力感知
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「ん? なんか増えてる。……魔力感知?」
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