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ダンジョン1

 奏太達は意を決してダンジョンの入口である空間の歪みへと入っていく。するとフワッという感覚とともに景色が一転し、先程までいた校庭のグラウンドというありふれた景色から薄暗い岩肌が目立つ洞窟のような場所へいつの間にか変わっていた。また、校庭にいた時と違い風は吹いていないが、ダンジョンの中は冷んやりとした空気が漂っている。


 初めて見るダンジョンの内部を見渡しながら気を落ち着けるように深呼吸しようと息を深く吸い込んだとき、“ドクンッ!”っと一際大きく奏太の心臓が鼓動を鳴らした。それは体の中に眠っていた何かが叩き起こされるような感覚だ。心臓から全身に巡る血のように、その感覚も徐々に全身に広がっていくのがわかった。


「みんな落ち着いて、体の力を抜いて深呼吸しなさい」


 奏太が自分の感覚に戸惑っていると高梨先生の涼やかな声がダンジョンに響いた。


「ダンジョンの中は私達が魔力と呼んでいる力の源のようなものが満ちている。そのため君たちは今、自分の中の魔力を初めて強く知覚しているんだ。大丈夫、君たちがその感覚に慣れるまで君たちの身の安全は私が確保しているから」


 その頼もしい声に少しだけ心の余裕を取り戻した奏太が呼吸を整えながら周囲を見渡すと、自身同様戸惑いの表情を浮かべたパーティーの面々が視界に映った。どうやら不思議な感覚に囚われたのは彼だけでなく、パーティーメンバー全員だったようで、それぞれ顔を見渡し、ダンジョンに入る際につないだ手の温もりを感じながら新たに芽生えた不思議な感覚と折り合いをつけていった。それからメンバー全員が落ち着くまで1,2分かかったが、その間魔物は現れなかった。


「う〜ん、不思議な感覚だな。いつの間にか体の中に知らないものがあったって感じだ」

「これが魔力が目覚める感覚なんだね」

「すごいわね。未知の感覚だわ。でも、ダンジョンに入ったって実感が湧いてきたわ」


 奏太は繋いでいた手を離し、自分の手を握ったり開いたりしながら言う。彰と恵も戸惑いながらも受け入れているようだ。

 ダンジョンに初めて入る洗礼、それがの魔力の知覚である言われている。元々、ステータスにMPと表示されてはいるものの、ダンジョンに入るまでに魔力の感覚に目覚めるものはごく僅かしかいないのだ。この話は授業で事前に聞いてはいたがやはり実際に体験してみないとわからないものもある。


「玲奈ちゃんはもう大丈夫かい?」

「はい、まだ少し違和感がありますけど……だいぶ落ち着きました」


 奏太が玲奈の体調を心配するも落ち着いた様子で答えた。そして玲奈はさっきまで繋いでいた自分の手と奏太の手をチラチラ見ている。奏太が美緒をみると、美緒はさっきまでの自分と同じように手を握ったり開いたりして何かを確かめるようにしていた。


「美緒は魔法使ったことあるんだし、慣れてたんじゃないのか?」

「ん〜、そうでもないんだよね。確かに魔法は使ったことあるけど、……なんていうか精神的な疲れを少し感じるくらいだったんだよね。こう、不思議なパワーを感じた! とかはなかったんだよねぇ」


 奏太の問いに美緒は首を傾げながら答える。すると高梨先生が魔法について情報をくれた。


「実は魔法はMPがなくなっても少しは使えるんだ。その場合、精神力みたいなものを消費しているという説もある。ただし、MPがない状態で魔法を使用すると場合によっては気絶したりすることもあるらしいから、MP管理はしっかりするように。MPなしで魔法を使用するのは最後の手段だ」

「なるほど……わかりました。気をつけます。奏ちゃん、あたし魔法使ってみたいんだけど。MPの消費量も知りたいし」


 奏太は美緒の言葉に頷いて、他のパーティーメンバーに問いかけた。


「そうだな。MPを使用して魔法を使ったら感覚が違うかもしれないし、魔物が出たらまずは美緒に魔法で対処してもらうか。どうだろ、みんなそれでいいか?」

「賛成よ。まずは各自の力量を把握しないといけないしね」

「僕も賛成だよ。美緒さんの精霊魔法見てみたいしね」

「私も賛成です」


 パーティーメンバーの同意を得て、奏太達の方針が決まった。


「よし、この階にいるモンスターはバグアントとキャタピラーの2種類だ。弱いとはいえ相手はダンジョンのモンスターだから気を抜かないようにな?」

「「はい」」

「よし、じゃあダンジョン探索と行きましょうか?」

「「おう!」」



 ♢



 パーティー初のダンジョン探索は想像より順調に進んだ。ダンジョン内でのフォーメーションは予め決めてあった通り、斥候役として奏太が先頭に立ち、次にタンカーとして恵、中衛にはタブレットでダンジョンマップを見てナビする彰と魔法が使える美緒と指導員である高梨先生、一番後ろに後方の注意のため玲奈という配置だ。


 先の通路が途中で曲がっていたので奏太は他のメンバーを待たせ、注意しながら道の先に魔物がいるか確認した。しかし、魔物がいなかったのでメンバーに親指を立てハンドサインを送り、問題ないと伝えた。メンバーが来るまで奏太は投げるのに手頃な石を拾い、腰にぶら下げた袋に石を入れていく。各々道すがら武器となる石を回収し、そろそろ十分な量が集まった頃合いだ。


「なんか拍子抜けね。ここまで魔物に会わないなんて……」


 恵が不思議そうに辺りを見ながらポツリと呟くように言った。その言葉に他のメンバーも同じように思っていたらしく頷いている。それもそのはず、一行がダンジョン探索を初めて15分近く経つが未だに魔物と出くわしていないのだ。事前の情報ではこのダンジョンの1階層は、弱いが個体数が多い魔物が出現するとされていた。特にバグアントは個体数が多く、道を進めば何処かから湧き出てくると言われていたというのに未だ一匹たりとも遭遇していないのはおかしいと言える。


「高梨先生、ダンジョン内ってここまで魔物に出会わないものなんですか?」

「そうだな……。魔物の出現頻度が落ちることは確かにある。が、このダンジョンの1階層でこうまで出会わないとは私も思わなかった」


 美緒が高梨先生へ質問するが、指導者という立場にある彼女にとっても予想外の状況だったようでどう答えたらいいか答えあぐねている。


「前の人達がいっぱい魔物を狩ったから減っちゃったなんてこともあるのかしら?」

「そういうこともあるとは聞いたことがあるけど、そもそもダンジョンについてはよくわかっていないことが多いからね」


 彰は恵の質問に答えた後、少し考えみんなにある提案をした。


「とりあえず、今日はこのまま出口を目指しませんか? もう自分たちの場所も把握できましたし、魔物の出現数が減ってしまったなら残念ですけど、機会を改めた方がいいと思うんだ……どうですか先生?」

「……そうだな。このまま闇雲に進んでも意味がない。別にダンジョンが逃げることはない。来週の月曜日に再チャレンジすればいい。その時はまた私が付き合おう」


 彰の提案と高梨先生の話を聞いて、全員が残念だけど仕方ないかという感じで頷いた。


「まぁ、出口までは結構距離があるし、途中で何匹かは魔物と遭遇するでしょ」

「うん、今の位置から出口までは後15分から20分くらい歩く必要があるから気をつけていこう」


 こうしてパーティーが今後の方針を見直している最中も、奏太はずっと辺りを警戒しながら気を張っていた。確かに周囲に魔物はいないし、一度も出会えていない。しかし、奏太はダンジョンに入ってからずっとモヤモヤとした気持ちの悪さを感じていた。


「奏ちゃん、どうかしましたか?」

「ん…いや、なんでもないよ」 


 奏太は心配をかけないよう笑って手を振って答えた。

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