ダンジョン突入
奏太たちが所属するFクラスは同じ学年のEクラスの生徒とともに動きやすいジャージ姿で学校のグラウンドでパーティー毎に横列になって座っていた。よく晴れた天気だが少し肌寒い風が吹いている。暖かい日差しと差し引きゼロでこれぐらいがちょうどいい感じだ。奏太はちょっと高校時代を思い出してなんだか懐かしくなり胡座をかかず体育座りしている。奏太の隣にいる彰もそれにつられてか体育座りしている。
今は金曜日の午後、そして明日の土曜日は学校が休みだ。こんな時間ともなれば、学生諸君の大体は普段なら早く帰りたいとだらけた気持ちになりがちだがどうやら今日ばかりは例外なようだ。奏太が辺りを見回してみると誰もがワクワクを抑えきれないようでソワソワしているのがわかる。それもその筈、今日はこの場にいる多くの生徒がダンジョンに初めて潜る日なのだから当然のことと言えるだろう。先に潜っていた上級生や同学年のA〜D組の生徒たちが自分のステータスに選択肢として出た職業の話を楽しそうにしているのを聞きながら、首を長くして自分たちの番が来るのを待っていたのだ。浮かれるのも仕方ないだろう。…奏太としては恐怖心半分、好奇心半分といったところだ。それより今日は金曜日なので早く帰ってビールを飲みたいところなのだが。
「にしてもけったいな格好だよな。ファンタジー感薄くないか?」
「あはは、確かにね。まぁでも結構動きやすくていいと僕は思うな」
奏太の呟きに彰が反応した。
生徒たちの装備は防具は防刃性のジャージの上に肘・膝・胸にプロテクターを付けている。武器はそれぞれ木刀、棍棒、木槍の中から好きなものを選択し、装備している。武器の素材はトレントと呼ばれる動く木の魔物からドロップする木材を元に作られているとのことだ。そして希望者はさらにカーボン製の丸盾が支給されている。
彰と美緒は木槍を奏太と玲奈と恵は木刀をそれぞれ選んだ。恵は更に盾を装備している。奏太としては木槍もいいなと思ったがあまり長すぎる得物は持ち運びが大変そうだから避けたのだ。それに槍は主に刺すのが主体だが焦ったら振り回してしまいそうなので辞めておいた。
「まぁね。ファンタジーって言ってもいざ現実ともなれば大事なのは見栄えじゃなくて機能性でしょ」
「それは否定できないがもっとこう…ほらあるだろう? よくわからん革素材とかチェーンメイルとかさ」
「そういう装備は自分で素材集めした後、鍛治スキル持ってる人に作ってもらうしか無いんじゃない?」
「む、それはそれでありだな。やっぱり素材は自分で集めないとな」
美緒が会話に混じってきた。美緒達女性陣も体育座りしており実に行儀のいいパーティーに見える。
「…現実ね。いまいち実感わかないんだよな〜」
「あれを見ても?」
美緒が指差したところを奏太は眺める。そこには歪んだ空間があった。一体どういう理屈なのかそこには直径3mほどの先をよく見ることができない揺らぎが確かに存在していた。これがダンジョンの入り口だ。世界各地で見つかったダンジョンはこれと同じように歪んだ空間がダンジョンへと続く入り口となっている。
今まさに生徒5人と付き添いの教師1人のパーティーが空間の歪みから現れた。どうやらレベル上げが終わり帰還したようだ。
「いや〜、…ファンタジーだね」
「うん、ファンタジーだよねあれは」
奏太はすぐさま前言撤回し、彰も頷いた。確かにこれはまごうことなきファンタジーだろう。あの空間は一体どうなっているんだろうか。ダンジョンは入り口は一つだが入るとダンジョン1階層のどこかに飛ばされるらしい。ダンジョンの構造は上層は誰が入っても同じなので地図が作られている。もちろんこの学校にあるダンジョン上層は1階層を含め、すでにマッピングされている。
パーティーに一つずつタブレットPCが支給され、地図の情報はアプリに入っている。ダンジョン内は磁場が狂っており、GPSも電波のやりとりもできないが電子機器が使えなくなるわけではないのでマッピング及び情報の共有に優れたタブレットは実に便利だ。奏太のパーティーでは彰に所持してもらっている。
ダンジョン毎に階層の数は違っており、階層数が少ないものは10層程度しかないが何層まであるかわかっていないダンジョンの方が圧倒的に多い。階層数がわかっているものはすでに攻略されていることを示しているがその数はまだ少ない。日本では2つだ。ダンジョンは日本の中に現在確認できているだけで100以上存在するというのにだ。
しばらくダンジョンの入り口を見ていると先ほど出てきたパーティーの代わりに新たなパーティーが手を繋いで歪みへと入っていった。パーティーが一緒に同じ場所に入るためには手を繋いで入る必要があるのだ。
今回のダンジョン探索のメインはレベル上げである。まだ最初の探索ということもあり、安全のためパーティーには教師が1人付きそうことになっている。1クラス2組ずつ、2クラスで計4組のパーティーが一度に潜る最大パーティー数だ。1パーティーが戻ってきたら代わりに1パーティー入っていくといった流れだ。更に安全のため、ダンジョンの出口と2層へ移るためのフロアには教師が配置されており、緊急時はここに駆け込むことになっている。
「みんな職業何にするか決めた?」
「いや、まだだ。戦士にしようか鍛治士にしようか迷ってる」
「私はね〜。ん〜、魔術師かな。あっでも付与術師ってのもいいなぁ」
「ふっ、俺は剣士一択だ!」
ダンジョンから帰ってきたパーティーはすごく楽しそうにしながら教室へ向かっていった。ダンジョンから帰還した後は教室で待機するように言われているのだ。後の順番のパーティーはひたすらグラウンドで待たされることになるわけで、順番が後なほどハズレと言えるだろう。
奏太達の順番は最後だ。ダンジョンに潜る順番はくじ引きで決めたのだがリーダーの恵が引いたのは最後の順だったのだ。恵は「むぐっ」と悔しそうな呻き声をあげていたことからもっと早く潜りたかったことが窺い知れる。だがそれもあと少しだ。今さっきダンジョンに潜って行ったのは奏太たちの前の順番、つまり彼らが戻って来れば奏太達の番ということ。
「次、私たちの番よ。皆そろそろ準備しましょう」
そう言って恵が立ち上がった。気合い満々なようで立ってすぐにストレッチをし始めた。それにならって俺も立ち上がり伸びをする。
「そうだな、ずっと座っててもケツが痛くなるし」
「だね。ちょっと動こうか」
「そうですね。軽く走って体を温めましょう」
「賛成よ。さすがにずっと座ったままだったから体中固くなっちゃってるわ」
パーティー内の意見も揃い、軽くストレッチをしたあとみんなで軽くジョギングをすることになった。雑談をしながらのジョギングでもうすぐダンジョンに潜るがパーティーはいい感じにリラックスできている。
「武器持ちながら移動するのって大変よね。背中に装備しているとはいえ走ると違和感がすごいわ」
「まぁ、慣れなんだろうな。すぐに武器構えられるようにしときなよ」
「木刀はまだ腰にさせますから楽ですけど」
そんな他愛無いことを話しながらジョギングして待っているとまたダンジョンから帰還者が出てきた。皆明るい顔をしているのでうまくいったのだろう。パーティーの顔ぶれに見覚えがないのでEクラスの生徒達のようだ。それを見ていた奏太は不意に刺すような視線を感じた。その視線の主を探ってみると見覚えのある顔であった。名前は忘れてしまったが前に絡んできたイケメンだ。そのイケメンは奏太と視線が合うと舌打ちし、目線をそらして自分のパーティーメンバーに声をかけ歩き出した。そしてどうやらEクラス最後のパーティーだったようで、ダンジョン入り口へと消えていくのを奏太は見送った。
しばらくジョギングした後、休憩を入れていると高梨先生が近づいてきた。どうやら奏太達のパーティーに付きそう教員は高梨先生のようだ。生徒とは少し違う黒のジャージに身を包んでいる。武器はどうやら薙刀のようだ。生徒達とは違い特注の武器を装備している。
奏太達に聞いた。
「君達、準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
恵の返事とともに俺たちは頷いた。準備は万全だ。その様子に高梨先生は口元を緩めて言った。
「そうか。君たちのパーティーはしっかりしているようだな。浮かれすぎていないようで安心したよ」
「ですね、うちには心配性なお兄さんがいるのでそこらへんはわきまえてますよ」
「ふふっ、頼りになるお兄さんです」
美緒と玲奈は奏太を見て言った。それに対し別にそこまで心配性じゃ無いと思いながら奏太は頰をかく。そして目線をダンジョンの入り口に向けるとちょうど前に入っていた奏太のクラスのパーティーが出てくるところだった。
奏太たちはそれに気づくと目を合わせ、頷き合ってダンジョンの入り口に向かって行った。
「お疲れ様〜」
「お疲れ様です」
「おう、そっちも頑張れよ」
「気をつけてね〜」
ダンジョンから帰還したパーティーと言葉を交わしながらすれ違う。そしてダンジョンの入り口を前にして奏太たちは止まった。先のよく見えない空間の歪みを前に少し緊張する。
「実物を前にすると緊張するなぁ」
「私も緊張します」
「僕もちょっと」
「そう? あたしは少しワクワクしてるかな〜」
「私もワクワクしてるわ!」
ダンジョンの入り口はそんなウブなパーティーを前にしても変わらず揺らいでいる。
「さて、それじゃあ気を引き締めて行きましょう! 私達の冒険はここからよ!」
そう言って恵が差し出した手を彰が掴み、そして彰のもう片方の手を奏太が掴むといった形で玲奈と美緒が続いた。最後に恵が高梨先生と手を繋ぎ、ダンジョンの入り口である空間の歪みへと歩みだした。
読んでいただきありがとうございました。
体調不良で少し遅くなりました。
微妙に頭が回ってない状態で書いていたのでしばらくしたら修正を加えることになるかもしれません。
…ダンジョンまだ入ってはいないですね。




