心構え
間を開けてすみません。
奏太は後ろからの呼びかけに慌てずに振り返った。なぜなら後ろから近づいてきている気配を感じていたからだ。どちらかというと声をかけられたことより、気配が近づいていることを認識できることに驚いているくらいだ。そこには玲奈と美緒、そして恵の3人がいた。3人は赤色のジャージに身を包んでいる。なかなか可愛らしい姿だ。彰は3人が近づいてきたことに今気づいたようで少し驚いた表情をしている。
「奏ちゃん?」
玲奈が可愛らしく小首を傾げながら再度奏太に問いかける。玲奈の隣にいる美緒は面白そうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。恵はそんな二人を不思議そうな顔にしながら大人しく会話を聞こうとしていた。
「ん? いや何、高梨先生は腕が立ちそうだし、パーティーに入ってくれたら心強いんだろうけど…。流石に教師はパーティーに誘えないだろうから惜しいなって思ってさ。な? 彰?」
「え? …あ、ああ! そうそう、今も僕たちにアドバイスしてくれてたんだよ。ああいう人がパーティーにいると安心できるよね」
彰は奏太にいきなり話題を振られ一瞬戸惑いはしたものの、直ぐに冷静になり答えた。
「そうなんですね。確かに高梨先生は女性の私の目から見てもカッコいいですし、とても頼りになる感じがしますからね」
玲奈が二人の話を聞いて納得したように頷いた。その様子を見て奏太と彰は胸を撫で下ろした。まぁ、彰は奏太に巻き込まれただけだが。嘘はついていないのだから問題ないのだ。続けて美緒が二人に問う。
「へぇ、アドバイスか〜。ね、どんなアドバイスもらったの?」
「ん、ダンジョン一階層だからって甘く見るなってさ。あと、一人一人危機管理意識を持つことが大切だって感じのアドバイスをもらったよ。確かにダンジョン一階層で人が亡くなったって話はダンジョンが出来た当初に戦う覚悟もなく入った人くらいだって言われているけど…だからと言ってダンジョンを甘く見ていいわけじゃない。ダンジョンなんて未だに詳細がわかっていない未知のものなんだから当然といえば当然だけど」
そこで奏太は言葉を止め、周りの生徒たちを見渡した。生徒の大半は真面目に授業に取り組んでいる。少数は遊びのような感覚で石を投げている。両者ともに近いうちにダンジョンに潜ることになるというのに皆から不安の感情は一切読み取ることができない。むしろ早くダンジョンに潜りたくてうずうずしているような感じだ。
「変に緊張せずにリラックスできているといえば聞こえはいいけど、さすがに楽観視し過ぎなんじゃないかと俺は思うんだよな。ダンジョンなんて意味のわからないところに潜るっていうのにさ」
奏太の話に女性陣は一様に頷いた。
「ん〜、そうね。そう言われてみるとあたしもさして不安はなかったかも? レベル2に上げるくらい大したことないだろうって思ってたわ」
「はい、私もそこまで不安はなかったですね。皆さんと一緒だからというのもありますけど、私達なら一階層に出てくるモンスターなんて大したことないと慢心していたのは否定できませんね」
「そう…ね。いくら私とはいえ決して油断していいものではなかったわ。少し反省する必要があるわね」
それぞれ思うところがあったようだ。まぁまだこの子達くらい若い子に最初からそこまでの用心深さを求めるのは酷だろう。むしろ少し話しただけでしっかり考えて自制できるだけマシな方だろうと奏太は思った。果たしてこの子達と同じくらいの年齢の時にそこまで考えられることができただろうか? いや、できなかっただろう。漫画みたいな展開だと嬉々として突っ込んでいく自分が簡単に思い浮かび奏太は自重するように笑った。そして話をまとめるように奏太は言った。
「ま、気を張り過ぎるのもダメだけど、用心するに越したことはないってことだな」
「むう…難しいわね。ダンジョンに潜るのに緊張感をもっと持たなきゃいけないけど、緊張しすぎて気を張り詰め過ぎるのもダメって…。結局どうすればいいのよ?」
唸るように恵が声を上げた。顎に手をやり、疑問符を浮かべている。
「ははは…、言い方が悪かったな。ま、難しく考える必要はないさ。ダンジョンに潜るまでにできる準備をしっかりやって、ダンジョンでは無茶せず、落ち着いてできることをやろうってことさ」
「なるほど。ならもう大丈夫ね! 少なくともここにいる皆んなは」
その言葉に恵が納得したように頷き、パーティーメンバーの顔を見渡すと皆んなしっかりと頷いた。
「そうねあたしも賛成。ダンジョン潜るのが楽しみなのは変わらないけど、無茶がしたいわけじゃないわ。だからレベル2に上げるっていう最初の目的だけじゃなくて、これからのことも考えて準備は万全にしていかないとね」
「うん、そうだね。じゃあもっと作戦を事前に練っときたいね。この5人での連携をしっかり取れるようにもしときたいし」
美緒と彰が今後のことを考え、意見を述べた。奏太はこのパーティーメンバーなら問題なくダンジョンに臨めそうだと安心した。自分が引っ張っていくのは柄ではないのでできないが、できないならできないなりに自分ができることをしようと考えていたのだ。
「そうね! じゃあ今日の放課後も皆んなで話しましょう! あっ、ちなみに私は今日は甘いものが食べたいわ」
「マジか…、昼あんなに食べてたのにまだ食うのか?」
例によって恵は大きな弁当箱をお昼にしっかり食べていたというのにまだ食べられるらしい。この細身で一体どこにそんなに入るというのだろうか。思わず奏太は驚きの声を上げてしまった。
「む、仕方ないでしょ? 午後の授業は体育だったから運動してお腹が減るのよ」
どうやら嘘ではなく、彼女はもうすでにお腹が減っているようだ。お腹に手を当て空腹を訴えている。よっぽど代謝がいいらしい。奏太もこの体になって食欲が増したが彼女には到底及ばない。
「私達も大丈夫ですよ。それにここら辺のお店も気になりますし」
「さんせ〜い! あたしも今日は甘いもの食べたい気分だわ」
女性陣は満場一致で甘味屋で決定らしい。まぁ奏太も甘いものは嫌いではないので構わないのだが。
「彰もそれでいいか?」
「うん、いいよ。僕も放課後までにはお腹も空くと思うし」
話がひと段落したところで奏太が校舎の時計を確認すると授業終了までにはまだ15分くらいの時間はあった。
「そういえば奏ちゃん」
「ん? なんだ玲奈ちゃん?」
「惜しいって言ってたのはそれだけですか?」
「え?」
奏太は玲奈に目線を向けると彼女はとても可愛らしい顔で笑みを浮かべていた。全然目が笑っていないが…
「高梨先生が惜しいって言ってた意味はそれで全部ですか?」
奏太の頰に冷や汗が伝う。
「あ、ああ。もちろん!」
奏太は威勢良く答えたものの、本当に? と問う玲奈の瞳にじっと見つめられ視線を逸らした。すると奏太の目に調度良く藁できた的が目に入り、気持ちを切り替えるように言った。
「…さて、俺らももう少しお腹を減らすために頑張るとしようか。な、彰?」
「だね、しっかり準備しとかないとね! もっと命中精度上げたいし」
「ああ、俺も負けてられないな!」
奏太は背筋が冷えるのを誤魔化すように必死で石を的に投げ、体温を上げようとするのであった。
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