授業風景
奏太は目標を睨みつけた後、大きく振りかぶって右手に持っていた石を投げた。奏太によって投げられた石は目標とされていた巻藁のすぐ横を通り過ぎて後ろの壁にぶつかった。
「くっ、後少し右だったら当たってたのに…」
「惜しかったね奏太。でも今の感じで練習すれば結構いい感じに仕上がりそうだね」
奏太が投石がうまくいかなかったことに悔しがっていると彰が声を掛けてきた。
「ああ、ある程度は使えそうだ。そっちはどうだ? それ、使えそうか?」
奏太は彰が手にしている紐状のものを指差し、尋ねた。
「うん、結構慣れてきたかな。手で投げるよりはだいぶマシだね」
彰は苦笑いしながら答えた。どうやら手で投げるのは苦手なようだ。
彰が右手に持っているのはY字型の棹にゴム紐が張られたいわゆるスリングショットと呼ばれるものだ。先ほどまで奏太と同様に巻藁の的に向けてスリングで小石を放っていた。
「そうか…ダンジョン入るまでにもう少し精度上げときたいし。俺もやってみようかな?」
「そうだね。いいと思うよ。攻撃手段は複数あった方がいいと思うし。試しにこれ使ってみる?」
彰が奏太に自分が持っていたスリングショットを差し出した。
「ああ、ありがとう。ちょっと使ってみる」
奏太は彰からスリングショットを受け取り、カゴからなるべく丸い石を選び、スリングを構え、巻藁に向かって小石と共にゴム紐を引っ張り、狙いを定めたのちゴム紐を離し石を的へ向け放った。シュッという音と共に放たれた小石は真っ直ぐに飛び、的にバスッという鈍い音をたて当たった。それを何度か繰り返した。想像以上に石の形状に左右されるようで精度は悪くないものの思ったより難しかった。
「うん、いい感じだね。それなら十分使えそうだ」
「ん〜? まあ使えなくはないかな。一発撃つのに結構時間がかかるし、これなら投げた方が早いかな」
「そうだね。でも投石の目的は最初の牽制で、ある程度ダメージを与えられたら儲けもんってところだし十分じゃないかと僕は思うよ」
「そうだな。ただ、近づく前にダメージが与えられるならしっかり練習しとかないとな」
そう言った後、奏太は周りを見渡した。そこでは奏太たちと同じように巻藁の的へ向かって繰り返し石を投擲する少年少女の姿があった。誰もが真剣にそして楽しげな様子で取り組んでいる。石を的に当てるというのは単純なようで案外難しい。そして単純で単調なようにも見えるがやってみると案外面白いのだ。
「しかし…シュールな光景だよな。皆んなで投石練習とか」
「ははは…まぁそうゆう学校だしね」
さっきまで奏太自身もなんだかんだ投石練習を楽しんでいたがふと我に返りが真顔で言うと彰が苦笑して答えた。そう、奏太達が通う学校は東京冒険者学校といい、冒険者を育成するための特殊な学校だ。勉学は普通の学校とそう変わらないがいくつかの授業は違うものがある。今、奏太たちが行なっている投石の授業もその一つだ。分類としては体育の授業とされており、ダンジョンに潜った際の攻撃手段を学ぶものだ。だから奏太を含めクラスメイトたちは遊んでいるわけではなく、ジャージに着替え、体育の授業に取り組んでいるわけだ。
ダンジョンに住む魔物にダメージを与えられるものは素手、もしくはダンジョンで採れたものでの攻撃だ。それは倒した魔物のドロップアイテムに限らず、ダンジョンに最初からあるものでも構わないのだ。つまり、ダンジョン内に転がっている石は初期装備では優秀な武器というわけだ。
ただし、現在授業で投石に使用している石は地上のものだ。なぜならダンジョンから持ち出せるものは魔物のドロップアイテムに限られるからだ。つまり、ダンジョン内に自生している草木や石もダンジョンの外に持ち出すことはできいないのだ。持ち出そうとしてもダンジョンから出た際にチリのようになり、崩れて消えていってしまうのだ。
「どうした? 手が止まっているようだが…何かあったか?」
そんなことを考えていると教師に声をかけられた。声の主はダークエルフの女性教師、高梨先生であった。彼女も生徒たちと同様にジャージ姿だ。ダークエルフという褐色の肌にファンタジーさを感じさせるエルフ耳をしているというのに赤いジャージに身を包んでいる姿は、何のコスプレだ? と未だに思ってしまうところがあるが似合っているのは間違いない。怜悧な美貌にジャージ姿に身を包んでもこれでもかと主張する大きな胸に、周りの男子生徒からチラチラと視線を集めている。奏太は平静を装いつつ、気力を振り絞り魅力的な胸から目線を上げ、高橋先生の目を見て答えた。
「いえ、何でもありませんよ。ちょっとお互いにダンジョンでの役割について意見を交わしていたところです」
「…ああ、そういえば君達はもうパーティーが決まっているのだったな」
奏太の答えに高梨先生は少し思案した後、思い出したようにいった。どうやらもう既にパーティーを組んだことを知っていたようだ。昨日奏太たちはパーティーを組むことを決めたので今朝早くにパーティー登録の連絡を担任に入れていたのだがもうそれが伝わっているらしい。
「はい、僕と奏太と女子3人です」
「そうか。投石練習ということで甘く見ているわけでないのならいい。ダンジョンに確実なことはない。だから準備できることはしっかりと取り組んで欲しいんだ。まぁ最初のレベル上げは実際のところそんなに難しいわけではないがな」
この学園にできたというダンジョンの一階層に出現する魔物は虫型の魔物でたいした攻撃は持っておらず、慢心せずに戦えば負けることはないと考えられている。レベルを上げるには各自攻撃を魔物に当てなくては一緒に潜っていたとしてもレベルが上がらないことが検証されているため、それぞれ攻撃手段を身につける必要があるのだ。特にレベル1では主だった攻撃手段やスキルを持たないものが多いため、手軽にダメージを与えられる投石は有効な手段なのだ。何より、誰でも最初の戦闘は恐怖心を覚えるため、遠距離でダメージを与える手段というのは心構えの面も含め有用だ。
「はい、安全第一ですからね。できれば遠距離だけで倒せるようにしたいくらいです」
奏太としては安全圏で仕留められるなら無駄に魔物には近づきたくないのだ。
最初に支給される武器は木刀か木製の槍のどちらかを選ぶことができる。レベル上げでの戦闘は基本、まず遠距離で投石をしダメージを与え、弱らせた後に近づいて武器で止めを刺すように言われている。もちろん支給される武器は魔物がドロップした木材の加工品であるため魔物にダメージを有効に与えられる。
「ふふっ、流石に最初から遠距離攻撃だけで魔物を倒すのは難しいと思うがそのくらいの心がけでいてくれた方がこちらとしても安心できる。学校側は細心の注意を支払うがこういうのは生徒一人一人の意識が大切だからな」
「…ええ、全くです」
高梨先生は優しい笑顔を浮かべた。生徒の身を案ずる思いが伝わってきて奏太は感心した。
「では、私は見回りに戻る。聞きたいことがあったら声をかけてくれ」
「はい、わかりました」
「了解です」
高梨先生が去っていく後姿を見て思う。
「彰、高橋先生はいい先生だな」
「うん、僕らにも真摯に接してくれてるのがわかるし。いい先生だと思うよ」
「ああ、後ろ姿もなかなかいいしな」
「え? あ、うん」
やはりなかなかにいい女性だ。すらっとした長身でモデルのようにスタイルが整っている。教師でなければ口説きたいところだが生憎とこの身は一介の生徒である。
「惜しいな…」
思わず奏太がそう呟くと奏太の後ろから声が聞こえた。
「何が惜しいんですか? 奏ちゃん」
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