慣れない
“ガタンゴトン、ガタンゴトン”
電車から見える桜の木は花が散り始め、緑色の葉が目立ち始めているのがわかる。
奏太が乗っているのは会社の通勤時とは逆方向の電車だ。2駅しか乗らないので電車の自動ドアすぐ横に立っている。窓の外を流れる景色も違えば、乗っている人たちの傾向も違う。時間帯が違うからだろう通勤時より学生の姿が目立つ。奏太が通勤で乗っていた電車は時間が早かったのでまだ部活の朝練があるであろう学生が少数、社会人の中に紛れていた程度だった。
新鮮な光景はそれだけじゃない。席に座って新聞を読むおじさんの頭には象の耳が綺麗な顔立ちのアラサーのOLの頭には豚の耳が生えている。あまり見るのはよくないと奏太は自動ドアに付いている窓に視線を向け、流れる景色を見た。まだ見慣れていない景色は意外と飽きないものだ。そんなことを考えているとザワザワとこちらを見ながら話している人たちの声がする。
「あの人が着てるの冒険者学校の制服だよね?」
「わっ、本当だ! 凄い」
「私も行きたかったな〜」
どうやら東京冒険者学校の制服が目立っているようだ。中高校生からは憧れと、羨望の目で。若い子達は結構ダンジョン攻略というのに前向きらしい。ダンジョン攻略は命がけなのだが、彼女彼らにとってはまだゲームみたいな感覚なんだろう。
「なんであんなパッとしない奴が…」
「ふん! 俺の方がゼッテーつえーし」
「俺だってこないだ戦闘スキル手に入ったし、全然負けてねぇし!」
「まじか!? ヤスさんすげ〜!」
15歳から冒険者登録はできるらしいので、中にはすでにダンジョンに行ったことがある人がいるようだ。
奏太はため息をついた。冒険者学校の話はニュースでも取り上げられており、この制服を着ているとやたらと注目を集めてしまうのだ。正直奏太としてはダンジョンなど好んで行きたくないし、何より学校に行きたくないのだ。まだ体に馴染んでいない制服が余計に窮屈に感じさせた。
そんな奏太の耳に更に今朝のニュースについて話す二人のおばさんの声が聞こえる。どうやら冒険者が力を持って一般人を襲ったことに対して恐怖を抱いているらしい。
確かにレベルを上げ、スキルを身につけた冒険者は生体兵器と言って過言ではない。しかし、スタンピードというダンジョンからの侵略が日夜世界中のニュースで騒がれる中厳しく取り締まる訳にもいかないのだ。国会では冒険者に対する法整備が早急に求められている。
「や〜ね、怖いわ」
「あら? あそこの高校生あの冒険者学校の生徒さんじゃないかしら? ということはあの子も冒険者なんでしょ?」
「しっかり、教育して欲しいわね〜」
「ね〜」
奏太がチラッとおばさん達の方に目をやるとおばさん達は目線をそらして黙った。
(は〜、面倒臭いなぁ)
聞こえるような声で話すなよと思いながら目線を窓に移した。すると再びさっきのおばさん達のヒソヒソ話す声が聞こえる。なかなか懲りないおばちゃん達だ。
奏太は相手するのも面倒だとポケットからイヤホンを取り出し、耳につけ音楽で蓋をした。
♢
電車を降り、駅に出ると奏太が着ている制服と同じ制服を着ている学生がちらほらと見えるようになった。
とういうのも東京冒険者学校は学校のすぐ隣に寮を用意して学生に無料で住めるようにしているので実家通いは少数らしい。無料ということで奏太もそこを使おうかという考えはしたもののさすがに年代が違う子たちと集団生活なんて今更辛すぎる。
それに奏太は今のアパート暮らしを結構気に入っている。アパートの近くにはお気に入りの店がたくさんある。葵屋といった飲食店、隠れ家的なバー、安いスーパー。寮の周辺環境も悪くはないかもしれないが今気に入っている環境を簡単に手放す気にはならない。そして何より寮の部屋にはキッチンがないらしい。料理が趣味な奏太にそんなのは耐えられそうもなかった。
歩いていると学校に到着した。なかなかに立派な造りをしている。校舎は綺麗だが新しい訳ではない。
東京冒険者学校は元は別の私立高校があったところにできている。元あった学校はダンジョンが校庭にできたことから廃校となったらしい。そして現在はダンジョンが校内にあるということもあり、東京冒険者学校として施設はそのままに使われることになったのだ。
奏太はやたらと豪奢な門をくぐり、校舎の入り口を目指す。
(それにしても本当に金が掛かった作りしてるよな〜)
奏太が以前通っていた高校は県立でそこそこ古かったし、学校の作りも簡素なものだったのでしっかりと設計された美しい校庭や校舎の作りに感心させられていた。
(明日はカメラを持ってこよう)
キョロキョロと風景を眺めながら校舎の入り口を目指していると奏太の後ろの方から声が上がった。
「おい! お前!」
誰かを呼び止めるような男の子の声がする。奏太は男の知り合いはいないので自分は関係ないとばかりに歩みを止めずに校舎を目指した。
「おい! お前だお前!」
しかし少し進んだところで奏太は誰かに肩を掴まれ振り向かされた。いきなり強い力で振り向かされ奏太は驚いた顔で肩を掴んだ男の顔を確認した。
(え? 誰?)
男は今の奏太と同じくらいの年齢に見えるまだ幼い顔立ちをしていた。ただし、身長はすでに170はある。顔はなかなかのイケメンだ。制服を少し着崩し、両耳にピアスをしている。そして時間をかけてセットしたであろうツンツン頭に黒色の犬耳が生えており、なかなかに特徴的だが見覚えがない。…いや、どこかでみたような気もしなくはないが奏太は思い出せなかった。
「え〜と…どなたでしょうか?」
「チッ、俺を知らないだと?」
奏太はとりあえず誰なのかその男に尋ねてみたが返ってきたのは舌打ちと自信過剰な言葉だった。
(いや、知らねーよお前なんて。何? もしかして有名人?)
奏太は詳しくはないのでわからないがもしかしたら芸能人とかアイドルだったりするんだろうかと頭を傾げる。すると周りの女子がこちらの方を指差し、何事か話す声が聞こえてきた。
「見て! あの人メンズFANFANの読モやってるセイジ君じゃない?」
「キャ! 本当だ! カッコイイ!」
「嘘!? セイジ君も同じ学校なんだ! やった!」
「隣の男の子誰? パッとしない顔してるけどセイジ君の友達かな?」
「え〜!」
なるほど、高校生の間では結構有名なのかもしれない。奏太はそもそもそのFANFANとかいう雑誌すら知らないので何とも言えないが。
(というかパッとしない顔とか言うんじゃないよ…)
ズバッと言う女生徒の発言に若干胸を痛めつつ、奏太が目の前のセイジ君とやらの顔を見るとどこか勝ち誇った顔をしていてムカついた。
「で? 何の用ですか?」
何で朝から面倒そうなことに巻き込まれなきゃいけないんだとため息を吐くのを我慢しながら奏太が疲れた声で聞いた。
「お前先週玲奈をナンパしようとしてたんだってな!」
「え? いや…違っ…」
入学式の日に玲奈と奏太が話しているのを聞いていたのだろうか。奏太がすぐさま否定しようとしたところでセイジに胸ぐらを掴まれ、奏太は発言を止められた。セイジは奏太に顔を近づけ至近距離で奏太の目を睨みつけながらドスを利かせた声で言った。
「あれは俺の女だ! お前みたいなダセェ奴が手を出すんじゃねぇよ!」
いいな? と言って奏太を押すようにして胸ぐらを掴んだ右手を離した。解放された奏太は後ろに何歩かさがりながらもしっかり立った。セイジの発言に奏太は驚いた顔をしている。
「まぁ、お前みたいな奴が玲奈に相手されるわけないがな!」
言うだけ言ってセイジは鼻で笑い、校舎の方へ去って行った。奏太はその後ろ姿を立ち尽くしたまま見つめるのだった。




