朝の身支度
ピピピピピピ!
スマホのアラームがけたたましく鳴り、朝を知らせる。奏太は手を伸ばしスマホをへと手を伸ばしアラームを止めた。
「ふあ…」
欠伸をして、眠い目をこすりながらスマホ画面に表示された時刻を確認した。
『6:30』
奏太はバッと飛び起きた。いつも6時にセットしていたはずなのに30分も寝過ごしてしまったのかと焦りながら枕元にあるはずのメガネを探す。しかし、メガネが見当たらない。そしてメガネもしていないのにクリアな視界に気づく。
「あ…そっか」
奏太はそこでやっと思い出し、メガネを探す手を止めた。そうだ今日から彼は再び学校に通うことになっているのだ。だからアラームの設定時間が以前と違ったのだ。会社勤めの頃はアラームは6時ぴったりに設定していた。奏太が勤めていた会社は8時始業で、奏太の住まうアパートから会社まで徒歩・電車含めた通勤時間が片道1時間だった。だから奏太は毎朝6時に起床し、30分で身支度を整えて家を出て始業時間の30分前である7時半には出社できるようにしていたのだ。
しかし今日からは違う。何故か学校に再び通うことになってしまったのである。それも東京冒険者学校と呼ばれるダンジョン攻略の技能教育が含まれた学校にだ。学校は8時半にホームルームが始まる。そして通学時間は何と40分。学校の最寄り駅は奏太の住むアパートの最寄駅からわずか2駅のところにあるため通学時間のほとんどは歩く時間だ。会社より始業時間が遅い上、通勤距離が短くなったことに関しては朝が苦手な奏太としては純粋に嬉しい。
奏太は洗面所に向かった。顔を洗い、歯を磨いた後ヒゲの生え具合を確認した。
「うん、全然生えてないな」
昨日の夜、風呂で剃っておいたのだが社会人のとしての身だしなみチェックしておく。そういえば高校生の時はそんなにヒゲを気にしていた記憶がない。とはいえ習慣づいたことはそうはやめられないのだ。
髪をワックスで決めていく気にもなれなかったので櫛で軽く梳かしておくだけにした。
台所へ向かい、冷蔵庫を開け中身を確認する。朝はやっぱり和食だろう。白いご飯とお味噌汁、それとさすがに焼き魚は面倒なので納豆と作り置きのほうれん草のお浸しで我慢しよう。
「おっとその前に弁当を用意しとかないとな」
なんとこれから通うことになる学校にはまだ学食は設置されていないのだ。学校のパンフレットには2学期から設置されると書いてあった。それまで生徒は昼ごはんを食べる手段は3つのうちから選択できる。一つ目は購買でパンを買う、これは流石に競争率が激しそうで最初から奏太の選択肢としてはない。二つ目は近所の店であらかじめ買っておくことである。コンビニや学校近くにある朝早くからやっているパン屋で買うという選択肢は悪くない。三つ目は自家製の弁当を持って行くことだ。一般的な学生は母親に作ってもらった弁当を持って行くのだろうが奏太は一人暮らしなので自分で作るしかない。まぁこの歳で毎朝親に弁当を作ってもらうのもどうかしているだろう。それに奏太は料理好きなので自分で用意するのは苦じゃない。何より働いていた時と比べると圧倒的に自分の時間があるので趣味の料理に費やせるのは嬉しいことだったりする。
奏太は鼻歌を歌いながら弁当箱にご飯、そしておかずを入れていく。ご飯は昨日の夜炊飯器をタイマー設定して朝に炊き上がるようにしておいたので炊きたてだ。おかずも毎朝作るのは大変なので昨日作り置きしておいたのだ。最後に冷蔵庫から卵を取り出し、調味料と合わせ、卵焼き器で手早く卵焼きを作る。卵焼きは作り置きしないこと、そして砂糖を入れ甘めの味付けにするのが奏太のポリシーだ。できた卵焼きは半分は弁当に入れ、もう半分は朝ごはんで食べることにする。
テーブルに料理とご飯、そして昨日の夜作っておいたおかずを添える。
リモコンでテレビの電源を入れる。奏太は朝ごはんを食べながらニュース番組を眺めた。
ダンジョンの現状を知る
「続いてはアメリカのネブラスカ州のダンジョンについての情報です。現在発生しているスタンピードにより、アメリカ政府はネブラスカ州を封鎖地域とする方針を固めたことを発表しました。ネブラスカ州でスタンピードが発生した原因はまだわからず、アメリカ政府は専門の攻略チームと調査団を派遣するため…」
未だ詳細は不明だがダンジョンでスタンピードが起きる原因は複数あることが確認されている。
一つはダンジョンに生息する魔物の数がダンジョンのキャパシティを超えた時だ。今のところスタンピードが起こる主な原因はこれだ。ダンジョンが発生した当初、日本を含め世界各国でダンジョン攻略に二の足を踏んで、ダンジョンを一時封鎖した。このことによりダンジョン内で魔物の数が増えスタンピードが頻発したのだ。今でも人手が足りない地域ではこれが原因でスタンピードが発生している。
もう一つはダンジョン毎に違う魔物の繁殖期が原因となる場合だ。一つ目と同じく魔物の数がダンジョンのキャパシティを超えたことによりスタンピードが起きるのは同じだが魔物の数の増える理由が違う。冒険者が定期的に魔物を倒していてもある日爆発的に魔物の数が増えることがあることが複数のダンジョンで観測されたのだ。このことが原因でスタンピードが発生した例がいくつもあり、現在魔物の繁殖期の周期や兆候などが調査されている。
それとまだこれは予測の域を出ないがダンジョン内に守護者と呼ばれるボスの存在とは別の強力な個体が出現した際に起こるのではないかなど推測されている。今ニュースでやっているスタンピードの原因もこれなのではないかと言われている。それはダンジョンの外に出てきた魔物の中に強力な個体が存在し、現地の冒険者で倒すことができず、魔物に地域を占領されてしまっていることから出てきた話だ。
何れにしてもまだちゃんとした原因はわかっていない。
奏太は食事を終え、緑茶を啜り、まったりしていると世界変革の日にテレビで見た猫耳のアナウンサーが渋谷駅前でリポートしていた。ちなみに猫耳アナウンサーはとても人気になっている。怜悧な美貌に黒の猫耳が可愛くて人気が出ているとのことだ。
『昨夜未明、渋谷駅前で酔った冒険者兼会社員の男性と一般の会社員の男性が喧嘩し、一般の会社員である菱田圭吾さん32歳が死亡しました。このため警察は殺人の容疑で冒険者兼会社員の安田寿仁容疑者を現行犯逮捕しました。安田容疑者は被害者の男性を数発殴り、さらに止めに入った男性数名に軽傷を…』
リモコンでテレビを消し、食べ終えた食器を台所に持っていった。食器をスポンジで洗い、水ですすぎ水切りかごに食器を立てかける。蓋を開けたままにし熱を冷ましていた弁当の蓋を閉じ、布で包み保冷バッグに入れる。
「まぁ…なんだかんだでやっぱり怖いのは人間だな…」
奏太は呟いたあとカバンに弁当を入れ、アパートを後にした。
ダンジョンは確かに脅威である。それも人類にとっての脅威だ。しかしそれでも奏太は力を得てしまった人間の方が脅威に思えてならない。
読んでいただきありがとうございました。




